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Second Moon 短編完結版  作者: 愛祈蝶
2/3

Second Moon

朝、目が覚めたら、ベッドで腕枕をされた状態だった。



よく見ると、整った顔。寝顔は可愛い……。



思わず頬に触れて、こめかみ、鼻、に触れて、手を引っ込めようとした途端、




――――ぎゅっ―――――




司に手首を握られて、




―――グイッ――――




引っ張られて、司の上に乗せられた。




……………っ…………





『キャッ……起きてたの?』





反転して、今度は司の下に組み敷かれた。



『お前に起こされた。』



おでこにかかった髪をよけながら、司は香澄を見下ろしていた。




『可愛い事してくれるじゃねーか。』




――――チュッ―――――




……………っ………………




司はキスを落とすと、起き上がって、どこかに行ってしまった。




……………?……………




『香澄~こっち来いよ。』



呼ばれて香澄も起き上がり、司をリビングで見つけた。





……………あ"……………





そこには、










香澄の欄以外、すべて埋まった婚姻届があった。



司が書き終わり、




ボールペンを渡された。




………マジ?…ですか………





床に座って、ローテーブルに置いてある"それ"を見つめた。







………何でこうなったんだっけ?………





『ほれ、早く書け。』




司は、当たり前のように急かすけれど、




名前書いちゃって、役所に出しちゃえば、朝霧香澄は下條香澄になるわけで……




………これでいいの?………



『本気?』



『あ?今更何言ってんだ?

