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その必殺技、上位互換で返します ~追放された転生者、前世の攻略知識で勇者の奥義を生配信中に超えていく~  作者: シッパイマン
1 偽物と呼ばれた男

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第8話 その反射、もう一度返します

「強い技を使えるやつほど、留め具を見ない」


 鍛冶師の老人はそう言って、俺の剣帯を裏返した。


 革の陰で、留め金が半分ほど抜けかけていた。


「あと何度か派手に動いていたら、鞘ごと落ちてたぞ」


「……お願いします」


「素直でよろしい」


 翌朝、俺とセリカは、ミラ商会から紹介された工房に来ていた。


 剣の手入れに、剣帯の修理。それから、セリカの鞘の内張りの交換。


 これまで少し引っかかっていたという細剣が、今は静かに抜けた。


「どうだ」


「すごくいいです。抜くとき、手首をずらさなくて済む」


 セリカが二度、剣を抜き差しする。


 俺には同じ動きに見えたが、本人の顔は明らかに違った。


 前世にも、よく似たことがあった。


 反応が悪くなった操作ボタンを交換しただけで、出なかった連続技が安定する。


 腕前の問題だと思っていたものが、道具の引っかかりだったりするのだ。


 ただ、配信に向けてその話をどう説明しようかと考える前に、工房の扉が開いた。


「東の石切り場から救援です! 動ける方は、ギルド前へ!」


 駆け込んできた職員が、俺たちの剣を見る。


 鍛冶師は、修理した剣帯を俺へ放った。


「そっちは終わってる。行くなら、締め直してから行け」


     *


 石切り場へ向かう荷車の上で、職員から事情を聞いた。


 古い坑道の壁が崩れ、奥から大型の魔獣が出てきた。


 最初に向かった討伐隊が負傷し、退いた。


 坑内には、作業員が二人残されている。


「待避室の結界は、まだ動いています。ですが、魔獣がその前から離れず……」


「敵の種類は?」


「鏡殻獣です」


 セリカが、眉を動かした。


「攻撃を返す、あれ?」


「はい」


 俺は、荷車の縁へ置いていた魔導板を手に取った。


 出発前に始めた配信へ、救援に向かっていることを短く伝える。


 『鏡殻獣って魔法が戻ってくるやつ?』『近づいて殴っても返されるぞ』というコメントが流れた。


 どこまでが実際に見た話かは、まだ分からない。


 俺は職員へ尋ねた。


「最初の隊が戦った記録は、ありますか」


「隊長が持っています。現場で見られるはずです」


 なら、まずはそこからだ。


 俺は映写球の位置を少し上げた。


 荷車の先に、白い岩肌をさらした山が見えてきた。


     *


「お前が、追加の救援か」


 坑道の入口で待っていた男は、片腕を吊っていた。


 足元には、大きな戦槌。


 柄の中ほどが、不自然に曲がっている。


 討伐隊長のグスタフ、と職員が紹介した。


「昨日は火の玉を盗んだそうじゃないか。今度は何を借りるつもりだ」


「まず、戦闘の記録を見せてください」


 グスタフの眉間に、深いしわが寄った。


「俺の話を聞いていたか?」


「聞きました。中の二人が待っているので、続きは後で」


 横から、別の隊員が魔導板を差し出してくれた。


 短い記録が始まる。


 六本脚の巨獣だった。


 背中は、鏡の破片を敷き詰めたような甲殻に覆われている。額には、太く短い銀色の角。


 グスタフが、戦槌を振り下ろした。


 白い面が、獣の前に広がる。


 激しい音。


 戦槌が跳ね上がり、グスタフ自身が後ろへ飛ばされた。


 次に撃ち込まれた火の矢も、同じように戻ってくる。


「もう一度。槌が当たる少し前から」


