第150話 百二十八の斬路
第3降下層へ続く進入孔は、第2観測点から南西へ約2キロ離れた場所に残されていた。
距離だけを見れば長くない。
しかし、調査隊が歩いているのは大地ではなく、数百メートルを超える巨大生物の外殻である。
黒い表面は緩やかな丘のように起伏し、深い筋の間には赤い魔力が流れていた。外殻が収縮するたび、数十メートル先の高低差が変わり、先ほどまで安定していた道が大きく傾くこともある。
ナシュは先頭で長い測量棒を使い、表面の硬さを確かめながら進んでいた。
黒く乾いた部分は人間と荷物の重さへ十分に耐えられるが、赤い光が透けている場所は薄く、その下を魔力と体液が流れている。見た目だけでは判別しにくい箇所へ粉を撒き、戻る時にも安全な線が分かるよう印を残していく。
リヴィアは少し離れた高所へ上がり、過去の観測記録と現在の地形を照らし合わせていた。
「このまま筋に沿うと、300メートル先で大きな裂け目に出るわ。右へ回れば距離は増えるけど、傾斜が緩い」
「次の収縮は18分後です」
カレドが携帯式の脈圧灯を確認する。
「右の経路なら、収縮までに安定帯へ入れます。直進すると、裂け目を渡っている途中で動かれる可能性が高い」
「右を使う」
イェルクが判断すると、盾兵たちは荷物の配置を変えた。
1人が先頭側へ移り、崩れた場合に足場へ渡せるよう大盾の固定帯を外す。残る2人は記録箱と予備資材を中央へ挟み、外殻の傾きが変わっても荷物だけが滑り落ちないよう短い綱で繋いだ。
エイルは隊列の後方寄りを歩き、外殻の内側と周囲の空洞へ感知を広げていた。
表面にいた小型寄生種の群れは、先ほど倒した大型個体の残骸へ集まっており、こちらを追ってはいない。それ以外にも複数の反応が外殻の溝を移動しているが、調査隊へ接近するものはなかった。
問題は外側より、内側だった。
巨大な外殻の下には、無数の管状器官が走っている。深層脈から吸い上げた魔力を運ぶ太い流れと、外殻の損傷へ向けて伸びる細い流れがあり、後者はエイルたちの進行方向へ少しずつ集まっていた。
「進入孔の周辺へ、内部から魔力が集まっています」
エイルの言葉に、カレドが振り返る。
「外殻を修復しようとしている?」
「その可能性が高いです。穴そのものは残っていますが、入口の近くへ細い管が増えています」
「急いだ方がいいか?」
「今すぐ閉じるほどではありません。ただ、こちらが近づいたことで動きが速くなりました」
巨大生物が調査隊を明確な敵として認識したのか、それとも外殻上を歩く振動を損傷として誤認したのかは分からない。
どちらにしても、第3降下層への入口が閉じられる前に到着する必要があった。
調査隊は歩調を上げたが、隊形は崩さなかった。
ナシュが危険な表面を避け、リヴィアが進行方向を修正し、カレドが収縮周期を測り続ける。盾兵たちは隊列の前後へ注意を分け、イェルクは全員の間隔が広がらないよう速度を調整していた。
エイルが先へ走って入口を確保する方が、到着だけなら速い。
しかし、外殻の上に道を残さなければ、調査記録も人員も帰せない。先へ進むことと、生きて戻ることを同時に成立させるのが、調査隊の進み方だった。
◇
右側の迂回路へ入ってから約20分後、隊は幅40メートルほどの裂け目へ行き着いた。
リヴィアが予測した大裂け目とは別のもので、最近の収縮によって新しく生じたらしい。
裂け目の底には赤い魔力が流れ、外殻の内側へ続く白い組織が露出していた。両岸の高低差は僅かだが、向こう側まで直接渡せる板材は残っていない。
「向こうへ綱を通す」
ナシュが矢へ細い綱を結び、対岸にある突起へ向けて放った。
矢尻の鉤が黒い外殻へ食い込む。
