第6話 爽快スパークル
「うわぁぁぁ。ル、ルシオっ! 落ちない? 俺落ちないよね?」
「……にゃぁ……にゃぁ」
何度も訊くなよ、さっきも平気だって言ったじゃんという、少し呆れられた様子の返事のルシオ。振り向いた顔は目を細めて残念な子を見てるような、感情が抜け落ちた表情だ。
「わかってるよ。光魔法で防御結界張ってくれてるから、風圧も寒さも感じない。そして決して落ちないってことも!」
「にゃぁお」
「ならば、よろしい」って? だけど視覚情報はガンガン入ってくるじゃないか。目をつぶって何も見えないのも余計に想像しちゃうし。
「苦手なものは苦手で恐いんだからしょうがないっ、ひぃっ、だろー。高所恐怖症だって言ったーっ」
さらにスピードを上げて、ぐんぐん目的地へ向かって飛び進むルシオ。あっという間に目的地へ到着したよね。うん、それはありがとう。感謝してる。
こんな状況になったのは今朝のこと。今日はどうするか考えていて、不用意に言った一言が原因だ。
「久しぶりに、シュワッと炭酸をごくごく飲みたいんだよな」
今日は島の中央にそびえ立つ、一番高い山。その中腹にある、天然炭酸水が湧き出る泉へ行って汲んでこようかな。なんて言ったのが始まり。
「にゃう、にゃう、にゃぉーん」
そこに行こうぜ的な返事かな?
「でも、行くの平気か? 一度行ったから知ってると思うけど、途中に崖があって、登るのすっごく大変だったの覚えてる?」
登るのにしんどい思いしただろ。主に俺が。ルシオは隣をパタパタと飛んでいたっけ。
「にゃお、にゃお、にゃんにゃあ!」
「任せろってか?」
ルシオが頷く。そして俺が依頼を受ける時に持っていく、何でも入る肩掛け鞄を咥えて持ってきた。
俺に鞄を押し付けると、上着の裾を噛んで引っ張り外へ連れ出される。すると、ルシオの体が光りに包まれ、ぶわりと風を巻き上げ、みるみる大きくなる。
「ルシオ、大きくなってなにする気だ?」
そう尋ねると、体高を下げ
「にゃにゃにゃ、にゃ、なぉん」
と、自分の背中へ視線を向け、顎で指し示す。
背中に乗れということだよな……大きくなったルシオの背はかなり高い。馬の体高よりさらに一メートル以上高そうだ。
その高さにどうしようか逡巡していると、首の下あたりを外套の上からがぶりと噛まれ、放り上げられた。ストンと落ちた先はルシオの背中。
「にゃあ、にゃう」
しっかり捕まれと? 俺がむんずとルシオの背を掴んだのを確認し、頷いたルシオは空へと翼をはためかせ駆け出した。
帰りも怒涛の遊覧飛行で帰ってきた。おそらく眼下に広がっていた、島の雄大で美しい景色を楽しむ余裕はまったくなかったけれど。
俺の体力はゼロになった。家に入る気力もなく、ウッドデッキの寝椅子でぐったりとした体をしばらく休めた。
尻尾をおおきくゆっくりと、ゆらんゆらんと振りながら、ご機嫌なルシオは狩りへ出かけて行った。
最低限動けるくらいの体力を回復した俺は、簡単に昼食の準備をする。
分厚いベーコンは、ジュッと熱々のフライパンでこんがり焼く。ついでに卵もその横で焼く。
表面を軽く炙ったパンは、一枚はバター、もう一枚はハニーマスタードを塗っておく。
キッチン前の家庭菜園から、ルッコラをぷちぷちと摘みさっと洗って水気を切りサンドする。
がぶりと大口を開けてかぶりつく。サクッとしたパン。じゅわりと分厚いベーコンからあふれる旨味が詰まった油の甘さと塩気。
そこへ、手作りサイダーをごくごくごくっと飲み干す。
「ぷはぁーっ」
これがしたかった! 汲んできた炭酸水に、砂糖とレモン果汁を少し。グラスに氷を浮かべキンキンに冷えたサイダーをぐびぐびっと流し込む。
そして、本日のサイダーかき氷作りスタート。
氷は普通の水で作ったもの。炭酸は凍らせると抜けてしまうからね。
器にそびえ立つ山をイメージした、ふわふわ氷の山をうず高く築く。
トッピングは、鮮やかな青色のサイダーゼリー。飲む用のサイダーとは別に、甘みを強くして、レモン果汁はなし。それにマロウブルーで淹れた濃いめのハーブティーで青く色付け。
シロップはもちろん、昼にもぐいっと飲んだ自家製サイダー。サイダーシロップをかけると、ぱちぱちとはじける炭酸の音。氷に散りばめた鮮やかな青色ゼリーがレモン果汁に反応して、ふわっと桃の花びら色に変化する。
「おぉ、キレイなグラデーションになったな」
わかっていても、マロウブルーが酸に反応して、目の前で起きる色の変化は楽しい。
見た目も爽やかだが、食べるともっと爽快さを味わえる。ふんわり氷は、はじける炭酸と同時にふわっと溶けて消える。
ゼリーはぷるんぷるんの食感。噛むとシロップのサイダーと相まって、シュワシュワ感が倍増する。
食べてる間も、ずっと炭酸がスパークするぱちっぱちっという音は耳からも涼感を感じられる。
食べ終えた俺はこの後
「夕方まで一眠りしよう」
明日カミルが来るから、その準備はそのときにしようと、ぼんやり考えながら午睡する。




