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異世界特戦群  作者: 猿渡銀部
第三章 交錯する思惑
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第39話 戦争を知らない男

――アルバストロ帝国城内。


長い廊下を、八雲遼は一人で歩いていた。

赤い絨毯、壁へ並ぶ燭台。窓の外には、帝国城下へ広がる無数の灯り。その景色だけを見れば、まるでゲームの世界だった。……本来なら、八雲は足を止める。


窓の外。

真下に見える帝国軍兵士たちは、夜だというのに火が絶えず灯っていた。

荷車が行き交い、兵士達の怒号が聞こえる。運び込まれる巨大な木箱。

そして――城壁外へ運び出される魔導砲。

黒い砲身に大きな布が被せられていく。八雲は小さく息を吐いた。

「……マジで、戦争するんだな」誰に言うでもなく呟く。

最初は、夢みたいだった。

異世界、勇者召喚。

魔法、剣、モンスター。ゲームや漫画で何度も見た世界。

けれど――現実は、思っていたものと違った。

人は死ぬ、血も流れる、悲鳴も上がる。

そして何より――「みんな、壊れてる……」

八雲は小さく目を伏せる。帝国兵達は、戦争を前にしているのに妙に落ち着いていた。いや、違う――慣れている。


戦う事に――

死ぬ事に――

殺す事に――


それが八雲には理解出来なかった。その時。

「こんな所にいらしたのですね」後ろから声が響く。八雲が振り返る。

そこに立っていたのは、フィアナだった。


金色の髪に帝国皇族の正装。その表情には疲れが見える。

「フィアナ皇女!?」八雲が慌てて姿勢を正す。フィアナは小さく苦笑した。

「そんなに緊張なさらなくてもいいのですよ?」そう言いながら、フィアナは八雲の隣へ並ぶ。窓の外。帝国軍の灯りを見つめる。

「……どう、思いますか?」その声は静かだった。八雲は黙る、フィアナは続ける。

「今の……この国を見て」

八雲は否定しようとして――やめた。

フィアナは何も言わない。ただ真っ直ぐな瞳で八雲を見つめている。

八雲は口を開く。

「俺……異世界って、もっとこう……冒険する場所だと思ってました」苦笑混じりだった。

「仲間集めて、旅して、魔王倒して……そういうのかと……平和が一番ですけど……」

「そうですね」フィアナが小さく笑う。

「本来なら、そうあるべきだったのかもしれません」その言葉が妙に寂しく聞こえた。八雲は横目でフィアナを見る。

この人も、ずっと戦争の中にいる。そう思った。その時だった。

重い足音が、廊下の奥から響く。

ゆっくりと。だが、確実に近づいてくる。

八雲の表情が僅かに強張る、現れたのは――松岡勝だった。


松岡は二人の前で足を止める。

黒い外套。迷彩服。工廠帰りなのか、僅かに鉄と火薬の匂いが残っていた。その目が、八雲たちを見ている。

「こんな所で何してる?」低い声だった。

「少し、外を見ていました」フィアナが静かに答える。

松岡は短く「あぁ」とだけ返した。八雲は黙って松岡を見る。

重魔導砲グラム、ドラゴン研究。

帝国軍は本気だ。いや、違う。

松岡が、本気で戦争を始めようとしている。その事実が、八雲の胸に重く沈んでいた。

松岡は窓の外へ視線を向けたまま口を開く。

「八雲、今回の戦いにはお前を連れていく」突然だった。八雲の肩が僅かに揺れる。

「……はい」八雲が微かに返事をする。松岡は表情を変えず言葉を続ける。

「怖いか?」低い声だった。八雲はすぐに答えられない。

松岡は窓の外を見たまま、小さく鼻を鳴らす。

「それでいい」静かで穏やかな声。

「戦場が怖くねぇ奴は、どこか壊れてる……俺は、戦場を見すぎた……」その言葉に、八雲は目を見開く。