リヴィアも少し離れた場所へ2本目を撃ち、左右へ振れないよう補助線を作った。
盾兵たちは持っていた大盾のうち2枚を綱へ通し、横向きへ固定する。完全な橋にはならないが、腰綱を使って体重を分散すれば、1人ずつ渡れる足場になる。
「俺が先に行く」
イェルクが盾へ足を掛けた。
「向こう岸を確認してから、カレドと記録箱を送る。エイルは最後でいいか?」
「はい。後ろから反応が来ていますが、小型です」
「数は?」
「19体。到着まで2分ほどです」
イェルクは急いで対岸へ渡り、ナシュと共に足場の固定を補強した。
カレドと記録箱が続き、リヴィアが橋の中央から後方へ弓を向ける。盾兵2人は裂け目のこちら側へ残り、近づいてくる群れを迎える準備を整えた。
黒い外殻の筋を越え、19体の寄生種が姿を現した。
先ほど観測台で戦ったものより小さく、体長は1メートルほどしかない。しかし甲殻の左右へ薄い膜を持ち、外殻の収縮によって生まれる風へ乗りながら、地表すれすれを高速で滑ってくる。
「橋へ近づけるな!」
盾兵たちは大盾を外殻へ立て、裂け目へ続く道を狭めた。
寄生種の群れは正面から盾へぶつからず、左右へ分かれて回り込もうとする。
リヴィアの矢が左側の先頭へ刺さった。
矢尻から広がった術式が薄い膜を硬化させ、寄生種は飛行姿勢を保てず外殻へ転がる。その後ろへいた3体も衝突し、群れの左半分が大きく乱れた。
右側へ抜けようとした個体には、盾兵が大盾の下端を滑らせる。
攻撃ではなく、外殻と膜の間へ盾を差し込んで風を遮ることで、寄生種の高度を強制的に落とした。地面へ落ちたところへ長槍を入れ、橋へ届く前に仕留めていく。
エイルは長剣を抜かなかった。
隊が自力で処理できる数であり、後方にも別の危険はない。
最後の3体が上方へ回ったところで、リヴィアとナシュの矢が交差し、薄い膜を同時に射抜いた。落下した個体を盾兵たちが片づけ、19の反応が消える。
「渡って!」
対岸からリヴィアが声を掛ける。
盾兵たちは大盾を橋から回収せず、帰路用の足場として綱へ残したまま渡った。
エイルが最後に裂け目を越えると、ナシュはすぐ橋の位置と固定具を地図へ書き込み、目印になる青い布を綱へ結んだ。
魔物を倒したことより、同じ場所を安全に戻れることの方が重要である。
調査隊はそれを理解していた。
◇
第3降下層への進入孔が見えたのは、それから約1時間後だった。
外殻の表面へ、人工的に削られた幅20メートルほどの溝が走っている。
その先には半円形の巨大な扉が埋め込まれ、左右へ古い測量杭が6本ずつ並んでいた。扉の中央には測量局の印が残り、その下へ《第3降下層》を示す文字が刻まれている。
70年以上前の設備でありながら、原形は保たれていた。
ただし、その周囲を白い組織が覆い始めている。
外殻の裂け目から伸びた無数の管が、蔦のように扉と測量杭へ絡みつき、人工物を巨大生物の身体へ取り込もうとしていた。
「完全に塞がる前に着けたわね」
リヴィアが扉の前へ降りる。
「開閉術式は?」
カレドは右側の測量杭へ近づき、表面へ付着した白い膜を削った。
「術式そのものは残っています。ただ、12本の杭が外殻の神経に取り込まれている。このまま起動すると、扉ではなく周辺の組織へ魔力が流れます」
「管を切れば開けられるか?」
「単純に切ると、外殻側から修復組織が押し寄せます。12本を同時に遮断したあと、こちらの術式へ接続を戻す必要があります」
イェルクが周囲を見回した。
「役割を分ける。盾兵は左右の3本ずつを守れ。ナシュとリヴィアは残る杭の管へ目印を付けろ。カレドは接続を戻す準備を進める。エイルは――」
「内部のものが来ます」
