第4話 切なく儚い初恋の味
日の出前、ルシオの散歩を兼ねて基礎体力維持のためのランニング。その後朝食を屋台で簡単に済ませ依頼を受ける。この島で冒険者の主な狩り場は迷宮だ。それ以外の場所にモンスターはほとんどいない。
迷宮の第二層、三十一から六十階あるうちの五十八階、中級冒険者向けの場所で採取依頼。ちなみに第一層から三十階ごとに、初心者、中級者、上級者、それ以上の特級レベルに分けられている。判明しているのは九十三階まで。俺は九十階まで踏破している。
依頼品をギルドへ持ち込み確認後、依頼は無事終了。すると声を掛けられる。
「やあやあ氷花の黒精霊様」
大げさに両手を広げ、ハグしようとしてくる。俺は眉根を寄せ不満を全面に浮かべた表情でカミルの頬を押し返す。
「……それは俺のことかカミル?」
「他に誰がいるんだい? この呼び名はお気に召さないのかな。ふむ。まあいいか。それより、今日の依頼は終了したのかい?」
「あぁ、問題なく終わった」
「オレは君にぴったりだと思っているのだけれどね……」
不満顔のまま、変な呼び名は完全スルーする。昨日なんて市場でもそう呼ばれて、どれだけ恥ずかしかったか。
家でルシオに抱きつき、もっふり翼で包まれるように抱きしめられてやっと回復したんだ。それほどのダメージを負うんだから、むやみに大声で呼んで広めるな。
「トージの初迷宮の思い出からとったいい二つ名と思うんだ。あれほど美しく迷宮を凍りつかせたのは君以外いないんだからさ、オレたち二人のいい思い出でもあるし」
「よくない。まったく良くない思い出だ。初迷宮でうじゃうじゃ出てきた虫に全方位囲まれて、取り乱して俺達以外は氷漬けにしただけだ。あんなん黒歴史だ。恥ずかしい以外ない! 記憶から消せ、今すぐ」
虫だけは苦手なんだよ。虫だけは。重要なので二回言う。
もうカミルの一人舞台だ。大げさな身振り手振りで続ける。
「いや、その後がさらに凄かったじゃないか。凍った虫たちを数多の氷の礫で貫いたその姿はまさに氷雪の黒王子!」
実際あの氷の礫は、自分でも怖いくらいの威力でオーバーキルって思ったよ。
「それもカミルが広めてんのか? 俺に花とか、精霊とか、王子とか似合わないし、恥ずかしすぎる」
そんなふうに呼ばれていると、今の恥ずかしさに刺激されて過去のことが蘇ってきて、心に深手を負うんだよ。主に日本にいた思春期頃の数々のやらかしやイタイ思考、うれし恥ずかし、甘酸っぱい記憶とかな。
「じゃぁ、去年のリヴァイアサンの話をしようか。他にもまだまだあるしね。オレが心から称賛したい気持ちが溢れてしまうんだからしかたないだろう。それに、外からこの島にやってきた者たちへも周知したほうがいいと思ってね」
まだ幼い見た目とその端正な顔立ちで、トージを馬鹿にしたり変な気を起こす連中がいないともかぎらないし。
「外見でトージを侮り、簡単に手なずけて操れると勘違いしているようでね」
面倒なやつが島外から来ていて、そいつらを牽制したいというカミルの思惑もあると、こっそり教えてくれたが……。恥ずかしさが消えるわけもなく。俺に美しいという形容が合っているのかはわからん。
そんなカミルに反応して周囲からも声が上がる。
「トージになにかしようとするやつがいるのか?」
「この迷宮の最年少! 第三層踏破者だぞ」
「第三層といえば数少ない上級者向けの階層じゃないか?」
「そうだ! しかも最速踏破ホルダーだ」
「リヴァイアサン瞬殺したのを知らないのか?」
「あの美貌に惑わされるのは誰もが通る道だが……」
最後、変なの混ざってた気がするが?! 小さなダメージが積み上がり、変な疲れが出てきた俺は、家に帰ろうとふらふらな足取りで出口に向かう。そんな様子を見たカミルが
「疲れも吹き飛ぶような、今の季節にぴったりな酒をもって家に行くからそれで元気になってくれよ。夏が終わってからの迷宮攻略の相談もしたいしね」
「あぁ、わかった」
疲れはカミルが原因だけどな。
この世界の成人年齢は十五歳。俺は若返って転移してから二年経ち十七歳。問題なく酒は飲める。
昼前の時間にしてはやけに人が多いな。普通ならみんな、迷宮に潜っている時間のはずなのにと思いながら冒険者ギルドをあとにした。
▲▲▲
食後の休憩をはさみ、今日のかき氷の時間だ。
夏の疲れをとるのに思い出すのはこれだ。蜂蜜レモン。
部活のとき、可愛いマネージャーが作ってくれる、甘酸っぱくてトキメキが詰まった味。ついでに初恋も一緒についてくるやつ。
「ま、俺は帰宅部だったからそんな思い出はない!」
氷は純水に近い……と思う魔法で作り出した水をゆっくり凍らせたものを削っていく。
まず、かき氷機の刃を調整する。ふわふわ氷のときより、少し厚めに荒く削れるように設定。シャリシャリ感が出るように削る。
薄緑色をしたガラスの器に山型になるようこんもりと盛る。
氷の山のふもとへ、蜂蜜に漬け込まれたスライスレモンを、端が少し重なるようにして並べていく。
仕上げに、頂上から蜂蜜レモンシロップを一回、二回とたっぷり回しかける。じわじわ氷の山がシロップに侵食されていく。
氷は雑味がなく、ほぼ無味無臭。そのまま水として飲めば旨くもなんともない。だが今回のシロップに対しては、この他の食材を邪魔しない控えめさがいいのだ。
蜂蜜とレモンだけというシンプルな味を引き立ててくれる氷である。そしてシャリシャリ食感の氷が懐かしさを運んでくる。
昔食べた素朴な味。
「懐かしい味だな」
甘い蜂蜜とガツンとくる酸味の効いたレモン。噛むたびに、シャリ、シャリっと氷を砕く音。最後にレモンの皮のほのかな苦味。
嫌な思い出とともに、全て食べてしまえ!
最後にさっぱりとした気分で終える。




