第3話 太陽色に赤く成熟した君
朝市は街の中心にある広場でやっている。広場全体に様々な商店や食べ物の屋台が並ぶ大きな朝市は十日に一度。それ以外の日は広場の半分くらいに店が並ぶ。
今日は、大きな朝市ほどではないものの、昨日入港した商船の商品を扱う店が増えた分、普段より賑やかだ。
まずは腹ごしらえ。簡単な朝食を取れるような屋台でルシオお気に入りの香辛料の香りが食欲をそそる串焼きを買う。
始めの頃は香辛料抜きで焼いてもらおうとしたんだ。だがルシオがものすごい抵抗をした。
「にゃにゃにゃっ!」
嫌だ! という拒否する声を上げた。猫に香辛料はダメなんだ、体調悪くなるぞと説明したが、断固拒否! の態度を崩さなかった。俺は諦めた。それからはルシオの希望通り、香辛料たっぷりの肉を購入し続けている。今日も一緒に食べた。
ルシオが肉を食べ終え、口の周りをぺろりと舐め満足げな様子を見れば、
「また買ってやるからな」
となでまわしている俺がいる。尻尾をくるりと俺の腕に巻き付け「にゃぁ」と鳴き、また買ってねと言われれば抵抗できない。ルシオに勝てない。勝てる気がしない。可愛いからいいや。
今のところ、ルシオの体調が悪くなることは全くない。
次は、目当ての食材や商品がありそうな店をあちこちのぞく。
目当てのものはすぐに見つかる。甘く芳醇な香りを周囲に漂わせている、赤く熟れたマンゴー。俺がそれに目を留めると店主が
「昨日入ってきたばかりの南の大陸の果物さ。熟れすぎたってんで、安く仕入れられたんだ」
今が食べ頃だから食べてみてよと、味見としてカットしたマンゴーを一つくれた。
「うん、旨い。完熟の甘さがいい!」
「だろ! 今ならまけておくよ。どうだい氷花の黒精霊様」
「……うっ」
その恥ずかしい二つ名で呼ばれ俺に大ダメージが入る。こういうのを嬉々として広めるのはカミルだ。あいつしかいない。黒はまだいい、黒髪だからな。だが俺に花と精霊は似合わない。
カミルが言い始めた理由は話したくない。思い出したくもない。カミルが大げさなだけだ。俺は無罪だ。
なぜ横でルシオはドヤ顔をしている? ふふん、トーゴはスゴイんだぞ的な雰囲気は出さなくていい。お前この二つ名気に入っているのか? 自慢に思ってくれるのは嬉しいが、いくらルシオが気に入っていても、これだけは無理だ。受け入れられないぞっ。
ダメージを回復できないまま
「これ買います。この袋に入るだけください」
と手持ち付き布製の袋を渡し大量に買った。食べきれないものは冷凍しておけばいいしね。
「またよろしくねー」
という声を背中に受け、他の露店でも南の大陸から来た香辛料や食材を次々と購入。
だが、いくら買い物をしてもダメージは回復しきらなかった。雑貨や食器も見たかったが、それは次回にしよう。
今日は、さっさと家に帰ってかき氷の準備でもしよう。
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氷は贅沢に二種類。さらさらミルク氷とふんわりマンゴー氷。白と橙色のコントラストが映える。
ミルク氷はいつもの、ミルクに自家製練乳を加えたもの。マンゴー氷は、完熟マンゴーをピューレ状にしたものに、ミルクと自家製練乳を混ぜて凍らせた。
マンゴーの繊維が食感を悪くするので、風魔法を応用して作った魔道具ミキサーでなめらかにすり潰す。さらに、裏ごしをして繊維を取り除く。口当たりのよい、シルキーな舌触りの仕上がりに満足。
このマンゴーピューレの半量を氷に、残りをソースに使った。
事前に準備して冷やしておいた特製マンゴーソース。マンゴーピューレの他に加える材料は、完熟マンゴーを一口大に切ったものと砂糖、ほんのちょっぴりのレモン汁。
ソースを仕上げるその前に、切った完熟マンゴーを口にぽいっと、一つ放り込み味見をした。うん、ウマい。濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。熟した果肉はねっとり柔らかな食感。鼻に抜ける芳醇な香り。そのまま食べても美味しい!
そのとき、ルシオがやってきてマンゴーの味見をねだる。
「にゃぁお」
「食べたいのか? ルシオ、猫はマンゴー食べても平気なのか?」
「にゃあ」
と鳴き、縦に首をふり頷く仕草で「大丈夫だ」と言っているようだが……。
「市場でルシオが食べたがったスイカ切ってやるから、今はそれにしておけ、な?」
「……にゃあ」
仕方ないにゃあという感じの返事。だが切ってやれば、いい食いつきでぺろりと平らげる。まぁ、異世界の不思議生物で、羽が付いて空まで飛べるんだ。日本にいた猫とは違うんだろうし食べたいのならあげてもいいが、迷うところだ。
俺の話も完全理解している返事だしな。うちの子、もふもふで賢い!
という、ルシオに癒やされながら作った濃厚ソースを、二種類の氷の上に、たっぷり盛り付けた生マンゴーの果実の上からかける。白と橙色の氷、ぐるりと囲む果実。その上から輝くマンゴーソースをかければ、とろりと流れ落ちる。
「にゃぁお」
とスイカの追加を要求してきたので、ルシオのスイカを追加した皿と、俺のかき氷を持ってデッキテラスへ移動。
一人と一匹、並んで一緒に食べる。
まずは、ミルク氷とマンゴーソース部分を一口。すっと溶けてしまうミルク氷の控えめな甘さがマンゴーを包み込み優しい味だ。
次に、ミルク氷とマンゴーの果実、マンゴーソースを一緒に食べる。マンゴーの風味をしっかりと感じつつも、ミルク氷が冷たさと甘みのバランスを絶妙にとりウマい。
マンゴー氷とマンゴーの果実、マンゴーソースを口に運ぶ。ふわふわっとした口当たりのマンゴー氷。とろりとした食感の甘いマンゴーの果実に追い打ちをかけるソース。俺の口の中はマンゴーに支配される。
「はぁー。どの組み合わせで食べてもイケる」
見た目にも、体の中からも冷やし、心も癒やしてくれる。
遠くの空に飛んでいるルシオの仲間ウイングキャットの群れを眺めながら、穏やかな午後を過ごす。
「俺もあんなふうに空飛んでみたいな」
なんとなく言った一言に
「にゃあ!」
俺をしっかり見つめ、「まかせろ!」とでも言っているような、得意げな顔を向けるルシオ。
お前、俺を乗せて空飛べるのか? いや、飛んでみたいなーってちょーっと思っただけだぞ。本気にするなよ。俺、高所恐怖症なんだよ。
「にゃお、にゃお、にゃっ」
って、「僕に任せてっ」って聞こえるんだけど。違うよな? やめろよ、ルシオ! 振りじゃないからな。