エイルの声で、全員が外殻の奥へ意識を向けた。
先ほどから進入孔へ集まっていた魔力が、12本の測量杭だけでなく、その周囲へ一斉に流れ込んでいる。
黒い外殻が盛り上がった。
白い組織が地表を押し破り、複数の柱となって立ち上がる。柱同士は絡み合い、人間に似た上半身と、外殻へ繋がる6本の脚を形作った。
高さは約60メートル。
頭部らしい器官はなく、胸部の中央へ赤い魔力核が埋め込まれている。両腕は巨大な刃のように細長く、表面を黒い外殻片が幾重にも覆っていた。
生物というより、脈源外殻が作り出した防衛器官だった。
エイルは《外殻守》と仮に呼ぶ。
外殻守が立ち上がると、周囲からさらに多くの白い管が伸び、脚と背中へ接続された。
数は一目では数え切れない。
それぞれが外殻から魔力と組織を送り込み、身体の形を維持している。
「本体を斬っても、すぐ戻されます」
エイルは管の流れを追った。
「接続が多すぎるのか?」
「今見えているだけで100本以上あります」
「入口の解除と同時に来られると厄介だな」
イェルクは外殻守を見上げたあと、すぐに判断を下した。
「予定通り杭を取り戻す。あれへ対応するために解除を遅らせれば、その間に入口そのものを塞がれる」
盾兵たちは測量杭の前へ移動し、外殻守ではなく、地面から伸びてくる小型の修復器官へ盾を向けた。
ナシュとリヴィアも6本ずつの杭へ分かれ、絡みついた管へ色の異なる矢を撃ち込んでいく。
「エイル、外殻守を任せる」
「はい。皆さんは入口をお願いします」
外殻守が右腕を持ち上げた。
長さ30メートルを超える黒い刃が、測量杭と調査隊をまとめて薙ぎ払おうと横へ振られる。
エイルは隊と巨刃の間へ入った。
長剣を抜き、《断天》を斜め上へ放つ。
細い斬線が外殻守の右腕を根元から切り離した。
巨大な腕が外殻の上へ落ち、黒い表面を大きく揺らす。
それでも外殻守は止まらない。
切断面へ白い管が集まり、失われた腕を作り直し始める。落ちた腕からも組織が引き戻され、数秒のうちに形が繋がった。
「本当に戻った……」
盾兵の1人が声を漏らす。
「こちらは気にするな! 杭を守れ!」
イェルクが槍で修復器官を払い、作業へ意識を戻させる。
エイルも、再生した腕へ2度目の断天を放たなかった。
身体を何度斬っても、外殻から続く接続が残っている限り意味が薄い。
必要なのは、供給路の切断だった。
◇
外殻守の6本の脚からは、白い管が外殻の筋へ沿って四方へ伸びている。
近くに見えるものだけでも120本を超え、その一部は表面の下へ潜っていた。さらに時間が経つほど数が増え、傷ついた場所へ新しい管が集まってくる。
1本ずつ剣で斬っていては間に合わない。
広範囲の《地鳴り》で外殻ごと砕けば、供給路を断てる可能性はある。
しかし、そのすぐ近くには第3降下層の扉と12本の測量杭がある。大きな衝撃を無差別に通せば、70年以上残っていた入口まで破壊してしまう。
エイルは長剣の切っ先を外殻へ触れさせた。
外殻守が左腕を振り下ろす。
エイルは直前まで動かず、刃が届く瞬間に《空衝歩》で側面へ抜けた。黒い巨刃が外殻へ深く刺さり、その衝撃で周囲の白い管が一斉に震える。
その振動が、エイルの感知へ接続の全体像を返した。
128本。
現在、外殻守へ魔力と組織を送り込んでいる主な管は、正確に128本あった。
細い枝まで含めればさらに多いが、根元に近い128本を断てば、残る管だけでは60メートルの身体を維持できない。
エイルは《地鳴り》の経路を外殻へ通した。
これまでのように、中心へ大きな衝撃を集めるためではない。
128本の供給管へ、それぞれ1本ずつ別の経路を重ねる。
距離。