明日まではダメ!とか言いやがって……俺を生殺しにした女はお前だけだぞ……』



だんだん小さな声になって行った司の言葉に、昨日の自分を思い出して、顔が熱くなった……




『ヤりたいから結婚するの?』




どこまでも疑ってしまう香澄に、司は、




『あのな、ヤりてーだけなら不自由してねーんだ、俺は。お前は…なんつーか……


とにかく名前を書け。俺が一生守ってやっから。』




なぜだか、ボールペンを走らせていた。




そして印鑑を押した。





司は、女と朝まで眠った事がなかった。落ち着かなくて、眠らずに過ごすか、ヤったら帰るかだった。



今朝は、不覚にも眠っていた自分に驚いていた。


香澄の寝顔を見ながら、いつの間にか眠ってしまったらしい。しかも熟睡していた。




……コイツなら一緒に暮らせる……




香澄が判を押したのを見て、




『役所行くか?』




……善は急げだ、放してやらねーぞ……






司は香澄に準備するように言い、自分は朝ご飯を作っていた。




香澄がシャワーを浴びて、着替えて、化粧をして、キッチンに行くと、




テーブルの上に、



トースト、シチュー、

ほうれん草入りオムレツ。



『これ、下條さんが作ったの?』



『あ?ま、冷凍したヤツを、あっためただけだがな。』



『作って冷凍してるの?誰が?』



………まさか、女?………





どう見てもレトルトではないシチューにオムレツ、香澄は不安になった。





『姉貴だよ、何だ?ヤキモチか?……ふっ……』



『な………ちがうし……』




真っ赤になりながら否定する香澄を見て、司は笑い出した。




『クッ………ここに入れた女はお前と姉貴だけだ。いい加減認めろよ、俺に惚れたってな?』




『……………っ………』



香澄は顔が熱くなって、トイレに向かった。とにかく、顔の火照りを見られたくなかった。





そんな香澄を、愛おしく見つめる司の心に、香澄に隠している"下條家"の事がひっかかっていた。





朝食を食べて、香澄が片付けている間に、司がシャワーを浴びて、着替えて来た。



10月24日



婚姻届が、受理された。





『さぁて、香澄の家に、荷物を取りに行くぞ。』



昨日と同じ運転手さんの車に乗ると、司はそう言った。



…………え…………



『何だ?今日から一緒に暮らすんだぞ。』



『あ………え……ん?……?』



"アパートを教えていないのに、うちに向かっているのはなぜ?"と思いながら、黙っていた。




『着いたな。降りるぞ。』




とりあえず、必要な洋服類をカバンに詰めて、大学のテキスト類は、ダンボールに詰めた。




来月中旬、アパートを引き払うまでに、まだ持って行きたい物があれば、少しずつ運べばいいらしい。



司の会社の人が、手伝ってくれるとか。





部屋に戻って、荷物を空いている部屋に運んで、片付けを済ませたら、夕方だった。




『香澄~先に飯食おうぜ。』



部屋の扉を開けて、司が顔を出した。




『うん。作ろうか?』



『疲れただろ?今日は解凍飯でいいだろ。体力残しとけよー……』




…………ぎゅっっ……………




『ゃん…………どこ触ってんのよ………』




後ろから抱き締めるようにして、胸を掴んだ司に、逃れようともがく香澄。




――rururururu―rurururu



『………っんだよ………ったく……ちょっと待ってな。』



司の携帯が鳴って、司は画面を見て、奥の部屋に入って行った。





香澄が、キッチンに行くと、テーブルには、トマトソースのパスタ、ハンバーグにマッシュポテト、野菜スープが準備されていた。



司のお姉さんって、料理上手なんだな…と思いながら、冷凍庫を開ける。



丁寧に保存容器に入れられたおかずが、並んでいた。




一通りチェックして、和食がない事に気付いた香澄は、



明日は、根野菜の煮物と、魚の煮付けと、お味噌汁でも作ろうかな、なんて考えていた。




部屋から出て来た司は、何故かスーツを着て、ロングコートを手にしていた。



『香澄、ごめんな。仕事なんだ。』



『え?今から?』



『あぁ……悪い、飯は先に食って、寝ててくれ、明日の朝になるかもしんねーから。』



ちょっとムスッとした香澄を見て、司は顔が緩みそうになったが、



『誰が来ても、開けるんじゃねーぞ、俺が帰るまで、ここから出るなよ。お前、携帯貸せ。』



ずっと一緒にいたからケー番交換してなかった、と、香澄が思っている間に、赤外線で番号を交換されていた。



いつになく、緊迫した司の様子に、不安を覚えながらも、香澄は、



『行ってらっしゃい。待ってるね。』



笑顔で見送った。



顔をくしゃっとさせて、唇にキスを落として、司は部屋を出た。





独りでご飯を食べて、お風呂に入って、酎ハイ片手に、出会ってから今までの事を思い返していた。




司は香澄に、家族のことを聞いてこない。

香澄は、思い出したくないから、聞かれない方が楽だ。




司も家族の話をしないから、どこか似ている気がしていた。




…司の事、何も知らない……




香澄は、今から知って行けばいい、と軽く考えていた。





いろんな事が急に起こったせいで、疲れていた香澄は、



寒くない場所を求めて寝室のベッドに向かった。





電気もつけたまま、眠ってしまった。





その頃、司は――




『こちらが調査資料になります。』




香澄に関する調査資料に目を通しながら、司は顔をしかめていた。




『わざわざ香澄の実家に挨拶に行ってくれたんだろ?すまないな。』




『いえ、それで、電話で申しましたように、反対はされませんでしたので、婚姻届を司様に届けたのですが、


先程、条件を出されまして…。』




『なんだ?条件って。』



『"下條"の事をどこかで聞いたのでしょう。

