第7話 いくつもの違う君に酔いしれる
昼下がり。ルシオはウッドデッキの木陰で昼寝中。
俺はカミルが持ってきた林檎の酒、辛口のシードルをワインクーラーで冷やす。二重構造になっている金属製のワインクーラーに細かいシャーベット状の氷を入れ、シードルのボトルを突っ込む。魔力で冷気を強化しておく。
その間に、簡単なつまみを準備する。
まずは、キャラメリゼした木の実と塩味の木の実。交互に食べると止まらなくなったアレだ。他は白カビのチーズ。
細長く切った林檎と青カビチーズを生ハムでくるりと巻いて、ピックで刺す。見た目もコジャレて見えるし、シードルにも合う。
飲み頃に冷えたシードルとつまみを、料理してる俺の目の前、台所に備え付けのカウンターに座っているカミルに出す。
「おぉ! これは美味しそうなつまみだね。今、ぱっと作ってしまう手際のよさ。短時間で作ったとは思えない出来栄えだ。」
「あぁ、これによく合うと思う」
と、冷えたシードルをグラスに注ぐ。グラスの底から気泡が泡立ち、清涼感ある林檎の香りが広がり鼻腔をくすぐる。
カミルとグラスを軽く合わせ、ごくりと一口。キリリと効いた酸味と爽やかさを際立たせる炭酸。ほのかな渋みが複雑な味わい。
「カリッ、カリッ。うん、塩味の木の実とよく合うね。美味しいよ」
「カミルの持ってきたシードルが旨いから、余計にだな」
「これは、オレがトージのところへ行くって知ったフェリシアから、ぜひにって渡されたものだよ」
きっとトージは好きだろうって。うん俺の好きなやつだ。フェリシアはカミルのパーティメンバーの一人。儚げ美人なエルフだ。カミル同様、世話になっている。
「そうなのか? 美味しいシードルをありがとうとフェリシアへ伝えてくれ」
他のメンバーたちへの土産だと、用意しておいた二種類の木の実を渡しておく。「ありがとうみんな喜ぶよ」とカミル。続けて
「本当は来たがっていたんだけど、別件で来られなくて本当に残念がっていたんだ」
「そうか。カミルはそっち行かなくてよかったのか?」
「あぁ、逃げてきた。オレが行くと余計に面倒なことになりそうだったからね。他のメンバーたちに任せてきた」
そんな会話をしている間、シードルとつまみをちょこちょこ食べながら、かき氷の準備を進める。
もう一種類の甘口シードルを使う。
氷に使うのは林檎ジュース。
「その薄黄色? 白い飲み物は何なんだ?」
「これは林檎ジュースだ」
白濁した色は、ろ過せず絞ったままのジュースだからだ。味も栄養も林檎そのもの。それをかき氷用の容器に入れ、氷魔法で一瞬のうちにぱきんっと凍らせる。
「まったく贅沢な氷魔法の使い方だね」
「贅沢な、か……こんなことに使うなんてとか、無駄に使うなとか言うなよ?」
「もちろん言わないさ。そのおかげでオレも珍しい氷菓子を味わえるんだ。それに、フェリシアも風魔法で風を起こして涼んだり、髪を乾かしたりしている」
魔力の多い人の特権だ、とカミル。「そうだな」と同意する俺。
「それでも、トージの氷魔法は誰よりも強力で希少なんだけれどね」という一言は俺の耳には届かなかった。
かき氷マシンでしゃりっと感が出るよう粗めに削る。
まあるくこんもりと盛り付けた氷にトッピングするのは林檎。皮を剥かず、横に薄くスライスする。中心の芯の部分が星型になって見た目もよいのだ。その、まん丸スライス星付き林檎を氷にさくっと差しセンスよく飾り付ける。
カミルと自分の器、甘口のシードルが入ったワインクーラーをトレイに載せ、二人でウッドデッキへ移動。
仕上げは食べる直前に目の前で。甘口のシードルを
「もう、十分だよ」
というカミルの声がかかるまでたっぷりと注ぐ。泡と一緒にはじけ飛ぶ林檎の芳香。
「これはいい組み合わせだな!」
ひとくち食べたカミルが自然に笑顔となり、少し興奮気味に言う。
カミルが噛むたびにしゃりっという音と食感。軽く噛んで砕けた氷がシードルと合わさって溶けて……。
「控えめな甘さとひんやり感でさっぱりした口当たりだ」
