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竜と、部活と、霊の騎士  作者: 雲居 残月
第1章 入部
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4 入部試験 その3 ◇森木貴士◇

 竜神部の部室で、箱に意識を集中していた。俺は過去へと戻り、自分が霊の騎士になる幻を見た。その直後、現実の世界に引き戻された。呼吸が荒くなっていた。額には、大粒の汗が浮かんでいる。俺は、木の机に手を突き、呼吸を整えた。


「何が見えた。私にだけ聞こえるように、話したまえ」


 朱鷺村先輩が、俺の顔に耳を近付けてきた。俺がどういった体験をしたのか、朱鷺村先輩は知っているようだ。俺は戸惑いながら、唾を飲み込んだ。


「人形が。そして、母と姉が」


 俺は、今見た幻の内容を、朱鷺村先輩に語った。


「やはりな。シキ君。君は合格だ」


 朱鷺村先輩は、嬉しそうに告げる。その横で、雪子先輩も喜びの声を上げた。


「さて、一人目の新入部員が決まった。次は、誰が挑戦する?」

「俺がやります。名前は大道寺万丈です。DBと呼んでください」


 DBが手を挙げ、前に進み出た。不敵な顔だ。腹に一物ある表情をしている。DBは、俺とすれ違う時に、小さな声で尋ねてきた。


「シキ。何が見えた?」

「分からない。過去と幻が見えた」

「幻? オカルト的な、何かか?」

「どうだろう。そうなんじゃないかな」


 俺は、先ほどの体験をどう説明してよいのか分からないまま、DBに答えた。今の短いやり取りで、どれほど役に立ったかは分からない。俺と離れたDBは、机の前に立った。

 俺は壁際に行き、成り行きを見守る。DBの様子を窺いながら、自分の体験を反芻する。俺が見たものは、個人的な体験に根差したものだ。DBが同じものを見ることはないはずだ。もし、何かを目撃するにしても、DB自身の人生に関連したことだろう。DBは何を見るのだろうかと思いながら、俺は注視した。


 DBは息を吸い、木の箱に顔を寄せる。精神を集中させ、箱を強くにらむ。俺は、自分が凝視していたのは、何分ぐらいだっただろうかと考える。体感では、十分ぐらいの時間だったように思える。DBは、数秒で顔を離して、眼鏡の下の目をしばたたかせた。


「何か見えたか? 私にだけ聞こえるように、話したまえ」


 朱鷺村先輩は尋ねる。DBは、しばらく茫然としたあと、にやりと笑みを浮かべた。そして、俺たちにも聞こえるように、大きく声を出した。


「部長と副部長の、パンツが見えました」


 朱鷺村先輩の顔が、怒りに歪み、雪子先輩は、驚く目をした。


「おのれ、愚弄する気か!」


 朱鷺村先輩は拳を握り、DBに殴りかかろうとする。DBは、にやにやしながら、右手を二人の先輩の前に差し出した。その手には、半透明の写真があった。俺の場所からは、何が写っているのか見えなかったが、先輩二人はその写真を見て、顔を真っ赤に染め、恥じらいの表情を見せた。


「あれ? 消えちまいやがる」


 DBの指の間から、写真が消えた。周囲を見ると、他の新入生たちは、何について話しているのか分からない、という顔をしていた。DBが持っていた写真は、先輩たちと、俺とDBにしか見えていないようだ。俺はそのことに疑問を持ちながら、DBと先輩たちに視線を戻す。


「それで、先輩方。俺は合格なんですか、不合格なんですか?」


 にやにやしたDBの顔をにらんだあと、朱鷺村先輩は、渋々といった感じで、「合格だ」と答えた。


「やったぜ、シキ。俺も合格だ」


 手を上げて戻ってくるDBと、俺はハイタッチをする。残りの新入生は三人。あとは誰が合格するのか。そう考えた時、部室の扉が、勢いよく開け放たれた。何ごとかと思い、俺は首を動かした。そして、入り口に立つ女子生徒の姿を見て、思わず声を漏らした。