深さ。
太さ。
測量杭へ近い管は、人工術式を傷つけない角度から回り込ませる。外殻の内側へ潜った管には、表面ではなく下層から衝撃を通す。
64本までなら、訓練でも安定して扱えた。
128本は初めてだった。
経路同士が近すぎる場所では、僅かなずれが隣の管へ力を逃がす。扉へ絡む12本についてはカレドたちが解除しようとしているため、そこへ衝撃を触れさせることもできない。
外殻守が腕を引き抜く。
再び調査隊へ振るう。
エイルは地面から剣を離さず、左手だけを上げた。
腕へ《纏刃》を形成し、落ちてきた巨刃の側面へ当てる。
正面から止めるのではなく、相手自身の重さを外側へ流す。黒い刃はエイルの横を通り、第3降下層の扉から数メートル離れた場所へ突き刺さった。
「6本、印を付けた!」
リヴィアの声が飛ぶ。
「こちらも終わった!」
反対側でナシュが答える。
「接続の切り替えへ入ります!」
カレドが12本の測量杭へ術式を広げた。
盾兵とイェルクが、小型の修復器官を杭へ近づけないよう押し返している。
彼らは外殻守へ攻撃していない。
だが、入口を開くという目的のために必要な仕事を、誰1人欠けずに進めていた。
エイルは128本の経路を完成させた。
頭の中へ外殻の全体像が広がる。
巨大な防衛器官。
そこへ繋がる白い供給管。
人工の扉。
測量杭。
仲間たちの位置。
切るべきものと、残すべきものが、明確に分かれている。
外殻守が両腕を広げた。
失った部分を補うため、128本の管へ流れる魔力が一斉に増える。
今だった。
エイルは長剣を外殻へ深く押し込んだ。
轟音は起こらなかった。
地面も大きく沈まない。
代わりに、外殻守の周囲へ細い振動が一斉に走った。
1本目。
8本。
32本。
64本。
そして128本。
供給管の根元へ、同じ瞬間に内側から切断衝撃が入る。
外殻守へ繋がっていた白い管が、すべて同じ高さから弾けた。
60メートルの巨体が動きを止める。
腕を覆っていた黒い外殻が剥がれ、胸部の赤い魔力核から光が失われていく。
エイルは長剣を引き抜いた。
外殻守は、まだ倒れていない。
わずかに残った細い管を使い、再接続しようと身体を屈める。
エイルは外殻を蹴った。
1度の空衝歩で胸部へ近づき、2度目で巨体の正面へ出る。
外殻守が最後の力を振り絞り、両腕をエイルへ閉じた。
黒い巨刃が左右から迫る。
エイルはさらに上へ抜けなかった。
長剣を鞘へ戻し、閉じてくる2本の腕の間へ踏み込む。
外殻守の胸部。
赤い魔力核。
そこへ至る、ただ1本の斬線を捉える。
抜刀した。
刃は胸部の外殻へ触れた瞬間に見えなくなり、次に光った時には、魔力核の奥まで通り抜けていた。
巨体の両腕が、エイルの背後でぶつかる。
しかし、そこに彼の身体はない。
エイルはすでに外殻守の後方へ着地し、長剣を鞘へ戻していた。
60メートルの身体へ、胸部から背中まで真っ直ぐな線が浮かぶ。
赤い魔力核が2つに分かれた。
外殻守の上半身がゆっくり傾き、6本の脚から崩れ落ちる。巨大な身体は白い組織へ戻ることも、再び外殻へ繋がることもなく、そのまま黒い表面へ沈んだ。
◇
「接続、戻りました!」
カレドが叫ぶ。
12本の測量杭から白い管が外れ、代わりに古い青光が第3降下層の扉へ繋がっている。
外殻守が倒れたあとも、小型の修復器官は杭へ向かおうとした。
盾兵たちは大盾を並べ、白い組織を押し戻す。イェルクとナシュが根元を断ち、リヴィアの矢が新しく伸びてくる管を次々と外殻へ縫い止めた。
「エイル、扉の前を空けて!」
リヴィアの声を受け、エイルは倒れた外殻守の残骸へ《衝界》を通した。