 隊員が、記録を戻してくれる。


 白い面が広がる直前、獣は前脚を二本、地面へ押しつけていた。


 槌が返る。


 面が消える。


 それから、獣の脚が動いた。


 前世、負けた対戦を見直すときも、俺は同じところを探した。


 自分が派手に吹き飛ばされた瞬間より、その少し前。


 相手が、何を見て、いつ構えたか。


「お前の小石じゃ、傷一つつかんぞ」


 グスタフが、曲がった戦槌を顎で示した。


「俺の全力が、これだ。借り物の技を並べたところで、どうにかなる相手じゃない」


 俺は魔導板を隊員へ返した。


「見せてくれて、ありがとうございます」


 セリカが、すでに坑道の地図を受け取っていた。


「待避室は、突き当たりの右。途中に、横へ抜けられる作業路が一本あるって」


「行こう」


 グスタフが、鼻を鳴らした。


「すぐに逃げ戻ってくることになるぞ」


 俺は、坑道へ足を向けた。


「戻りますよ。奥の二人と一緒に」


     *


 待避室の扉が、鳴った。


 鏡殻獣の前脚が、扉を覆う薄青い結界を引っかいている。


 光はまだ消えていない。


 だが、獣の周りには、削り取られた壁の石が積もっていた。


 俺は、弱い光矢を一本放った。


 背中の端を狙う。


 獣が振り向いた。


 前脚が止まる。


 白い鏡が開いた。


 光矢が、俺へ戻ってくる。


 《瞬壁》で受けた矢が、目の前で小さく散った。


「こっちを向いた。セリカ、予定どおりに」


「任せて」


 彼女が、横の作業路へ走る。


 俺は坑道の中央に立った。


 獣の目が、俺と映写球の間を動く。


 球は頭上のくぼみへ寄せた。坑道には作業用の中継器があり、配信は途切れていない。


 『本当に返った』『レインも逃げ道は確保してくれ』という文字が見えたところで、コメントの表示を小さくする。


 俺は、石の針を一本作った。


 火は入れない。


 狙うのは、正面の甲殻だ。


 針が走る。


 再び、白い鏡が広がった。


 今度は、その内側まで見えた。


 額の角から引き出された魔力が、体の外へ輪を描いている。


 甲殻が攻撃を跳ね返しているわけではない。


 触れたものを、入ってきた方向へ押し戻す壁だ。


 その力は、獣自身の魔力で生まれている。


 針が、同じ道を戻った。


 俺はすでに、その道から一歩ずれていた。


 背後の岩へ、針が突き立つ。


 鏡がほどけ、六本の脚が動き出した。


 《返鏡壁――解析完了》。


 《上位再現可能》。


 獣が、俺へ突進した。


 壁際へ抜ける。


 銀色の角が、肩のすぐ横を通った。


 俺は剣を抜き、通り過ぎる後脚の付け根へ刃を走らせる。


 硬い手応え。


 浅い傷はついたが、甲殻を割るには届かない。


 鏡がなくても、それなりに頑丈だ。


「レイン!」


 待避室の側から、セリカの声がした。


「二人とも動ける! 横道へ出すね!」


「頼む!」


 獣が、その声へ首を向けかけた。


 俺は低い位置へ光矢を放つ。


 前脚が止まり、鏡が開く。


 戻る矢を、斜めに張った《瞬壁》で受けた。


 消えた光の向こうで、獣の頭が俺へ戻る。


「そうだ。俺を見てろ」


 大きな鏡を作るたび、あいつは踏ん張る。


 反射に使った魔力の輪は、一度ほどける。


 ほどけた輪を組み直すまでは、次の鏡を出せない。


 そこへ、どう届かせるか。


 俺は、左手の前へ魔力を集めた。


     *


 獣と同じ幅の鏡は、要らない。


 受け止めるものが針一本なら、それが触れる場所だけでいい。


 《瞬壁》で覚えた、小さく、短く展開する組み方。


 そこへ、今見た押し返す力を重ねる。


 そして、向きを変えた。


 来た道へ戻すだけなら、相手の正面へ返ってしまう。


 俺が欲しいのは、甲殻の隙間へ通る道だ。


