エルフの棲む農園 ー初夏の麻婆茄子と枝豆ー
我が家のトウモロコシ(前半戦)は、台風でやられました
「師匠、明日はそろそろとうもろこしの収穫する?」
初夏の暑さが少し穏やかになる夕暮れ前。今日の仕事終わりの水やりの準備をしながら、夕食の献立を考えている師匠に私は声をかけた。
「そうやねえ。今年は豊作やから売りに行こうか・・・あんた、行ける?」
「行けるよ。じゃあ他のものも採ろうか」
水を合成する魔法を詠唱する…私の詠唱は歌みたいだ、ってよく言われる。実際水やりは鼻歌と変わらないって自分でも思う。いつものように水を合成して雨のように降らせる。そして畑を見渡す。
スイカ、カボチャ、きゅうり、なす、オクラ。夏の野菜が豊作だ。
あ、
と、枝豆の掃除をしていた師匠が顔を上げた。
「そういえば、とうもろこしは朝早くに採るのがいいって、この間カヨさんに聞いたんよ」
「え、なんで?」
「光合成で作った甘みが、夜の間に実に入るらしいわ」
カヨさんはとうもろこし畑を何枚も持っていて、このあたりで1番とうもろこしに詳しい。
もちろん他の野菜や果物も作っているけど、かれこれ15年くらい毎年とうもろこしを作っている・・・はず。
なるほど。
「実験してみたいねえ」
「そやねえ。カヨさんとこは夜中の3時くらいに収穫して、売りに行くらしいわ」
「はっや!真っ暗やん」
「そうなんよ。うちでは朝早く採るくらいでええと思うんよ、暗いと危ないし」
水やりは大好き。そもそも涼しくなるし、野菜が生き生きするから。
完全に鼻歌状態の私のご機嫌な水やりにリズムをくれるように、師匠の手でパチン、パチン、と枝豆の身が枝から落とされていく。
ナスもたくさんある。今夜は枝豆と麻婆茄子が食べたいなあ。
「夕ご飯、枝豆と麻婆茄子でどう?売りに行くのは明後日にして、明日は収穫と準備で」
「ええねえ。残ってるお肉も使い切れるわ」
夕食の献立が決まったので、水を止めて、私は使う分だけのナスをささっと収穫した。
艶々の、深い紫。私はこの色が大好きだ。
お漬物にして少し色が抜けたのも好き。ナスは本当に綺麗。
「ウリも出来てきたし、天気もしばらくいいみたいやから、そろそろお味噌作るわ」
パチン、パチン。涼しげな水のシャワーを横目に、枝豆に鋏を入れる音が気持ちよく響く。
どちらもそろそろ終わりだなあ。
「そしたら、明後日、『もやし』買ってくるね」
「頼める?いつもの2袋」
「おっけ〜」
私は「もやし」が何かよくわかってないけど、
味噌は「もやし」からできる。師匠が捏ねると味噌になる。
ん?
コウジができるんだったかな。よくわからん。
色々よくわからないけど、
うちの農園が豊かなのは、師匠のおかげのところがたくさん、たくさんあると思っている。
師匠がいなくなったら、どうしよう。
・・・だめだ。そういうつまらないことはまた今度考えよう。
もうすぐ日が暮れる。ずいぶん傾いてきた日差しが水のシャワーを照らして、小さな虹ができた。
ああ、美しいなあ。
「よし、水やりはこんなもんでしょ」
「こっちも枝豆掃除終わったよ。夕ご飯しようか」
畑から家に戻る。お腹は空いてきたけど先に汗を流したい。
「師匠先にシャワーしちゃって。下ごしらえしておくから」
「ありがとう。そうするわ」
自分の汗がベタついて不快感はあるものの、師匠に先を譲る。
「さて、お湯沸かすか」
私は火を扱うのは得意じゃないので、素直にガスコンロを使う。
IHもあるんだけどちょっと火力がね…おわかりいただけます?