巨大な身体を吹き飛ばすのではなく、扉側へ倒れた上半身だけをゆっくり外へ滑らせる。盾兵たちも外殻片へ肩を入れ、開閉範囲から残骸を押し出した。
「全員、杭から離れてください!」
カレドが中央の操作具へ魔力を流す。
12本の測量杭が順番に光り、扉の表面へ残っていた測量局の印が青白く浮かび上がった。
半円形の扉が、長い年月で固まっていた白い膜を引き裂きながら、左右へ動き始める。
最初に現れた隙間から、冷たい空気が流れ出した。
脈源外殻の内部とは思えないほど乾いた空気だった。
扉がさらに開く。
その向こうには、人工的に整えられた広い階段と、青い鉱石を埋め込まれた通路が残されている。
外殻の中へ作られた第3降下層。
70年以上前の測量隊が到達し、何らかの理由で閉鎖した場所だった。
全員が入口を見たあと、外殻守の残骸へ視線を移した。
白い供給管は128本すべてが断たれ、測量杭と扉の周囲には、ほとんど新しい傷がない。
盾兵の1人が、外殻へ残る細い切断跡を見下ろした。
「俺には、あれが何本繋がっていたのかも見えなかった」
「128本です」
エイルは答えたあと、少しだけ言いすぎたかと思った。
だが、能力値や技能の段階を明かしたわけではない。
戦場に存在していた対象の数であり、イェルクたちも作戦上知っておくべき情報だった。
「128本を同時に切ったのか?」
「はい」
「入口と杭を残して?」
「そちらは切らないようにしました」
盾兵は何かを言おうとして、結局言葉を失った。
イェルクは外殻守と開いた扉を見比べ、槍を肩へ戻す。
「俺たちは12本の杭を取り戻すので精一杯だった」
「それがなければ、扉は開いてませんよ」
「分かっている」
イェルクは頷いた。
「こちらの仕事は果たした。だからこそ、その間に君がやったことも、同じものへ混ぜずに見られる」
リヴィアはエイルが最後に外殻守を斬った場所へ近づき、胸部を貫く切断面を調べた。
「また速くなった」
「相手が動けなくなっていたので、斬りやすかっただけです」
「その説明を信じる人は、もういないと思う」
剣を抜いた瞬間は見えなかった。
巨大な両腕が閉じた時には、すでに魔力核を斬り終えて背後へ立っていた。
数日前までのエイルも、十分に速かった。
しかし現在の剣は、速さだけでは説明できない領域へ入りつつある。
抜刀するための予備動作も、魔力を集める時間も、斬ったあとに体勢を戻す隙も、ほとんど消えていた。
◇
第3降下層へ入る前に、調査隊は扉の外へ短い休憩時間を設けた。
ナシュと盾兵たちは、外殻守の出現によって緩んだ帰路の杭を確認し、リヴィアは第2観測点から入口までの地図へ、新しい裂け目と迂回路を書き加える。
カレドは12本の測量杭を再調整し、扉を開いた状態で固定する方法を探していた。
エイルは入口から少し離れ、倒れた外殻守の影へ入った。
周囲に人の視線がないことを確かめてから、状態板を開く。
【脈源防衛器官の討伐を確認しました】
【128経路の同時形成および精密切断に成功しました】
【保護対象を除外した大規模衝撃制御を確認しました】
【Lv.158 → Lv.166】
【生命力 3518】
【魔力 4679】
【筋力 4294】
【耐久 3941】
【敏捷 4972】
【器用 4168】
【感知 6125】
【《魔力感知 Lv.46》】
【《振動感知 Lv.79》】
【《魔力圧縮 Lv.91 → Lv.94》】
【《衝界 Lv.72 → Lv.78》】
【《近域感知 Lv.77 → Lv.81》】
【《警戒圏 Lv.48》】
【《地鳴り Lv.1 → Lv.5》】
【《断天 Lv.5 → Lv.7》】
【《空衝歩 Lv.16 → Lv.18》】