「恐怖は、生き残る為に必要な感情だ」松岡はゆっくりと八雲を見る。

「だから失くすな」低く、だがどこか諭すような声だった。

「怖いと思える内は、まだ人間だ」八雲は言葉を失う。

松岡は再び窓の外へ視線を戻した。

「だが……戦場では、怖がってるだけじゃ死ぬぞ」帝国軍の灯りが、窓の外で揺れていた。

「だから……覚えろ、見ろ、考えろ」松岡の声が、静かに響く。

その言葉を聞き、フィアナは目を丸くする。まるで、あり得ない物を見たように。

松岡は視線をフィアナへ向けた。

「どうした? 意外か?」口の端を上げながら問いかける。

フィアナは少しだけ迷ったあと、静かに口を開いた。

「ええ……」その声は小さい。

「貴方は……仲間であっても切り捨てる。そんな人だと思っていましたわ……」八雲の表情が僅かに動く。

フィアナは神崎から聞いていた、ライラルフ王国侵攻時。

松岡はかつての仲間と接触していた事を、そして――。

敵になれば、元仲間でも容赦しないという事を。

松岡は数秒、黙っていた。やがて、小さく笑う。

「間違ってない」あっさりとした声だった。

「必要なら殺す」

窓の外、帝国軍の灯りが揺れる。

「元仲間だろうが、敵になれば終わりだ」その声に迷いはない。

だが――松岡はそこで言葉を切った。

「だが……だからといって、何も思わない訳ではない。情けをかければ……自分が危うくなる……」

フィアナの目が僅かに揺れる。八雲もまた、黙ったまま松岡を見ていた。

松岡は窓へ背を預ける。

「戦場じゃ、優しいだけの奴から死ぬ」悲しそうな声だった。

「俺はもう……そういうのを何度も見てきた」

城下の灯りが揺れる。遠くで魔導砲を運ぶ鎖の音が響いた。

松岡のその言葉に八雲は眉をひそめる。

「でも……ヴェルグラードと本当に戦う必要があるんですか?」空気が止まった。

フィアナが小さく目を伏せる。松岡だけが、静かに八雲を見ていた。

「お前にとって……必要な事とはなんだ?」低い声。八雲は言葉を失う。松岡は小さく笑った。

「戦争は外交手段だ。手っ取り早く奪い、従わせる為の……」

窓の外。帝国城壁の向こうでは、巨大な魔導砲が並べられていく。

「それ以外にない……」その声は、あまりにも静かだった。

八雲は理解出来なかった。理解したくなかった。

けれど――

帝国兵達は松岡を信頼している。工廠も動いている。軍も動いている。もう、止まらない。


その時だった――ゴォォォン――!!

低い鐘の音が、帝国城全体へ響き渡った。空気が震える。八雲の心臓が跳ねる。松岡が静かに目を細めた。

「明日には第一軍が帝都を出発する、八雲……出発の準備をしろ」八雲は言葉を返さない。フィアナは僅かに表情を曇らせる。

そんなフィアナに視線を移し、松岡は口を開く。

「フィアナ皇女……統聖教の周りを嗅ぎ回ってるらしいが、やめておけ」フィアナの身体がビクリと揺れる。

「なぜ……私がどうなろうと、貴方には関係ないのでは……?」フィアナのその答えに松岡は窓の外をみる。遠くを見る懐かしそうな目。

そして――フィアナに視線を戻す。

「お前にはまだ、利用価値がある。だからあの王女を逃がした事も庇った」松岡は冷たい目で言葉を続ける。

「お前が今、自由に城を動けているのは俺のお陰だ。それを忘れるな……」

松岡はそう言うと踵を返し二人から離れていく。

フィアナは拳を握り、唇を強く噛む。八雲は理解出来ずに立ち尽くしていた。


窓の外。

帝国城壁の門が、ゆっくりと開いていく。

その向こうを、無数の灯りが進み始めていた。ヴェルグラード王国侵攻。戦争が、始まろうとしていた。

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