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第2章 断層──沈みゆく都市

シタデル・レイヤード第3層・東区。

非常灯がかすかに揺れ、通路の床に落ちる影が歪んでいた。

警報はすでに解除されたはずなのに、空気の緊張だけが残っている。


ARC-0が消えた通路には、音がなかった。

まるで、その存在が空気ごと奪い取っていったかのように、ただ“空白”だけが残っていた。


S-014は数秒、その場に立ち尽くした。

恐怖ではない。

ただ──

どこかで同じ光景を見た気がする、そんな既視感だけが骨の奥に触れた。


Kuro部隊は無言で“27番機”の残骸を運び出し始めた。

誰も何も言わない。

嘆きも戸惑いもない。

シタデルにおいて死は「数値が一つ消える」だけの出来事だった。


やがて、凛鏡リン・カガミ大尉が現れた。

歩みは速いが、焦りは微塵もない。

鋼のような眼差しが現場を一瞥し、状況を瞬時に把握していく。


「014。」

低く、重い声。


S-014が振り返る。


「一つだけ確認したい。」凛は淡々と続けた。

「なぜARC-0は、あなたを“殺さずに”去ったのか。」


その問いに、答えられる者はいなかった。



S-014と凛は戦術室へ戻った。

扉が閉まり、青白い照明が空間を冷やす。

部屋にいるのは二人だけ。


「014、直接報告を。」

「はい。」


凛はホログラムを展開した。

ARC-0が移動した二分間のデータ。

動きは揺れず、誤差もなく、まるで“行き先を知っている”ような直線軌道。


「ARC-0は無差別ではない。」

凛は一点を拡大表示した。

第3層・副エネルギー区画。


「行動の軸はあなた。」

凛は言い切った。

「だが目的地は、エネルギー区画。」


「理由に心当たりは?」

「……ありません。」


その沈黙は、迷いではなかった。

“空洞”だった。


「十一年前の第1層の件。本当に覚えていない?」

「……ひとつだけ、あります。」


凛が顔を上げる。


「何を?」

「名前を、呼ばれた記憶だけです。」


凛の瞳が、ほんのわずか揺れた。


「それは、“014”ではなかった?」

「はい。」


S-014は淡々と答えた。

「ですが、その声が誰のものかは分かりません。」


室内が静かになる。

冷たい空気が、さらに重く沈んだ。



そのとき内部連絡が響く。

『第3層・西区にて微弱振動を感知──ARC関連の可能性あり』


凛はすぐ立ち上がった。

「014、行くわ。」


「任務内容は?」

「原因の特定。そして……」


彼女は一瞬だけ間を置いた。


「ARC-0が、あなたへ何か“信号”を送っていないかの確認。」



二人はエレベーターで第3層西区に向かう。

わずかな振動。

人間には分からない程度。

だがS-014には、金属の微振動のように感じられた。


「014?」

「いえ……問題ありません。」


しかし奥の闇に、ARC-0の“気配”だけが浮かんでいるような感覚。


気配などあるはずがない。

足音も、空気の変化も、反応信号も──何もない。

それでも、

“そこにいる”としか言えない沈黙があった。



3-Westの扉が自動で開く。


冷気が流れ出る。

まるで第1層の空気が漏れ出したかのような、乾いた冷たさ。


凛が照明を点ける。

光が壁面を照らし出す。


そこには何もなかった。

敵影も、破壊痕もない。

ただ──


壁に描かれた一本の “文字列” だけがあった。


細く、真っ直ぐで、人間味のない筆跡。

まるで機械が無表情に模写したような描線。


そこにはこう書かれていた。


「014──帰レ。」


凛は息を呑んだ。

「ありえない……ARC-0が“書く”なんて……」


S-014は壁に近づき、指先で触れた。

塗料は乾ききっていた。

つまり、ARC-0が消えた直後に書かれたということだ。


「……これは文字ではありません。」

S-014は静かに言った。


「どういう意味?」

凛が問う。


「これは“命令”です。

機械が使う……システム書き換え用の指示です。」


凛の表情が固まる。


ARC-0が設備を遠隔操作し、文字を形成した──

それは、シタデルの防御システムを“内部から触っている”という意味だった。


そして、その権限を本来持っていたのはただ一人。

ARC-0の最初のパイロット。


凛は低く呟く。


「014……もしARC-0が、あなたの記憶を“再現”し始めているのなら……」


その瞬間──

照明が落ちた。


真っ暗。

音が消えた。


そして、暗闇の中で。


S-014のすぐ背後に、囁くような声が落ちた。


「……思い出ス時ガ来タ。」


呼吸が一瞬止まる。


凛は叫ぶ。

「014!?」


しかし彼だけが聞こえていた。

その声は生者でも死者でもない。


ARC-0。

記憶。

そして──

消された“約束”。


闇が、ゆっくりと彼を引き戻そうとしていた。

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