先ほどの、水を合成する魔法を詠唱する。妖精たちがはしゃいで楽しそうに踊っているのを感じながら、お鍋に水を張る。
水道の蛇口をひねれば水は出てくるけど、蛇口の水は水道代がかかるから好きじゃない。
そうやって水を張ったお鍋をコンロにかける。
そしたらまた水を合成して枝豆をしっかり洗う。続けてナスも。
「確かお塩が減ってきてるんだよね〜・・・」
明後日、もやしと一緒に買えたらいいんだけど。
でも久しぶりにインター近くのスーパーまで遠出するのも悪くない。
今度こそ本当の鼻歌を歌いながらナスを短冊切り。ああー、綺麗。美味しそう。最高。
包丁の刃が皮を割る「パリッ」という小さな音が、台所の静けさに吸い込まれていく。
切り口からは、ほんのり青い匂いが立ちのぼる。夏の畑の匂いが、まだそこに残っている。
今日のナスは少し硬そうだから、飾り切りを深めにしておこうっと。
シュシュシュシュシュっとな。
はい、完成。
さてさて、次は枝豆の下ごしらえですよ。
枝豆の両端を少し切り落とす。
このひと手間で塩がよく染みるんですわ、と師匠に教わった。
面倒くさいんだけどね。
仕上げに両端を切った枝豆を、手のひらで枝豆を軽く揉む。
指先に伝わるざらりとした産毛の感触が、なんだか好きだ。
「シャワーお先に。ヤギと鶏に餌あげといたよ」
「はっや!!ありがとう〜。もうすぐお湯わくよ。じゃあ私もシャワー浴びてくるね」
仕上げを師匠に任せてシャワーを浴びに、台所を後にする。
でもその前にヤギと鶏小屋を少し覗いておこう。
「よしよし、みんな美味しそうに食べてるね。お水、新しいのに変えておくよ」
水桶の水を表へ流す。
そしてまた鼻歌、じゃなかった、水を合成。
「じゃあシャワー浴びてくるね〜」
脱衣場で服を脱いで、浴室に入る。
またもや鼻歌・・・もう鼻歌でいいや。水のシャワーが落ちてくる。
おなかすいたなあ。
―――
シャワーを浴びてキッチンに戻ると、油と炒め物のにおいがしていた。
師匠がフライパンを傾けると、油が薄い膜になって光る。
火の熱が頬に触れて、少しだけ汗がにじむ。
その温度さえ、なんだか安心する。
油を温めると、鍋底からふわりと甘い香りが立ち上がった。
この匂いが好きだ。お腹の奥が、ゆっくりと目を覚ますような気がする。
「いいにおい~。なんで油の匂いってこんなにあまくておいしそうなんやろ」
「あんたが油もんすきやからやろ。枝豆頼むわ」
コンロの方でぼこぼこと沸騰する音が聞こえる。
沸騰した湯に塩をひとつまみ。
師匠は「ひとつまみ」と言うけれど、実際には指の癖で量が決まっている。
私はまだその癖が身についていない。
湯に枝豆を入れると、ぱっと色が鮮やかになる。
火を少し弱めて、踊りすぎないようにする。
こういう細かい火加減が、まだ難しい。
音のするお鍋をのぞき込めば、ぼこぼこ沸き立つお湯と、お湯に合わせて踊る枝豆。
ふふふ。
「ナス、今日はちょっと固めっぽかったねえ」
師匠が言うので、私は切った断面を見つめる。
熱されてトロンとしてきた皮の表情が愛おしい。
飾り切りよ、いい仕事をしておくれ。
「雨が少なかったからかな」
「そうかもしれんねえ。でも固いナスは固いナスで、味がよう染みるよ」
師匠はそう言って、フライパンの中でナスを返す。
油を吸って、少し柔らかくなったナスが、師匠の手の動きに合わせて揺れる。
「ほら、味見してみ」
差し出されたナスを口に入れると、まだ熱いのに、思わず笑ってしまう。
「おいしい」
「そらよかった」
師匠が枝豆の様子を覗く。
「枝豆、もうあげてよさそう?」
「ちょっとはやいかも。味見してくれる?」
わかった、と返事をして、踊る枝豆を1つ拉致。
水をかけて、皮を押して出てくる豆を口に放り込んだ。
「うん、ちょうどよさそう。あげてしまうわ」
コンロの火を止めシンクの下からざるを出す。
そこへお湯ごと鍋を返して、水道の蛇口を大きめにひねった。
ええそうですよ。お金かかりますけど蛇口の水です。
「こおりこおり~」
冷蔵庫の氷の引き出しから、スコップで氷をすくう。
水がばしゃばしゃかかっているざるの中へ氷を入れる。
すこし水が貯まるよう、さきほどのお鍋にざるを入れる。
ほらほら枝豆くん、キュッと冷えてくれたまえよ。
減ってはいるものの塩を取り出す。水から上げた枝豆に塩を振るためだ。
ああもうおなかすいたなあ。おなかすいた。
「麻婆茄子できたよ。枝豆も仕上げて」
テーブルの真ん中に麻婆茄子のフライパンをおきながら、師匠が声をかけてくれた。
「おっけー。いいねえ、今日もおいしそう」
「あんたはほんまに『ええねえ』しか言わんなあ」
師匠が、笑いながら取り皿を運ぶ。
私は枝豆を水から上げて、お塩をかけて、ざるを3、4回振る。
「あたりまえやん。『あかん』なんて、言うわけない」
そんなことはそもそも起きない。
それに、万が一そんなこといったら、
師匠のご飯が食べられなくなってしまう。
そんなこと、本当にありえない。
「そやなあ。ほな食べようか、いただきます」
「いただきます~」
―――
師匠、覚えてますか。
私が初めて麻婆茄子を作った日のこと。
あの日、私は火加減を間違えて、ナスを焦がしてしまった。
師匠は笑って「焦げたら焦げたで、香ばしいよ」と言ってくれたけれど、
私は悔しくて、翌日も同じ料理を作った。
「料理は、野菜の機嫌を聞くんよ」と師匠は言った。
その言葉の意味が、最近ようやく少しだけ分かってきた気がする。
今日のナスは、いい機嫌だ。
切ったときの音も、油を吸う速度も、なんだか軽やかだったでしょ。
そろそろ白ナスも収穫できそうだった。
白ナスはトロントロンに柔らかくて、ナスの限界に挑戦してるような甘さがある。
白ナスも、
また麻婆茄子にしたいです、師匠。
お読みくださりありがとうございます!




