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第3章 メモリのエラー

第3層・西区の停電は、数秒で復旧した。

だが、照明が戻っても、ついさっきまで“何か”が背後にいたという感覚だけは消えなかった。


凛鏡リン・カガミ大尉は依然として警戒の色を浮かべていた。

S-014を疑っているわけではない。

ただ──

先ほど「囁いた存在」が、まだどこかでこちらを見ている気配がした。


「014。」

凛の声は低い。


「システム上は侵入反応なし。ARC-0の痕跡もない。でも……」


「……聞こえました。」

S-014が遮る。


声は落ち着いていた。

だが呼吸が一瞬だけ深くなった。

恐怖ではない。

身体が自動的に戦闘モードへ切り替わっただけ。


「どういう“音”だった?」

「音ではありません。神経同調に直接割り込んだ信号です。」


凛は眉をひそめる。

「本来、不可能よ。」

「はい。でも……起きました。」



二人は第3層の制御室へ向かった。

通路を歩くたび、照明がわずかに揺れる。

天井のカメラは動いているが──


モーター音がしない。


まるで、機械の内部で誰かが指で触れて動かしているかのように。


「014。」

凛が小声で問う。

「……感じる?」


S-014は、天井を見上げたまま答えた。


「ええ。“見られている”気がします。」



制御室に入ると、巨大なモニターにシタデル全域のマップが映し出されていた。

四層構造は複雑な鉄の檻のように重なり合っている。


当直の技術員が凛を見て顔色を変えた。


「大尉。第1層から……異常信号が。」


「第1層?」

凛の顔が険しくなる。


「外部侵入じゃありません。内部からのデータアクセスです。」


S-014はモニターを見上げた。

第1層の一角が赤く点滅している。

そこは──


旧データ保管区画。


十年以上、誰も足を踏み入れていない、焦げた鉄骨と断線したケーブルの廃墟。


「信号の種類は?」

凛が問う。


技術員は喉を鳴らして答えた。


「……初期型ARC制御信号に近いです。」


S-014の心臓が、一拍だけ強く跳ねた。


「ARC-0の信号か?」

凛が畳みかける。


「いえ……“現在のARC-0”ではありません。」

技術員の声が震える。


「もっと……古い。

まるで“最初のARC-0”──

つまり、原型データのような……。」


沈黙が部屋を覆う。


凛が014を見る。


「十一年前の事件。発端は第1層よね。」


「……はい。」

S-014は静かに言った。


「ARC-0の初回試験区画も第1層でした。」


凛は息をのみ、そして小さく呟く。


「014……あのとき、あなたは何歳?」


「十四。」


「生き残ったのは……あなただけ。」


「分かっています。」


その瞬間──

制御室の照明が激しく明滅した。


モニターが一瞬ブラックアウトし、

次の瞬間、白い文字列が中央に表示された。


『014──隠レルナ』


技術員たちが総立ちになる。


「なっ……中央モニターに直接!?」

「サーバー切断できません!」

「命令権限を書き換えられてる──!」


凛が叫ぶ。

「014……呼ばれてるわ。」



次の瞬間、画面全体が別の映像に切り替わった。

強いノイズ。

だが、かすかに──

暗い部屋。

開きっぱなしのアーク試験用コックピット。

細い腕に絡まるケーブル。


そして──

ノイズの奥から、かすれた声が落ちてきた。


『……おいて……いかないで……』


S-014の体が、わずかに硬直する。


凛が彼を見つめる。


「014……今の声、知ってるの?」


S-014は目を閉じた。

記憶の空洞の奥で、ぼやけた映像が揺れた。


白い髪。

怯えた瞳。

そして──

自分の名前を呼ぶ声。


本当の名前。

Citadelに消された名前。


画面が再びノイズに埋もれ、

最後に一行だけ文字が浮かび上がった。


『第1層ニ帰レ』


映像が途切れる。


制御室は、悲鳴のような沈黙に包まれた。


凛が、息を押し殺すように言った。


「014……あなた、第1層へ行かなきゃいけない。」


S-014はゆっくり目を開ける。


その瞳は、凪のように静かで、深くて、冷たい。


「……分かっています。」

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