 獣が前脚を振る。


 俺はその下をくぐり、剣先で地面の小石を弾いた。


 胸の高さへ跳ねた石を、左手の前に現れた銀色の面で受ける。


 甲高い音。


 石は斜め横へ飛び、壁に当たった。


 腕に、軽い押し返しが残った。


 壁を保つにも、向きを変えるにも、俺の魔力は使う。


 強すぎる攻撃まで、何でも返せるわけじゃない。


 だが、自分で撃つ針の強さなら分かっている。


 《上位再現――転鏡》。


 銀色の面を消したとき、横道から二人分の足音が遠ざかっていった。


「入口の職員に合流した!」


 作業路から戻ったセリカが、獣の向こうへ出る。


 濃紺の外套の裾が、白い粉で汚れていた。


「あいつ、鏡を張ると、前脚の間が少し開くね」


「見えてたか」


「右側の足、ずらせると思う。さっきより踏ん張る場所が崩れてる」


 彼女の視線の先には、砕けた石が積もっていた。


 獣が扉を襲っていたとき、自分で落としたものだ。


 俺は左手に、針を一本浮かべた。


「鏡が光ったら、右の前脚を」


「分かった」


 それだけで、セリカは剣を構えた。


 俺はコメントへ、一言だけ伝える。


「一度、返させます」


 『今まで全部返されてたぞ!?』という文字が、視界の隅を通った。


 ああ。


 だから、その後に何が起きるかも分かった。


     *


 俺は針の中へ、小さく火を収めた。


 《貫爆針》。


 昨日は、厚い標的を割った技。


 今日は、あの甲殻の下へ届ける。


 左手を上げた。


 狙うのは、獣の胸の真ん中。


 針が飛ぶ。


 鏡殻獣が、前脚を踏ん張った。


 白い面が広がる。


 同時に、セリカが動いた。


 横から近づいた彼女へ、獣の右の中脚が振られる。


 細剣の周りに、風の輪が生まれた。


 爪を外へ受け流す。


 その風が散る前に、彼女は手首を返した。


「《返風刃》!」


 低く飛んだ風の刃が、前方で体を支える右前脚の下へ入る。


 積もった小石が、まとめて弾けた。


 右の前脚が、半歩滑る。


 鏡殻獣の体が傾いた。


 その正面で、俺の針が跳ね返される。


 白い鏡が、ほどけた。


 今だ。


 戻る針の前に、手のひらほどの銀色の面を張った。


 《転鏡》。


 左腕へ、強い衝撃。


 足を踏ん張る。


 針は俺へ届かず、斜めに跳ねた。


 狙いは、傾いた胸と、浮いた右前脚の間。


 甲殻に隠れていた、柔らかい継ぎ目。


 獣の角が光る。


 次の鏡を作ろうと、魔力が輪を描き始めた。


 遅い。


 最初から、そこへ返すつもりで待っていたんだ。


 針が、継ぎ目へ消える。


「セリカ、離れて!」


 彼女が、俺のいる側へ飛び退いた。


 俺は火を閉じ込めていた術式を解く。


 くぐもった爆音。


 鏡殻獣の内側から、光が噴き出した。


 胸の甲殻が大きく割れ、巨体が持ち上がる。


 俺は、並んだ二人の前へ《瞬壁》を張った。


 飛んできた破片が、青い板を叩く。


 その向こうで、六本の脚が崩れた。


 銀色の角から、光が消える。


 地響きが収まっても、獣は立ち上がらなかった。


 俺は防壁を解いた。


 左腕が、少し痺れている。


 指を握り、開く。


 動く。剣も握れる。


「セリカ?」


「大丈夫。そっちは?」


「同じく」


 彼女が、倒れた巨体の脚へ剣先を向けたまま、息を吐いた。


 俺も角の光が戻らないことを確かめ、それからコメントの表示を戻す。


 『返したのを返した!?』『鏡が出る前に届いた!』という文字が、いっぺんに視界へ飛び込んできた。


 『昨日の針だ』『セリカが足を崩したところ、もう一回見たい』と、その後も続く。


 俺は、まだ少し痺れている左手を振った。


