第10章 プロトタイプ解放
円形室内には、
結晶槽から放たれる赤い微光だけが漂っていた。
それは静寂ではなかった。
“生を拒まれた空間”だけが持つ、
重く冷たい沈黙だった。
014はガラスに触れたまま、
内部で膝を抱える少女──Prototype-00を見つめていた。
少女はわずかに顔を上げる。
その瞳は、十一年前のあの青。
だが、そこに宿る光はもう人間だけのものではなく、
記憶の断片とデータが混ざり合った、不安定な輝きだった。
「……覚えているのか。」
014の声は低く、震えていた。
Prototype-00はまぶたを閉じ、
そして、かすかに微笑みながら言う。
「覚えている……でも全部じゃない。
残っているものと……消えたもの……
そして、思い出すのが怖いものもある。」
「怖い……?」
「うん……
その記憶は、“わたしを殺したもの”だから。」
空気がきしむように冷えた。
「……事故じゃなかったのか。」
少女は静かに首を振る。
「事故じゃない。
“排除命令”だったの。」
014の頭に、砕けた光景が閃く。
警報。
白光。
誰かの絶叫。
倒れていく白い影。
Prototype-00はその記憶をなぞるように呟いた。
「でも……わたしは死にきれなかった。」
014は目を見開く。
「……どういうことだ。」
「肉体は失われたけど……
わたしの意識は逃げたの。
一部はARCへ……
一部はVEへ……
そして最後に、この零層に沈んだ。」
彼女は胸を押さえる。
「全部バラバラになって……
全部繋がれなくて……
もう“わたし”じゃなかった。」
けれど──
Prototype-00は、
涙のように揺れる笑みを見せた。
「でも……あなたが来てくれたから……
わたしはもう一度“わたし”になれた。」
014はガラスに手を当てる。
「この扉……開けられるのか。」
少女は自分の腕を見る。
青白い光のコードが、彼女の存在を拘束するように脈打っていた。
「わたしには開けられない。
この結晶槽は、わたしがARCへ戻らないように封印されてる。」
「ARCへ……戻る?」
「わたしは、本来“起動核”になるはずだったの。
ARCの心臓になるための……器。」
014は息を呑む。
「じゃあ……どうすれば解放できる?」
Prototype-00は床へ視線を落とす。
「コア制御器が必要。
場所は……この部屋の“下”。」
床中央の円環が、冷たく輝いていた。
少女は不安げに問いかける。
「……いくの……?
わたしのいちばん深い場所へ……?」
014は迷いなく答える。
「行く。
君を取り戻すために。」
Prototype-00は
ガラス越しにそっと手を伸ばした。
「……ありがとう……
あなたの声が……
わたしを“ここ”につなぎとめてくれる……」
014は静かに言う。
「もう二度と……君をひとりにはしない。」
その瞬間、
足元の円環が青白く発光し、
金属板が回転しながら開いていく。
深い縦穴が、
静かにその口を開いた。
VE-01の声が遠くから響く。
「……進め、014。
そこが“核”への入口だ。」
014は最後にPrototype-00を見つめ、
深く息を吸った。
そして、
闇へ――飛び込んだ。