【《剣術 Lv.100》に蓄積された経験が上昇しました】
【上位技能への昇華条件を一部達成しました】
【多重斬線の統合】
【斬撃対象の選別】
【未達成条件が存在します】
エイルは最後の表示を、少し長く見つめた。
128本の供給管を同時に断ったことで、《地鳴り》は単純な大火力だけではなく、切るべき場所だけへ力を通す精密技へ変わり始めている。
感知も6000を超えた。
外殻の内部にある器官を、表面から区別して捉えられるようになったのは、基礎能力の伸びも大きいのだろう。
そして剣術は、依然として100のままだった。
ただし、その内側へ蓄積されたものは増え、上位技能への条件も一部が満たされている。
多重斬線の統合。
斬撃対象の選別。
速く斬ることでも、強く斬ることでもなく、何を斬り、何を残すか。
外殻守を倒しながら、第3降下層の扉と12本の測量杭を傷つけなかったことが、剣の次の段階へ繋がったらしい。
それでも条件は残っている。
すぐに上位技能へ変わるわけではない。
エイルは状態板を閉じた。
急いで誰かへ話す必要もなかった。
周囲に知られるのは、外殻守を倒し、128本の供給路を断ち、第3降下層への扉を開いたという結果だけでいい。
その間にレベルがどれほど上がり、感知がどこまで伸び、剣が何へ変わろうとしているのか。
それはエイルの中だけで、静かに積み重なっていく。
◇
「入口の固定が終わりました」
カレドの声で、全員が第3降下層の扉へ集まった。
12本の測量杭から青い光が伸び、半円形の扉を開いた状態で保持している。外殻側の白い組織も、カレドが作った遮断線へ触れると進路を変え、入口へ入り込めなくなっていた。
「数時間は保つはずです。帰還まで長くなるようなら、内側から閉鎖を解除する方法を探す必要があります」
「帰路の印も残した」
ナシュが地図を畳む。
「大きな収縮が起きても、観測点までは戻れる」
「全員、装備を確認しろ」
イェルクの指示で、盾兵たちは大盾と槍の留め具を直し、リヴィアは残る矢と綱を数えた。記録箱も損傷しておらず、食料と魔石にも余裕がある。
彼らはエイルに運ばれてここへ来たのではない。
自分たちで橋を架け、魔物を退け、観測記録を読み、帰路を作り、12本の測量杭を取り戻した。
その先で、彼らの手だけでは届かない巨大な脅威を、エイルが斬った。
それぞれの力が噛み合った結果として、第3降下層の扉が開いている。
「進むぞ」
イェルクが最初に入口へ入った。
盾兵が続き、中央へカレドと記録箱を入れる。リヴィアとナシュは通路の壁へ残る印を調べながら進み、エイルは最後に外殻上の反応を確認してから、扉を越えた。
第3降下層の内部は、外殻上とは別世界だった。
壁と天井は青い人工材で覆われているものの、その隙間から白い組織が侵入し、長い年月を掛けて通路の形を変えている。
遠方には、規則的な金属音が響いていた。
誰かが歩いているような音。
しかし、70年以上前に閉鎖された施設の中へ、人間が残っているとは考えにくい。
エイルは《警戒圏》を前方へ伸ばした。
通路の奥。
約1.5キロ先。
人間に近い大きさの反応が、1つだけ立っている。
魔力はほとんど感じない。
振動も小さい。
それでも、こちらが扉を開いた瞬間から、その反応は一度も動かず、調査隊の到着を待っているようだった。
エイルは長剣の柄へ手を添えた。
第3降下層へ入り。
レベルはさらに上がり。
《地鳴り》は128の経路を扱い。
剣は、通常技能の先へ少しずつ近づいている。
それでも深層には、まだ正体の分からないものが待っていた。
エイルは誰にも成長の中身を明かさないまま、青い通路の奥へ歩き始めた。




