第14章 闇に待つ者
シタデル地下施設を出た瞬間、
S-014の頬を切り裂くような冷風が吹きつけた。
外は完全な闇だった。
街灯もなく、住居の灯りもない。
吹き荒れる風だけが、無人の複合区画を横切り、
金属の塊が並ぶ死んだ都市のような光景を作り出していた。
外から見るシタデルは、
まるで役目を終えた巨大な墓標だった。
014は立ち止まり、暗闇に目を慣らす。
吐く息が白い霧になって消える。
「……寒い。」
その言葉は、ごくかすかに漏れた。
しかしそれは、彼女が初めて見せた“人間”らしい独白だった。
数歩進んだとき――
風に紛れて、微かな「カチッ」という音が響いた。
014は即座に動きを止める。
銃の作動音でも、機械の起動音でもない。
これは……スイッチのクリック音。
闇の奥で、青白い光がふっと灯る。
空中にホログラムが浮かび上がり、
やがて一人の男の姿を形作った。
黒いロングコート。
高く立てた襟が顔半分を隠している。
軍の紋章もなければ、シタデルの識別タグもない。
だが014は察した。
――“外部監視部隊”。
記録上、存在してはならない者たち。
男は静かに口を開いた。
「外へようこそ、S-014。」
声は低く温かいのに、
どこか意識の芯に直接触れるような重さを持っていた。
「……お前は誰だ。」
014の警戒を無視するように、男は淡々と続ける。
「君の進捗を、以前から見守っていた者だ。」
「なぜ。」
「COREの封印を“命令なしで”破壊できた者など、
これまでひとりもいなかったからだ。」
ホログラムが一歩前に進むと、
闇の中でその瞳だけが鋭く光る。
「それはシタデルにとって、
決して歓迎されない結果だ。」
014の胸がわずかに跳ねる。
「……どういう意味だ。」
「シタデルは“すべて”を保持したい。
ARC-0も、膨大なデータも、Prototype-00も。」
Prototype-00。
その名が出た瞬間、014の呼吸が変わる。
「彼女は、どこだ。」
「君の方へ向かっている。」
男は即答した。
「だが――シタデルがそのまま彼女を通すと思うか?」
次の瞬間、別のホログラムが開き、
シタデルの外郭構造図が投影された。
外殻が収縮し、
ロック機構が連動している。
完全封鎖。
それが完了すれば、
Prototype-00は施設内部に閉じ込められ、二度と外へ出られない。
014の眼差しが鋭く細められる。
「……許さない。」
「君は、どう動くつもりだ。」
「彼女を取り戻す。」
その言葉は刃のように冷たく、震えがなかった。
男は薄く笑った。
「やはり、そう来るか。」
014はさらに一歩近づく。
「……お前の目的は。」
「助けたいだけだ。」
「なぜ。」
強風が吹き抜け、ホログラムがわずかに揺らぐ。
だが男の声は揺れなかった。
「君はすでに――
シタデルが制御できない存在になりかけている。」
沈黙。
そして男は続けた。
「だからこそ、君は“希望”になり得る。
この閉じた世界を壊すためのな。」
014はその言葉を飲み込み、静かに問う。
「――名は。」
男の唇がわずかに上がる。
「スペクター……そう呼んでくれ。」
青い像が霧散するように消えた。
風の音だけが残る。
しかし、014はもう寒さを感じていなかった。
視線はただひとつ――
シタデルの方向へ。
「……行くよ、00。待ってて。」
そして彼女は走り出した。
闇を切り裂くように、
ひと筋の影となって。