親子の縁は切る代わりに、お金を請求してこられました。


就職したら、自分達の面倒を見させるつもりだったようで、それなりの額です。』




『は?何だそれ。』




『そのために育てたんだから、当然だとおっしゃって…。』




『他には?』




『香澄様の事は、煮るなり焼くなり好きにしていいそうです。

親戚には死んだと言っておくから、二度と会いに来るなと。』





『金ならくれてやる。香澄には二度と会わせねー。』





司は香澄の過去を知り、独りで強がる理由が分かった。




『では、明日、もう一度弁護士を連れて行きます。』




『伝えてくれ、香澄は何があっても返さないってな。』




『畏まりました。念書を用意しておきます。』





香澄は厳しく育てられた。

学校と習い事以外は外に出してもらえず、友達関係まで親に干渉され、自由はなかった。




好きな男が出来ても、デートすら許されず、雁字搦めの日々を送ってきた。




大学も県外受験など、許されなかったが、

香澄が親を騙して県外を受け、この辺りにアパートを借りた。




一人暮らしの条件は、仕送りなし。

香澄は毎日実家に帰りたくない一心で働いていた。




彼氏もいたが、"結婚するまでは"と拒み続けて振られ、



この歳まで処女を守ってきたようだ。




就職難のこのご時世、実家に帰りたくない一心で、就活しながらバイトをしているらしい。




香澄は、お金の面で親に頼れば、

また親の言いなりにならなければならない。


だから、親に頼らず必死に生きていた。




奨学金の返済や、卒業後の進路に悩んでいた。




男に頼ろうなんて、微塵も思っていない。




司は、一生守ってやろうと心に決めた。





……こんないい女逃がすかよ……









………ん?…………




………暑い………





…………ん………………




生温かい温もりがくすぐったくて、目が覚めた香澄は、



自分の置かれた状況を理解するのに時間がかかった。





寝ぼけた頭で、ぼんやり司を見ていた……




胸に顔をうずめた司は、手と舌で香澄に甘い感覚を与えていた。




『………ん……ちょっと………何?………』




声を聞いた司は、




『やっと起きた。』




キラキラした瞳で微笑みながら、香澄を見下ろしていた。




『香澄のカラダ……そそられる…………』




『………ひゃん……っ……』




ウエストラインに触れられて、恥ずかしい声が出てしまう。





『全部見せて……』





言うや否や唇を重ねられて、体は熱くなっていく………






司にされるがまま、身をゆだねた―――








そして………

















『いいか?』



















『うんっ』


















………………っ……………
















『痛い……っ………』





あまりの痛さに顔をしかめている香澄に、司は一瞬戸惑ったが、




気持ちが高ぶって、あっという間に、イってしまった。




苦笑いの司と、痛みから解放されて安堵している香澄。




しばらく抱き合っていたけれど、




『バイト行かなきゃ。』



香澄は、ぎこちない動きでバスルームに入って行った。




そして、司が話しかけようとしても、顔を上げることなく、着替えたり化粧をしたり、して、




準備が出来ても、司と眼を合わそうとしない。






『香澄~何怒ってんだ?』




司は、嫌われてしまったかと、不安になり、香澄の顔を見ようと、覗き込んだ。




…………っ……………




香澄の顔を見て、司は固まった。




『怒ってないよ?ただ……………』




眼を伏せた香澄をじっと見ながら、司は香澄の言葉を待った。




…どう見ても怒ってるだろ、その顔は…




……俺はダメだったのか?………




柄にもなくヘコむ司に、





『…痛かったんだもん………バイトあるのに………まだ痛いんだもん………………』




耳まで真っ赤にして、むくれる香澄を見て、司は思わず抱き締めた。







『………ふっ……バイトあるの知らなかったんだ…ごめんな。』





『ううん……私もこんな痛いと思わなかったし………』





司は照れ笑いしながら、




『送って行く。』




香澄の頭を撫でながら、腕をほどいた。








……あぁビビった、香澄にダメ出しされたら、一生不能になっちまう所だった……





香澄をカフェに送り、帰りも迎えに行くと約束して、司はマンションに戻った。




パソコンを立ち上げて、仕事を始めた。




司の仕事は、表向きはパソコンソフトの開発。




下條の次男ではあるが、母の連れ子。

下條の血は流れていない。




父は、裏社会では名の知れたドン。




母は、司を連れて後妻に入った。




司には血の繋がらない兄と姉、異父兄弟が一人。下條を継ぐのは兄と弟。



司は名字は下條だが、比較的自由に生活させてもらっていた。放任とも言う。




大学を出て、会社を任せてもらい、それなりに努力もしたが、

下條の力がなければ為せなかっただろう。




香澄は"下條"と聞いても怯えるどころか、普通に話してくれた。




まさか出会った次の日に籍を入れるとは、司自身も驚いていた。





………そんなにヤりたかったのか?俺………




……いや、手放したくなかった………




……結婚してくれるなんて寧ろラッキーだと思った……




……俺の家族の事を知ったら、香澄はどうするかな………








その頃香澄は、




『香澄ちゃん、調子悪そうね、大丈夫?』




『あ、だ大丈夫です。すみません。』




なんとも言い難い痛みに耐えながら、バイトをこなしていた。




……みんな、あんな痛いの我慢するの?……




