第5話 大人をまとうビタースイート
毎朝の日課、基礎体力づくりと戦闘訓練を終えた俺の今日の予定は家で過ごす。昨日の今日でギルドには行きたくないというわけではない。(半分くらいはある)
市場で仕入れた食材の下ごしらえや、仕込んでいたものを仕上げたいのだ。これが一番の理由である。火を使うものは特に、まだ多少涼しい時間帯にやってしまいたいというのもある。
もちろん、氷魔法で室内、屋外どちらでもひんやりな俺ではあるが……。熱中症で倒れないよう注意するに越したことはない。
まずは二日前から準備していた生クリーム。両手で作った輪、それより少し小さいくらいの大きさで、口が広く浅めの陶器。
それに搾りたての牛乳を入れ、冷蔵庫に静かに置いておく。これだけで、自然に脂肪分が浮いてくる。それをスプーンですくえば、とろりとした液体の自家製生クリームができあがる。
残りの牛乳は普通の低脂肪乳として飲んだり、料理に使ったりできる。
冷蔵庫? うん、外側の入れ物を木材と金属でドワーフの職人さんたちに作ってもらった。
「お前さんの氷魔法で冷凍、冷蔵できるようになっておる。定期的に魔力を込めるか、氷属性の魔石をはめ込めばいいぞ」
と俺が使いやすいようにしてもらえた。ドワーフの職人さんたちにも氷魔法は好評で、
「儂らもこれで、酒を冷やして飲みたい!」
との要望があったから、魔石に氷属性の魔力を込めたものを大量に渡した。無理を言ってほしい道具を作ってもらっているお礼だ。
「これからも欲しいものがあれば何でも作ってやるから、遠慮なく言えよ」
「新しいものを作るのは、酒を飲んだときと同じように気分が高揚するからの」
「難題を乗り越えたときの酒は格別だからな」
と、めっちゃ感謝された。これからも色々と頼むから、このままいい関係でいたい。
「んなぁーぉ」
「お、ルシオ起きてきたか。今日は珍しく朝寝坊だったな」
あいさつ代わりの寝ぼけた声で鳴きながらキッチンにやって来る。昨晩は、出かけていたのだろうか。結構自由に出入りしてるんだよな。
そんなルシオに今日の予定を話す。
「ルシオ、今日は依頼も受けないし、出かけたりもしないから自由にしてていいぞ」
俺をしっかり見て
「にゃあ」
おそらく「わかった」との返事。くーっと背中をそらして伸びをする。隣に来て、俺の腰の辺りへ頭をすりすりしてくる。
「にゃあ、にゃあ、にゃーっ」
と鳴いて、出ていく。「行ってきます」か? それとも「じゃぁ、出かけてくる」かもしれない。
依頼を受けるとき以外は、気分屋で奔放。そこも猫らしく愛らしい。今日の朝飯も狩りをして食べるのだろう。狩り得意だし好きだもんな、ルシオ。
窓から森の方へ翼をはためかせ、飛んでいくルシオの姿を見送った。
「よし、作業の続きをしよう」
次は、昨日買った木の実、ピスタチオ。くるみ、アーモンド、ヘーゼルナッツはこの島にもあったが、ピスタチオは南の大陸からのものが初めてだった。
売っていた中で最も高価なものを買ってしまった。
「いくつか味見してみてよ!」
と店の元気なおばさまに勧められ、色々味見。結果これが、最高に美味しかったんだから買っちゃうだろ。
日本で一度食べたことがある、イタリアはシチリア島名産、緑色の金とも呼ばれるグリーンピスタチオに引けを取らない味だった。
鮮やかなグリーン、かぐわしい森の香味、凝縮された深い味わいが際立っていた。
殻ごと他の木の実たちと一緒にオーブンでローストする。こんがり焼けた木の実の薫気が台所中に広がる。粗熱が取れたら、今日使う分は荒く刻んでキャラメリゼしておく。
「残りの木の実たちはどうしようかな。そうだな、大きいままキャラメリゼか、塩をまぶしておくか」
家での間食用や携帯用の栄養と塩分補給にできるし。
それぞれ一つずつ味見として、甘いのとしょっぱいのを食べる。カリッ、カリッと止められない旨さ。これ、なくなるまで交互に食べ続けちゃうやつ。
「そういえば、カミルが酒を持ってくるって言ってたっけ。乾き物の一つとしてもちょうどいいな」
それ用に別に取り分けておこう。追加で土産の分も。
最後に準備するのはキャラメルソース。砂糖と水、自家製生クリームで作り、冷やしておく。
▲▲▲
準備は整った! 午後の一番暑くなる時間のお楽しみ。
キャラメルかき氷の木の実のせ。
自然の温もりが感じられ、気取らず使えるのが気に入っている、木製の器。それにさらさらとミルク氷を削っていく。
まあるく、半円を被せたような形状に盛った氷に、クリーミーなキャラメルソースをたっぷりまとわせる。
キャラメリゼした木の実を好きなだけトッピングする。こだわりのピスタチオは、キャラメリゼして、キラキラ透明な琥珀色。そこから透けて見える鮮やかなグリーンがぱっと目を引く。
つまみ食いしたとき、予想以上の出来だったので多めに盛り付ける!
仕上げに、塩の花と呼ばれる海塩をぱらりとひとつまみ。
うん、今日も満足いく仕上がり!
食べれば瞬時に溶けてしまう氷に、冷気で満たされた口の中。残る甘さをほろ苦いキャラメルソースが引き締める。
木の実は、コーティングされた表面をカリッと。さらにカリカリッとした木の実が楽しい食感。くるみ、アーモンド、ヘーゼルナッツ、ピスタチオと、四種類の木の実の噛み応えや味の違いもそれぞれ堪能できる。
仕上げにふりかけた花の形をした結晶の塩は、細かな薄い層が重なったもので、サクサクで柔らかな歯ごたえ。一緒に食べれば塩キャラメルに味変! 甘じょっぱい味へと、いい感じに変化して飽きずにずっと食べられる。
そして塩分は大切!
程よく中から冷やされた体がリラックスして、気持ちよく微睡んでいる。すると、今日イチの獲物を咥えて、ルシオが帰ってきた。
「今日のは一段とでかいな!」
「にゃあ!」
猫が獲物を飼い主に胸を張って自慢する。その姿もいい!
目の前に置かれたのは、初めて見る大型の鳥の何か。とりあえず冷凍して、カミルが来たときにでも聞こうかな。
「よくやったぞ、ルシオ!」
「にゃあー」
今日も、なでなでもふもふが止まらない。




