それでも、大事な人。
「ねぇ!あれ見てみて!」
振り返る間もなく、腕をぐいっと引っ張られる。
「ちょ、待てって——引っ張んな」
「いいからいいから!」
半ば無理やり連れて行かれて、彼女はくるりと振り返った。
「ほら、綺麗でしょ!」
得意げに笑う顔。
——少しだけ、反応が遅れた。
「おーい?」
目の前で手を振るが、反応はない。
「……んー?」
彼女が首を傾げる。
考えるみたいに小さく唸ってから——そのまま距離を詰めてくる。
こつん、と額が触れた。
「……熱は、なさそう」
「……近っ」
「なんかぼーっとしてた」
「してねぇよ」
「ほんとー?」
距離を取ることもなく、じっと顔を覗き込んでくる。
「気のせいだって」
「そおー?」
少しだけ間を置いて。
彼女はふっと笑った。
「ま、いっか!」
そのまま離れて、くるっと背を向ける。
「ほら、次あっち行こう!」
「はいはい」
「なにその適当な返事ぃ〜」
振り返って文句を言う顔に、思わず笑う。
釣られたみたいに、彼女も大きな声で笑った。
「アハハハ!」
「うるせぇって……」
そう言いながら、同じくらいの声で笑っていた。
その日——何の前触れもなく、彼女の手の甲に紋章が浮かび上がった。
光るそれを見た瞬間、周りの空気が変わる。
「……勇者、だ」
誰かが呟いた。
ざわめきが広がる。
彼女はきょとんとして、自分の手を見つめていた。
「え、なにこれ……」
分かっていない顔。
けれど、周囲はもう理解している。
厄災が訪れる時、選ばれる存在。
勇者。
その言葉が、重くのしかかる。
彼女は俺の方を見る。
いつもみたいに、笑おうとして——少しだけ、うまくいかなかった。
それからすぐだった。
王都から手紙が届いた。
その手紙は彼女曰く、城に入るための招待状なのだとか。
出発の日。
村の外れ、見慣れた道の前で、彼女は立ち止まっていた。
「迎えとか、来ないんだな」
「まぁ、そういうもんなんじゃない?」
「勇者だぞ? もうちょいこう……なんかないのかよ」
「さぁ?」
肩をすくめて笑う彼女。
どこか、いつもより軽い笑い方だった。
「……なんかさ」
彼女が言う。
「実感ないんだよね」
「だろうな」
「昨日まで普通だったのに」
「今日も普通だろ」
「……そうかなぁ」
少しだけ笑って、でもすぐに視線を逸らす。
らしくない。
それが、やけに分かる。
「ねぇ」
「ん?」
「どんな関係になっても——親友、だよね?」
ほんの一瞬だけ、言葉が止まる。
——殺されるぞ。
——逃げろ。
——抗え。
うるさいな。
分かってるって。
「……?」
「今更何言ってんだよ」
「当たり前だろ」
彼女は、少しだけ目を見開いて。
それから、いつものように笑った。
「……そっか!」
くるりと背を向けて、一歩踏み出す。
そのまま振り返って、大きく手を振った。
「じゃあ行ってきます!」
「おう」
「またね!」
「ああ、またな」
彼女は走り出す。
いつもみたいに、軽い足取りで。
小さくなっていく背中を見ながら、軽く手を振る。
距離は、少しずつ開いていく。
手を伸ばせば届く距離じゃ、もうない。
いつもみたいに、隣に並ぶこともない。
それでも——
彼は、笑った。
その約束が叶わないことを、知っていながら。
『逃げろ』『死ぬぞ』『抗え』
うるさいな。
分かってるって。
初めての投稿です。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
少しでも興味持って貰えてたら嬉しいです。