…司じゃなかったら、我慢なんかせずに、蹴り飛ばしてるよ………



『すみませーん。』




『あ、はい、御注文はお決まりですか?』




『カフェラテとブレンド。』




チャラそうな出で立ちで、ニタニタ笑いながら、香澄を見て来た。




『どちらもホットでよろしいですか?』




頷く二人を見て、伝票を書いて、奥に下がった。




……あと30分がんばろ………




注文を伝えて、ホールに戻った。



……司、何してるのかな……




夕暮れ時、カップルや仕事仲間、女子高生、いろんな客が出入りしていた。




うっすらと、月が見えたような気がした。






『香澄ちゃん、もういいよ。帰って休んで。』




マスターは、外をチラチラ見ながら、香澄を奥に下がらせた。




『ではお先に。』




香澄は、司に終わったとメールして、カバンを持って外に出た。




空には、うっすら月が出ていた。細い光を見ていると、



『ねぇ、おねぇさん今から帰るんでしょ?』



さっきのチャラそうな客が目の前にいた。



『迎えが来るから。』



振り切って歩こうとしたその時、



『………え………』



目の前に司の車が止まっていた。運転席から出てくる司。



香澄の左腕は、チャラそうな男に掴まれていて動けない。



『飲みに行こ!ドライブがいい?俺さ、……』



―――ふわっ―――――


掴まれていた手が離れて、司の匂いに包まれた。





『なんだテメェー!』



チャラ男が司を睨み付けた。



『誰の女に手ぇ出してるか分かってんのか?あぁ"?!』



…………?!…………



……司、ヤクザみたいだよ……怖いって………




ドスのきいた低い声、顔を歪めて睨みつける眼は、クラブで初めて会った時より鋭かった。




『おぃ……ヤバいって……』




一緒にいた男が、怯えながらチャラ男を引っ張っていた。




『お前誰だよ。』




チャラ男はお構いなしに司に突っかかる。



『おぃ…"下條さん"だぞその人…ヤバいって…』


連れの男が"下條"と言った途端、チャラ男の顔が青ざめた。



『………す…すみません。』




直角にお辞儀をして、逃げていった。





キョトンとする香澄に、先程の黒いオーラを消した司は、優しく微笑みかけていた。



『帰るぞ。』





『ありがとう。』



司にひきつり笑いをしながら言うと、


司はびっくりしたような顔をして、正面を向いて車を出した。




……この人何者?………



『下條さんって…』



香澄が言いかけると、




『帰ってから、話すから。今は何も聞くな。


下條さんってお前もだろ。』



耳を赤くして司が言った。




『そっか……私も下條になったんだ……。』



香澄はひょっとして、とんでもない人の奥さんになっちゃったのかと、不安になりながらも、



優しい司に戻って、安心していた。




『顔赤いよ?下條香澄さん?!』



司にからかうように言われて、さらに顔が熱くなった。



『クックッ……"司"って呼べよ!"あなた"でもいいぞ?』



……………っ……………


赤くなる香澄に、司は更に



『俺ら新婚だろ?もっと甘えろよ。』



片手で香澄を抱き寄せた。





香澄はマスターやチャラ男の様子から、なんとなく司が普通の会社社長ではないと感じていた。





『キャッ………っ……運転中でしょ?……どこ触ってんのよ……』



『クククッ……いーだろ?減るもんじゃねーし。』



―――――チュッ――――



赤信号で止まった瞬間、キスが降ってきた…。




『………っ………』



信号が青に変わり、ニコニコ笑いながら運転する司、恥ずかしそうに俯いている香澄。



『着いたぞ。』



……………?……………


『どこ?』



……地下の駐車場みたいだけど……



『ん?ま、付いて来い。』



司の腕に抱かれながら歩いた。

エレベーターに乗って、着いたのは、夜景の見えるレストランだった。



美味しい料理にシャンパン。



『食ったら部屋行くぞ。』


デザートを食べている香澄に、司が言った。



『部屋?』



『ここに泊まる。』



………え………



………司ってお金持ちなんだ………



こんな高級そうな場所に来たのは初めてだった香澄は、夢を見ているようだった。





部屋に入って、ギュッと抱き締められながら、




…………幸せってこういう気持ちなんだ…………



香澄は司の温もりに、安心して身を委ねた。





『俺の話聞いてくれるか。』



『うん。』



『会社社長は嘘じゃねぇ、俺は連れ子だから"下條"とは血は繋がってねぇ。


"下條"はお前は知らないみたいだが、この辺りじゃ有名なヤクザだ。』



…………ドクン……………




『心配すんな、お前は俺が一生守ってやる。親のことも調べさせてもらった。』



『………え?……』




『辛かったろ?…独りで片意地張って、がんばってたんだな。』




『…………っ……ぅ……っ……』




『泣いていいぞ、俺が全部引き受けた。二度と親に会わなくていい。


"下條香澄"として、俺と墓場まで一緒だ。』




『………つかさ……ありがとう……こんな私……』



『お前、いい女だぞ?俺にはもったいねーくらい。』




『………グス…………』



『何も心配するな。俺について来れんのか?』




香澄は頷いた。出会って間もないけれど、司を好きになっていた。もう意地なんか張らない。




『つかさ……好き………んんっ……』




深いキスとともにベッドに運ばれて、熱い夜を過ごした。





空にはSecond Moon――




肉眼では見えないほどの薄い光が二人を見ていた――――。



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