第8話 不完全な翠の美
去年の夏の終わりのことだ——。
いくら終わりかけとはいえ、なぜ俺が夏に何日もかけて船に乗りリヴァイアサンを討伐しに行ったのか?
理由はもちろん
「美味しいかき氷を食べたいからだ!」
この緑の至宝、緑輝くこの粉——抹茶。俺にとっては宝石のエメラルドや、最上級の風魔法が込められた深緑色の魔石以上の価値がある。それを手に入れるためだ。
「かき氷といえば、俺の中の不動の一位は宇治金時だ」
ま、この抹茶は宇治じゃなく、異世界の群島地域産だが……。
あいつが、ちょうどこの島と群島地域の交易路に現れて居座ったせいで交易が中断した。俺が手に入れようとしたときにはすでに売り切れていた。
「なぜだ!」
という一言とともに膝から崩れ落ち絶望に打ちひしがれた俺。その恨みを込めての討伐。つい力が入りすぎてしまったのは仕方ない。ま、早く片付く分には問題なしだよな。
討伐後、喜び勇んでそのまま
「よし! このまま群島地域へ行き、抹茶を手に入れる!」
と思っていた俺。だがそう思っていたのは俺だけで、
「島へ帰還だ。リヴァイアサン討伐の報告、解体と換金、報酬の分配なんかもあるからな」
とは、この討伐隊リーダーのカミル。他の皆も当然のごとく島への帰還を選んだ。報告は終了後速やかに行うのが望ましい。皆への報酬も待たせてしまう……。
俺もここでわがままを通すほど愚かではない。そんなんで直接抹茶を買いには行けなかったというオチである。
そんながっかりしていた俺の様子を見て同行していた商人さんが手を尽くしてくれたおかげで、島へ帰還後程なくして入手できた。
▲▲▲
いろんな努力と苦労、たくさんの人が手助けして入手できたのがこの抹茶である!!
そして、今日はついにこの抹茶でかき氷を作る! 濃厚抹茶のかき氷、餡子と苺のせ。
黒の艶がある陶器に、真っ白なミルク氷をさらさらさらっと削っていく。こんもりと小高い山のように形を整えながら。
トッピングの餡子は、小豆より大きい豆だが赤褐色の豆を代用した。苺は半分に切る。それを氷の外周半分くらいに少しずつずらして、重なり合うよう美しく並べる。
仕上げに、抹茶を多めに入れた特製抹茶ソースを、氷のてっぺんからたらーりとかける。
「できた!」
今年一番のかき氷、俺スペシャル。
「にゃあお」
いいね! くれるのかルシオ。ありがとうとルシオの顎の下をスリスリとモフる。ルシオの「ゴロゴロ」が聞こえてくる。ごきげんだね。
ルシオは台所のカウンターの向こうへ戻り、冷やした桃にしゃくしゃくかぶりついていく。お前さっき肉たらふく食べたばっかりだけど?
「にゃぁ、なぁおん」
別腹? まぁデザートだよな桃。ならばよし。俺の分は夕食のデザートにするつもり。
すぐに、テーブルの席につき実食。
「見た目も抜群にうまそっ」
濃緑色のソースは白い氷に映える。赤色の苺がいいアクセントになっている。添えた餡子と黒い器とのコントラスト。器の艶が全体をよりキラめかせている。
ミルク氷と抹茶、餡子の三つが重なる破壊力。ヒヤッと冷たさを残しさっと溶けてしまう氷を追いかける抹茶ソース。甘い餡子を抑えるのは、苦みが効いた濃密な抹茶ソース。
時々、みずみずしい苺を挟む。果肉からあふれる甘酸っぱい果汁。ほのかな桃色に染まったミルク氷を食べれば苺ミルク。そこに、抹茶ソースが加わり三つ巴になれば、抹茶のほろ苦さをまろやかにし、全体をひんやりとミルク氷が包み込む。
スプーンに全部をのせてぱくりと。
「……美味いな。最初に苺と餡子を組み合わせた人に感謝っ」
餡子の甘さが、抹茶の渋みと苺の酸味を際立たせる。つぶつぶの食感もいい。最後に鼻に抜ける香りがフルーティーな余韻を残す。
「大満足だ。リヴァイアサンを倒したかいがあった」
これはこれで美味しい。本当に美味しいんだ!
だが一つ足りないものがある。
「白玉!!」
——白くて丸い、ふにふにもちもち食感の白玉だんごが。
なかったんだ。白玉粉。それに代用できそうなものも。
俺は試した。小麦粉では、つるりんもちもちにならない。むっちりした玉にはなったが。長粒種と呼ばれる細長い米を挽いて粉にしてもみた。全く別物ができた。却下した。
だが俺の抹茶かき氷に白玉は必須。どうしても欠かせないのだ。
「ルシオ」
と呼びかけ、広げた地図を見せる。ルシオも隣で地図を覗き込む。尻尾がスルリと俺の背中をなでる。いいっ。
「今後の予定だけどな。旅に出るのどうかな?」
「にゃぁ!」
いいのか? そうか。
「で、南の大陸か東の群島地域、どっちがいい?」
そう言って、それぞれの場所を指し示す。そのときのルシオの反応を見る。どちらにも
「にゃぁ」
と、「いいよ」の反応だ。どっちでもいいのか? 希望はないのかと質問したが
「にゃぁ」の返事。
「じゃあ、俺が決めていいか?」
「にゃぁ」
と鳴き、頭をスリスリしてくれる。あぁ、甘えたのルシオ。かわいさが溢れて思わず抱きしめる。ルシオはもっふり翼で俺を包む。
「至福っ」
満足した俺は、話を続ける。
「今回は群島地域へ行こうと思う。理由はもちろん白玉粉を探すためだ」
そして完璧な抹茶かき氷を完成させる! 討伐の後行けなかったというのもある。あそこは日本に似た食文化っぽいから一度直接行ってみたい。
「にゃぁ、にゃぁ」
いいよ、賛成! ってことかな。
「じゃぁ、さっそくカミルにも話して……準備もしなくちゃだな」
相談して、了解をもらってからにはなるけれど。これで、高貴な身分の面倒そうなお方ともしばらく離れられるしいいんじゃないか。新たな食材も探せるし。ついでにこの世界を旅するのも楽しそうだ。
少し涼しい風が吹くようになってきたとはいえ、まだまだ暑い夏。だけれど、
「今日で休みは終わりだな。明日からはカミルたちと忙しくなるぞ」
ま、今日までは休みだからのんびりしような。
「ルシオ」
と、ウッドデッキの寝椅子にルシオを呼び、一人と一匹夕方まで昼寝する。
◆おわり◆
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
面白かった、かき氷を食べたくなった、完結祝い!
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