「相手は、来た道へ返す。俺は、通したい場所へ返す」


 砕けた甲殻の間に、使い終わった石の欠片が見えた。


「届け方を、もう一つ増やしました」


     *


 坑道の外へ出ると、救出した二人が立ち上がった。


 一人は水の入った椀を置き、もう一人は毛布を肩から落としかけた。


「あの音は……」


「倒しました。念のため、中の安全確認はギルドの方とお願いします」


 セリカが答えると、二人は何度も頭を下げた。


 グスタフは、地面へ腰を下ろしたまま、俺たちを見ていた。


「……本当に、倒したのか」


 職員の魔導板には、俺たちの配信が映っている。


 獣が倒れた場面から、坑道を戻ってくるところまで。


 すぐそばで見ていた若い隊員が、無言でうなずいた。


「あれだけの反射を、どうやって」


「返してきた後に、隙がありました」


「そんな短い隙に、何ができる」


 俺は左手を上げた。


「小石を一つ、通しました」


 グスタフの目が、俺の手から、自分の曲がった戦槌へ落ちる。


 何かを言いかけた口が、そのまま閉じた。


 『傷一つつかないはずの小石で終わった』『逃げ戻るって言ってた人、見てたか』というコメントが流れた。


 俺は返事をせず、救出された二人へ向き直った。


 片方の男が、深く息を吸う。


「扉の外で、何度も音がして……もう、来てもらえないかと」


 そこで言葉が詰まった。


 セリカが、水の椀を彼の手へ戻した。


「今は、ゆっくり飲んで。外まで来たんだから」


 男が、椀を握ってうなずく。


 俺たちを見るグスタフの視線を、今度は誰も気にしていなかった。


     *


 夕方、工房へ戻った。


 鍛冶師は、俺たちを見るなり、作業台の前を指さした。


「並べろ」


「剣ですか?」


「剣も、鞘も、帯もだ。直した日に岩山で暴れてきたんだろう」


 セリカと二人で、素直に装備を外した。


 剣帯は、しっかり締まったままだった。


 セリカの剣も、引っかからずに抜ける。


「横道から戻るとき、助かりました」


 彼女が鞘を差し出しながら言った。


「狭くて、前みたいに手首をずらす余裕がなかったので」


 鍛冶師は返事をせず、鞘の中を覗いた。


 口元だけが、少し緩んでいる。


 俺は修理された留め金を、指で押した。


 今日も、何度も横へ跳んだ。


 そのたびに剣が腰にあったのは、当たり前ではなかったらしい。


「俺の方も、助かりました」


「そうか。だったら、次も仕事の前に持ってこい」


「はい」


 配信を終えようとしたところで、魔導板にギルドからの連絡が入った。


 追加報酬の案内。


 それから、もう一通。


 鏡殻獣が出てきた古い坑道は、封鎖されていた地下遺構につながっていたという。


 正式な調査隊を組むため、翌日、依頼の説明を行いたい。


 担当者の名は、ヴァルトだった。


「今度は、下だね」


 横から読んでいたセリカが言う。


 『地下遺構!?』『鏡殻獣が入口にいたってこと?』と、コメントがざわめいた。


 俺は、依頼書の末尾に添えられた一文を読んだ。


 地下への扉には、王国が成立するより古い文字が刻まれていたらしい。


 その訳が、記されている。


 ――勝者の技を、次の守護者へ継承する。


 俺はしばらく、その一文を見ていた。


「レイン?」


「ああ。明日、話を聞こう」


 相手が勝者の技を覚えるのなら、昔そこを通った誰かの切り札が、今も下で待っているのかもしれない。


 俺の手が、作業台の上の剣へ伸びた。


 その手を、鍛冶師がぴしゃりと叩く。


「まだ点検中だ」


 視界に、『まず留め具からな』というコメントが流れた。


 ……そこは、返す言葉もなかった。

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