シードルの酒精がいい仕事してる。林檎ジュースの甘い氷を引き締めてる。純粋な砂糖の甘みより奥行きが感じられる仕上がりだ。
「あぁ、フェリシアがいいシードルをくれたから。やっぱりかき氷は最高だ!」
甘口とはいっても、そこは酒。林檎ジュースや砂糖を入れて作ったシロップの甘さとは別である。アルコールからくる淡い苦みや渋みがある。炭酸が後味の良さをぐっと引き上げているのもある。
甘いものがあまり得意じゃないカミルも次々と口へ運んでいる様子を見て、我ながら上手く出来たと満足する。
しゃり、しゃり、俺達が氷を食べる音がやまない。合間にスライスした林檎をシャクとかじる。
氷、シードル、スライスした林檎。凝縮された林檎の味とフレーバーが何層にも重なり合って絶妙なバランスで調和している。
「違う林檎の味が積み重なって……普通に林檎を食べるより、ずっと美味いよトージ!」
「そう言ってもらえると作ったかいがある」
せっかく作ったんだ、美味いと言って食べてもらえるのは何より嬉しい! 自然と顔が綻ぶ。
甘酸っぱい爽やかな林檎に包まれた俺たち。最後、シードルに溶けた氷をぐいっとあおって一気に飲み干したカミルが本題を話し始めた。
「トージは秋から迷宮探索を再開する予定だったろ?」
「あぁ、第四層からだからカミルたちと一緒に潜れればと思っていた」
俺達が踏破したのは第三層の九十階まで。ここで上級者向けの階層が終わる。第四層は九十三階まで判明している。それ以降は未踏だからね。
「今、この島にちょっと厄介な人たちが来ていてね。トージに接触しようとしている様子がある」
俺はあからさまに顔を顰めた。
「やんごとなきご本人は、会えたら嬉しいくらいなんだけれど……その取り巻きが、『すぐにでも会いに来い』とか『その実力を活用してやるから主の迷宮探索に協力せよ』とか言ってるらしくてね」
主本人は俺達に権力を使って強制しないが、止めきれていない状態だとか。
「俺との間を取り持て!」とか、カミルたちが言われてるらしい。もちろんカミルたちにも強制はできないんだけれど。
「面倒くさい。会いたくない。協力もしたくない。夏は仕事しない」
「もちろん、わかっているさ。だから今日はオレだけこっちに逃げてきた」
カミルは、やんごとなき方とは幼馴染? 腐れ縁? 的な関係らしい。直接頼まれたら断りにくいというのもあるらしい。実はカミルも身分高いのか?
この島が属している国の本土からやってきた、主とやらの高貴そうな身分や詳細は訊かない。知らないほうがいいと俺の直感が囁くからだ。
俺とはカミルが一番仲が良いし、よく知っている。フェリシアたちはあまり知らない、カミルに訊いてとはぐらかしているらしい。この世界で最初に出会って、面倒見てくれたカミルだとそうはいかないと、この島の人たちには周知の事実だ。
「んー、そいつら秋になってもずっと島に滞在するの?」
「そうだね、第二層中級者向けの階層までは踏破したいらしい。その御方の身分を考慮して慎重に進めるざるを得ないから、しばらくはいるだろうね」
「潜る階層は違うけど……」
「偶然会う、という可能性は高くなるし。会えば色々とね、あるだろうなと」
嫌だ。それでなくても、高い集中力が求められる危険な階層に行くのに。それ以外で煩わされるのはとても避けたい。
「それでも迷宮探索を進めるのか、一次避難も兼ねて他の場所を探索してみるのか? 相談しようと思ってさ」
「他の場所?」
「そう、この島以外にも迷宮や、魔物が出る森や……他にも色々あるからね」
「そうか! 言われてみればそうだよな」
「あぁ、トージは島の外で本格的に探索していないだろ。だから考えてみてほしい」
「そうだな。アリかもしれない」
いい考えかもしれない。この世界あちこち回ってみるのも。そうして、カミルには俺の地図にお勧めの場所と簡単な説明を書き込んでもらった。
さっきの面倒くさい話はどこかへ吹っ飛び、行ったことのない新しい場所へ思いを巡らせ、わくわくテンションが上がっている俺がいた。
ちょっと楽しみになってきた!