「げっ、アキラ」


 小学生時代以来の幼馴染みが、怒った顔をして俺をにらんでいた。


「シキ。あんた、運動部に入りなさいって、言ったでしょう。何、文化部の部室に来ているのよ。どうせDBのせいでしょ!」


 アキラに鋭い視線を向けられ、DBは、にやにやと笑った。この二人の仲の悪さは、相変わらずだ。間に置かれた俺は、毎度板挟みになり、どちらに味方するべきか悩まされる。アキラは、俺とDBを見比べたあと、大股で歩き、俺の前に来た。


「さあ、運動部に行くわよ!」

「なあ、アキラ。お前、どうして、ここに来たんだ?」


 俺は疑問を口にする。そもそもアキラは、いったいどうやって、俺の居場所を知ったんだ。超能力者でもなければ、いきなりここに登場することは不可能だろう。


「武道場から、あんたが第二校舎にいるのが見えたからよ。だから、文化部に入ろうとしているんだと思い、急いで食い止めに来たのよ」


 なるほど。からくりが分かった。そういえば、竜神部の部室に入る前に、俺は窓から外を覗いた。その時に武道場があったことを思い出す。しかし、そこにアキラの姿があったかは定かではない。注意していなかったから、見落としたのかもしれない。逆にアキラは、ちらりと顔を出しただけの俺の姿を、目ざとく見つけて、ここまでやって来たというわけだ。

 なんて目をしているんだ。猛禽類か。そう思うとともに、そこまで監視されているのかと思い、尻込みしたい気持ちになる。


「あなたは誰?」


 アキラが闖入してきたことで、主導権を奪われていた朱鷺村先輩が、声を出した。朱鷺村先輩は、アキラに少し怒っているようだ。アキラは、きょとんとした顔で、朱鷺村先輩と、雪子先輩を見る。


「あの、この部の方ですか?」

「そうよ。私は、この竜神部の部長、朱鷺村神流よ。あなたは?」

「ええと、鏑木秋良です」

「そう」


 朱鷺村先輩は、アキラをにらむ。美人は、時に威圧的な迫力を持つ。朱鷺村先輩に気圧されたアキラが、体を縮めた。

 俺は、アキラを見ながら考える。いきなり乱入してきて、アキラはいったい、どうするつもりだったんだ。食い止めると言っていたが、まさか、俺をさらって、運動部まで連行する気ではないだろうな。

 いや、アキラならありえる。DBとは違う意味で、この幼馴染みは、無駄とも言える行動力を持っている。俺は、この場から逃げるべきかと思いながら、アキラの動向を窺った。


「そうね。あなたも、試験を受けなさい」

「その考え、いいわね。新入部員が、男の子ばかりというのも、バランスが悪いし」


 朱鷺村先輩の声に、雪子先輩が、嬉しそうに言葉を添える。


「げっ、アキラに試験を受けさせるんですか?」


 俺は思わず、嫌そうな声を出す。


「試験って何よ」


 アキラは不審そうに、俺と朱鷺村先輩を交互に見る。試験という言葉に、びびっているようだ。

 アキラは、勉強があまり得意ではない。俺も苦手だが、アキラはかなり致命的だ。よく受験を突破できたなと思うが、本番に強いアキラの性格が功を奏したのだろう。ここぞという時の集中力は、俺やDBを遥かに上回る。


 雪子先輩がとことこと歩いてきて、アキラの手を引き、机の前に立たせた。そのアキラの肩に、朱鷺村先輩が両手を載せる。


「あの、何をすればいいんですか?」


 美女二人に囲まれたアキラが怪訝な顔をする。少し離れた場所にいるDBが、その役を俺に代われと、不満の声を上げる。


「いいか、精神を集中するんだ。心を無にして、箱の中を覗き込め」


 朱鷺村先輩が、アキラに囁く。


「でも、蓋がしまっていますよ。鎖と鍵でがんじがらめにされていますし」

「外見に惑わされるな。本質を見るんだ。君の友人のシキ君とDBは、見事この試験を突破したぞ」


 アキラの顔つきが変わる。それまでの戸惑いの表情から、対抗心むき出しの表情になる。本気だ。この顔になった時のアキラの集中力は半端ではない。高校受験も、この力で乗り越えた。


