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エルフの棲む農園

エルフの棲む農園 ー初夏の麻婆茄子と枝豆ー

作者: (さ)くま
掲載日:2026/08/13

我が家のトウモロコシ(前半戦)は、台風でやられました


「師匠、明日はそろそろとうもろこしの収穫する?」


初夏の暑さが少し穏やかになる夕暮れ前。今日の仕事終わりの水やりの準備をしながら、夕食の献立を考えている師匠に私は声をかけた。

「そうやねえ。今年は豊作やから売りに行こうか・・・あんた、行ける?」

「行けるよ。じゃあ他のものも採ろうか」


水を合成する魔法を詠唱する…私の詠唱は歌みたいだ、ってよく言われる。実際水やりは鼻歌と変わらないって自分でも思う。いつものように水を合成して雨のように降らせる。そして畑を見渡す。

スイカ、カボチャ、きゅうり、なす、オクラ。夏の野菜が豊作だ。


あ、

と、枝豆の掃除をしていた師匠が顔を上げた。


「そういえば、とうもろこしは朝早くに採るのがいいって、この間カヨさんに聞いたんよ」

「え、なんで?」

「光合成で作った甘みが、夜の間に実に入るらしいわ」

カヨさんはとうもろこし畑を何枚も持っていて、このあたりで1番とうもろこしに詳しい。

もちろん他の野菜や果物も作っているけど、かれこれ15年くらい毎年とうもろこしを作っている・・・はず。

なるほど。


「実験してみたいねえ」

「そやねえ。カヨさんとこは夜中の3時くらいに収穫して、売りに行くらしいわ」

「はっや!真っ暗やん」

「そうなんよ。うちでは朝早く採るくらいでええと思うんよ、暗いと危ないし」


水やりは大好き。そもそも涼しくなるし、野菜が生き生きするから。

完全に鼻歌状態の私のご機嫌な水やりにリズムをくれるように、師匠の手でパチン、パチン、と枝豆の身が枝から落とされていく。

ナスもたくさんある。今夜は枝豆と麻婆茄子が食べたいなあ。


「夕ご飯、枝豆と麻婆茄子でどう?売りに行くのは明後日にして、明日は収穫と準備で」

「ええねえ。残ってるお肉も使い切れるわ」

夕食の献立が決まったので、水を止めて、私は使う分だけのナスをささっと収穫した。


艶々の、深い紫。私はこの色が大好きだ。

お漬物にして少し色が抜けたのも好き。ナスは本当に綺麗。


「ウリも出来てきたし、天気もしばらくいいみたいやから、そろそろお味噌作るわ」

パチン、パチン。涼しげな水のシャワーを横目に、枝豆に鋏を入れる音が気持ちよく響く。

どちらもそろそろ終わりだなあ。


「そしたら、明後日、『もやし』買ってくるね」

「頼める?いつもの2袋」

「おっけ〜」


私は「もやし」が何かよくわかってないけど、

味噌は「もやし」からできる。師匠が捏ねると味噌になる。


ん?

コウジができるんだったかな。よくわからん。


色々よくわからないけど、

うちの農園が豊かなのは、師匠のおかげのところがたくさん、たくさんあると思っている。


師匠がいなくなったら、どうしよう。


・・・だめだ。そういうつまらないことはまた今度考えよう。


もうすぐ日が暮れる。ずいぶん傾いてきた日差しが水のシャワーを照らして、小さな虹ができた。

ああ、美しいなあ。


「よし、水やりはこんなもんでしょ」

「こっちも枝豆掃除終わったよ。夕ご飯しようか」


畑から家に戻る。お腹は空いてきたけど先に汗を流したい。

「師匠先にシャワーしちゃって。下ごしらえしておくから」

「ありがとう。そうするわ」

自分の汗がベタついて不快感はあるものの、師匠に先を譲る。


「さて、お湯沸かすか」


私は火を扱うのは得意じゃないので、素直にガスコンロを使う。

IHもあるんだけどちょっと火力がね…おわかりいただけます?


