第九話 第三の悲劇
愛花の提案が通った直後、余程気が緩んだのかグウウと腹の虫がなった。慌てて時計を見ると既に時刻は午前七時を過ぎていた。
「そろそろお食事のご用意をしなければなりませんが……如何いたしましょうか? 」
「そうだな、じゃあ僕と菅野さんの三人で行こう。田中さん達はここで待っていて欲しい。何かあったら声をあげるように」
深田はそう言うと菅野、古川とともに厨房へと向かう。残された愛花と田中は目を見合わせる。
「大変なことになったわね」
「そうですね」
「さっきは悪い事告白しちゃったけど、誤解しないでね。いつもそんなことをやっているわけではないから」
「それは勿論です。田中さんを悪い人だなんて思っていませんから」
「そう言ってもらえると助かるわ。思えば貴女、あの時の子にそっくり」
「あの時って? 」
「昔ね、毒の入った水の運び屋を子供にやらせた犯人がいてね。あの子も貴女みたいに強がっていたけど、毒殺と知ったときは震えていたわ」
「その子には……話したんですか? 」
「私にはできなかった。そんな残酷なこと」
「やっぱり田中さんは優しい方です」
「ありがとう。それじゃあ、こんな暗い話はやめて、楽しい話をしましょうか」
田中がそう言うと二人は話題を変え、これまで探偵として遠出した際に入った飲食店や宿についての話を始めた。その話が白熱してきたところで三人が戻ってくる。
「申し訳ございません、旅館の豪華な料理ではなく缶詰ですが……」
古川が缶詰を片手に気まずそうに言う。
「いえ、そんなつもりでは」
「存じておりますよ。お飲み物はペットボトルのものを使用しますのでご安心ください」
慌てる愛花に古川は笑って答えると席に座った四人の机に缶詰と飲み物の入ったグラスを置いて回る。
「それでは、いただきます」
こうして五人はいつまで続くかわからぬ狂気の中、細やかな幸福の時を体験した。しかし、それは長くは続かなかった。
☆☆☆☆☆
途端に愛花の腕に痺れが襲う。どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだった。まどろみの中、彼女はどうして自分がテーブルに突っ伏して眠ることになったのか記憶の糸を辿り始める。皆で食事を始めたところまでの記憶はあった。そこから安心からか不意に眠気に襲われて……
……見張りとか決めたっけ?
ふと浮かんだ疑問に冷水をかけられた気分になった彼女は飛び起きる。見渡すと彼女同様机に突っ伏している探偵達の姿があったのだが……
「ひっ……」
思わず目の前の光景に目を覆う。四人が突っ伏している中、古川だけが頭部からおびただしい量の血を流していた。慌てて脈を確認するも既に脈はなかった。
「とにかく、皆を起こさないと」
震える体を押さえつけ、愛花は探偵達を起こして回った。
「ふむ、睡眠薬か。やられたな」
深田が頭を押さえながら口にする。
「でも、一体どこに? 私達が口にしたものって缶詰とペットボトルの飲み物じゃない」
「そう考えると、ペットボトルでしょうねえ。ちゃんとパキッて蓋を開ける音から未開封なのは確認したんですが……やっぱり、ここに穴がある。きっと注射器で睡眠薬を注射したんでしょう」
菅野がペットボトルの飲み口付近に空いている小さな穴を指さして言う。
「でも、こう言うとあれだけど……どうして古川さんだけなのかしら? 全員を罪人と呼ぶのなら、この場で全員を殺してしまってもよかったのだと思うけれど」
「考えられるのは二つ。一つは犯人の目的はこれで達成されたというケース。もう一つは……挑戦だろうね、いつでも殺せたが今回は見逃してやる……とね」
「ふざけたものね」
「いずれにせよ、これからはより用心した方が良い。犯人がどこに仕掛けをしているのか分からないのだから」
深田が神妙な面持ちで言った。