「分かりました。やってみます」


 アキラは、食い入るようにして箱を見つめる。鋭い眼力で、数秒箱をにらんだあと、アキラは、跳ね上がるようにして上半身を起こした。そして両拳を構え、いきなり雄叫びを上げた。

 俺は思わず腰を抜かしそうになり、壁に背中を付ける。アキラは、やる気で燃え上がっている。その両手は、巨大な金属のナックルで覆われている。鉄拳。文字通りのそれが、アキラの左右の手に、現れていた。


「合格!」


 朱鷺村先輩の宣言とともに、「げっ!」とDBが、声を上げた。


 俺たちは、竜神部の部室にいる。


 アキラは、危ない薬を飲んだみたいに、十秒ほど興奮したあと元に戻った。その間、俺とDB以外に残っていた男子生徒たちは、色を失っていた。


「あの、僕たち、やっぱり入部を諦めます」

「試験は受けていかないのか?」

「はい。失礼しました!」


 蜘蛛の子を散らすようにして、俺とDBとアキラ以外の一年生が、姿を消した。その様子を見て、DBがアキラに声をかけた。


「お前、相変わらず、男子をびびらすのが得意だな。きっとお前のせいで、女性不信になった男子生徒が十人か二十人はいると思うぞ。今の奴らも、心にトラウマを抱えて、人生を踏み誤り、死ぬ直前の走馬灯で、お前の顔を思い出して、呪詛の言葉を吐くに違いない」

「そんなわけないでしょう。私みたいな可憐な乙女を捕まえて、トラウマメーカーみたいな言い方をしないでよ」

「自覚がないのが、一番たちが悪いよな、お前」


 言い争いに発展する前に、俺は間に割って入って、二人の会話を止めた。なんで、こんな苦労をしないといけないんだ。俺は、ほとほと疲れながら、アキラの両拳を見る。

 鉄拳は消えていた。DBの写真の時と同じだ。長い時間、出現し続けるわけではないようだ。もしかしたら、自分自身では気付いていなかったが、俺は白銀の全身鎧を身にまとい、黄金の騎槍を持っていたのかもしれない。


「アキラ君。竜神部に入りなさい」


 朱鷺村先輩に強く言われて、アキラは困った顔をする。


「あの、私空手部なんです。それに、この部活って、竜神部? いったい、何をする部活なんですか? 知らない人には付いていってはいけないって、お父さんに言われているんです。小学生の頃からの言い付けです」


 後半は、混乱しての台詞だろう。学校内で先輩に対して使う言葉ではない。口にした内容はともかくとして、何をする部活か知りたいのは、俺も同じだった。さすが空気を読まない女だ。アキラは、俺たちの疑問を、朱鷺村先輩にぶつけてくれた。


「この竜神部の活動か? 八布里島の人々を守ることだ」

「守るって、どうやって」


 アキラの言葉を聞き、朱鷺村先輩は、雪子先輩に視線を送る。雪子先輩はポケットから鍵を出し、木箱の鎖を留めていた錠前を外した。

 いったい、何が入っているのか。俺は疑問に思いながら、雪子先輩が蓋を開けるのを待つ。その動作を見ているうちに、俺は彼女の手に、小さな傷が無数にあることに気付いた。意外だった。その手は、お嬢様の手ではなく、修羅場をかいくぐってきた人間の手に見えた。

 雪子先輩は、蓋を開ける。箱の中には、ビー玉ほどの大きさの、虹色の宝珠が収まっている。その珠は、部屋の明かりを反射して、無数の色彩を見せていた。朱鷺村先輩が、手を伸ばして宝珠を取り上げ、俺たちの前に掲げた。


「霊珠だよ。人間の隠された力を引き出し、霊体に新たな形を与えてくれる宝物だ」


 朱鷺村先輩は、俺たちの目が集まっていることを確認して、霊珠についての説明を始めた。


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