先ほどの、水を合成する魔法を詠唱する。妖精たちがはしゃいで楽しそうに踊っているのを感じながら、お鍋に水を張る。

水道の蛇口をひねれば水は出てくるけど、蛇口の水は水道代がかかるから好きじゃない。


そうやって水を張ったお鍋をコンロにかける。

そしたらまた水を合成して枝豆をしっかり洗う。続けてナスも。

「確かお塩が減ってきてるんだよね〜・・・」

明後日、もやしと一緒に買えたらいいんだけど。

でも久しぶりにインター近くのスーパーまで遠出するのも悪くない。


今度こそ本当の鼻歌を歌いながらナスを短冊切り。ああー、綺麗。美味しそう。最高。

包丁の刃が皮を割る「パリッ」という小さな音が、台所の静けさに吸い込まれていく。

切り口からは、ほんのり青い匂いが立ちのぼる。夏の畑の匂いが、まだそこに残っている。

今日のナスは少し硬そうだから、飾り切りを深めにしておこうっと。

シュシュシュシュシュっとな。

はい、完成。


さてさて、次は枝豆の下ごしらえですよ。


枝豆の両端を少し切り落とす。

このひと手間で塩がよく染みるんですわ、と師匠に教わった。

面倒くさいんだけどね。


仕上げに両端を切った枝豆を、手のひらで枝豆を軽く揉む。

指先に伝わるざらりとした産毛の感触が、なんだか好きだ。

「シャワーお先に。ヤギと鶏に餌あげといたよ」

「はっや!!ありがとう〜。もうすぐお湯わくよ。じゃあ私もシャワー浴びてくるね」


仕上げを師匠に任せてシャワーを浴びに、台所を後にする。

でもその前にヤギと鶏小屋を少し覗いておこう。

「よしよし、みんな美味しそうに食べてるね。お水、新しいのに変えておくよ」

水桶の水を表へ流す。

そしてまた鼻歌、じゃなかった、水を合成。

「じゃあシャワー浴びてくるね〜」


脱衣場で服を脱いで、浴室に入る。

またもや鼻歌・・・もう鼻歌でいいや。水のシャワーが落ちてくる。



おなかすいたなあ。



―――




シャワーを浴びてキッチンに戻ると、油と炒め物のにおいがしていた。


師匠がフライパンを傾けると、油が薄い膜になって光る。

火の熱が頬に触れて、少しだけ汗がにじむ。

その温度さえ、なんだか安心する。


油を温めると、鍋底からふわりと甘い香りが立ち上がった。

この匂いが好きだ。お腹の奥が、ゆっくりと目を覚ますような気がする。


「いいにおい~。なんで油の匂いってこんなにあまくておいしそうなんやろ」


「あんたが油もんすきやからやろ。枝豆頼むわ」


コンロの方でぼこぼこと沸騰する音が聞こえる。


沸騰した湯に塩をひとつまみ。

師匠は「ひとつまみ」と言うけれど、実際には指の癖で量が決まっている。

私はまだその癖が身についていない。


湯に枝豆を入れると、ぱっと色が鮮やかになる。

火を少し弱めて、踊りすぎないようにする。


こういう細かい火加減が、まだ難しい。


音のするお鍋をのぞき込めば、ぼこぼこ沸き立つお湯と、お湯に合わせて踊る枝豆。

ふふふ。



「ナス、今日はちょっと固めっぽかったねえ」


師匠が言うので、私は切った断面を見つめる。

熱されてトロンとしてきた皮の表情が愛おしい。

飾り切りよ、いい仕事をしておくれ。


「雨が少なかったからかな」


「そうかもしれんねえ。でも固いナスは固いナスで、味がよう染みるよ」


師匠はそう言って、フライパンの中でナスを返す。

油を吸って、少し柔らかくなったナスが、師匠の手の動きに合わせて揺れる。


「ほら、味見してみ」


差し出されたナスを口に入れると、まだ熱いのに、思わず笑ってしまう。


「おいしい」

「そらよかった」


師匠が枝豆の様子を覗く。


「枝豆、もうあげてよさそう?」

「ちょっとはやいかも。味見してくれる?」


わかった、と返事をして、踊る枝豆を1つ拉致。

水をかけて、皮を押して出てくる豆を口に放り込んだ。


「うん、ちょうどよさそう。あげてしまうわ」


コンロの火を止めシンクの下からざるを出す。

そこへお湯ごと鍋を返して、水道の蛇口を大きめにひねった。


ええそうですよ。お金かかりますけど蛇口の水です。


「こおりこおり~」


冷蔵庫の氷の引き出しから、スコップで氷をすくう。

水がばしゃばしゃかかっているざるの中へ氷を入れる。


すこし水が貯まるよう、さきほどのお鍋にざるを入れる。

ほらほら枝豆くん、キュッと冷えてくれたまえよ。


減ってはいるものの塩を取り出す。水から上げた枝豆に塩を振るためだ。

ああもうおなかすいたなあ。おなかすいた。


「麻婆茄子できたよ。枝豆も仕上げて」


テーブルの真ん中に麻婆茄子のフライパンをおきながら、師匠が声をかけてくれた。


「おっけー。いいねえ、今日もおいしそう」


「あんたはほんまに『ええねえ』しか言わんなあ」


師匠が、笑いながら取り皿を運ぶ。

私は枝豆を水から上げて、お塩をかけて、ざるを3、4回振る。


「あたりまえやん。『あかん』なんて、言うわけない」


そんなことはそもそも起きない。

それに、万が一そんなこといったら、

師匠のご飯が食べられなくなってしまう。


そんなこと、本当にありえない。


「そやなあ。ほな食べようか、いただきます」

「いただきます~」




―――




師匠、覚えてますか。

私が初めて麻婆茄子を作った日のこと。


あの日、私は火加減を間違えて、ナスを焦がしてしまった。

師匠は笑って「焦げたら焦げたで、香ばしいよ」と言ってくれたけれど、

私は悔しくて、翌日も同じ料理を作った。


「料理は、野菜の機嫌を聞くんよ」と師匠は言った。

その言葉の意味が、最近ようやく少しだけ分かってきた気がする。


今日のナスは、いい機嫌だ。

切ったときの音も、油を吸う速度も、なんだか軽やかだったでしょ。


そろそろ白ナスも収穫できそうだった。

白ナスはトロントロンに柔らかくて、ナスの限界に挑戦してるような甘さがある。



白ナスも、

また麻婆茄子にしたいです、師匠。

お読みくださりありがとうございます!

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