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第17章 交差する臨界

シタデル全体が低く震えていた。

地震ではない――データの揺れだ。

壁を走る赤い警告灯は、断末魔の脈動のように乱れている。


S-014はPrototype-00を支えたまま、周囲を見渡した。

彼女の身体は驚くほど軽い。

だが、背中の“裂紋”から漏れ出す光は重力のように空気を歪ませていた。


「大丈夫か、00。」


「……わからない。」

00は胸に触れ、微かに震える声で続けた。

「体が……学んでるの。

 一度に多すぎて……全部が動こうとしてる……。」


「無理に“何かになろう”としなくていい。」

014は彼女の手に触れた。

「君は君だ。」


00の青い瞳が揺れた。

その瞬間――


爆音ばくおん


廊下の端にある分厚い鋼鉄扉が吹き飛び、

破片が雨のように降り注ぐ。


煙の中から現れたのは、

漆黒の装甲に身を包んだ特殊部隊――

抑制部隊サプレッション・ユニット


ARC暴走、プロトタイプ逸脱用に育成された、

“制御不能”を処理するための部隊。


イオンライフル。

精神抑制装置。

神経封鎖カフス。


すべてがPrototype-00を前提に設計された兵装。


拡声器が鳴り響く。


「対象 S-014、Prototype-00。

  貴様らは第7条に違反している。

  即刻、拘束姿勢を取れ。」


00が震える。

014が一歩前に出る。


「……断る。」


その一言だけで、

抑制部隊は即座に銃口を向けた。


「抑制プロトコル発動。

  対象:Prototype-00。

  死亡リスク:許容範囲内。」


その言葉に、

00の身体がびくりと反応した。


記憶の欠片が砕けるように脳裏に走る。


――白い手術灯

――皮膚を裂かれる感覚

――骨まで届く針

――“Reset”という冷たい声

――014が檻から引き離される

――隔離


「やだ……もうやだ……」


両手で頭を抱え、膝が落ちそうになる。


014は即座に彼女の肩を掴んだ。


「00、こっちを見ろ。」


「……っ」


「見ろ。」


00の目が、涙を浮かべながら014を捉える。


「そうだ。

 奴らを見るな。

 俺を見ろ。」


抑制部隊が前進を始める。


「エネルギー反応上昇。

  対象00は臨界域に接近——」


「構わん。抑え込め。」


イオンライフルが光る。


発射。


青い閃光が空気を裂く。


そこまでだった。


00が――

手を上げた。


受け止めたわけではない。

避けたわけでもない。


軌道を“曲げた”のだ。


イオン粒子は、柔らかい布のように形を歪められ、

床に吸い込まれるように落ちた。


抑制部隊が息を呑む。


「ありえない……!

 こんな反応速度……ARCでも不可能だ……!」


忘れているようだ。

00はもはや“ARC”ではない。


“プロトタイプ”ですらない。


新しい何か。


00は014の前に立った。

初めて、彼女が彼を庇った。


「ごめん……。

 でも、あなたには触らせない。」


014は手を伸ばし、彼女の肩に触れた。


「殺すな。

 彼らは命令に従ってるだけだ。」


00は、一瞬考えるように目を細めた。


「……わかった。」


そして彼女は閉じた。


目を。


同時に、廊下全体が静かに折れ曲がった。


爆発音も、衝撃波もない。


音のない衝撃。


一瞬で――


武器は機能を失い


装甲は内部から電源を落とされ


神経封鎖装置は破裂し


部隊全員がその場に膝をついた


一人も死んでいない。

だが、全員”戦えなくなった”。


014は息を呑む。


「……今の、何だ?」


00は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「壊してないよ。

 ただ……“止めただけ”。

 プログラムが間違ってたから、直したの。」


「……君はプログラムじゃない。」


00は一瞬驚き、

そして柔らかな声で返した。


「……知ってる。」


二人の足音だけが、

沈黙した廊下に響き続けた。


その先は――シタデル中枢。


Prototype-00の運命を決める場所。

そして、スペクターが待つ場所。


闇の奥で、何かが目を覚まそうとしている。

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