第六話 第一の悲劇
翌日、愛花達は食堂に降りて朝食を済ますも太郎は降りて来なかった。
「彼は本当に籠っているつもりなのかな? 吉川さん、君は彼と仲が良いようだけど何か知らないかい? 」
「いえ、私は何も」
深田の答えに彼女は首を振る。
「こんな豪勢な料理が食べられないなんて勿体ないなあ」
菅野がハムエッグを頬張る。その姿を見て古川夫人はお盆に太郎への料理を乗せ
「一応お食事はお部屋の前に置かせていただきます」
と出て行った。
「それで、これからどうしようか? 」
「とりあえず昨晩は何も起こらなかったみたいだから、明るいうちにこの島に誰か他の人間がいないか調べない? 私達を疑心暗鬼にさせるのが狙いかもしれないから」
「それは良い考えですなあ」
「丁度、この場に6人。何か起きた時のため三人ずつで行動しようか」
「そうですなあ、じゃあおいらと深田さんは別れるとして後は……」
「私は深田さんと行くわ」
「私は菅野さんと行きます」
田中と愛花がそれぞれ答えると古川夫妻が顔を見合わせた。
「そうなりますと、ワタクシめが深田さんと同行して彼女は菅野さんとお願いしましょう」
古川が言い、探索チームが決定した。
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愛花、菅野、古川夫人の三人は森に生い茂る草花をかき分けながら進む。
「本当にここに人がいるんですかねえ」
「いたとしても入れ違いとかになる可能性もありますからね」
菅野の疑問に愛花は同意を示す。どうやら彼も彼女同様、外部犯の可能性は薄いと考えているようだ。それどころか
「そもそも本当に殺人事件なんて起きるんですかね? 」
抱えていた疑問を口にする。すると彼は
「起きないんじゃないですかあ」
とはっきりと答えた。
「どっちにしてもお昼の支度がありますので、切り上げるのは早めにしたいですね」
古川夫人が言う。明言こそしないものの彼女も二人と同意見のようだ。
外部犯説どころか殺人事件すら起きないと考える三人による捜索は数時間に渡り行われたが、何の成果も得られなかった。そしてそれは、深田達も同様であったことを後に知るのであった。
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結局、その日は午後からも捜索を続けたが第三者を発見することはできなかった。六人は夕食を前に成果報告をする。
「結局、一日中回してみても成果は無しみたいね」
「少なくとも一日経っているわけだから、潜伏の跡とか見つけられたら良かったんだが……」
「でも、何も起こらなかったのは良いことですぜえ」
「それはそうだけど、これじゃミステリーナイトじゃなくてただの森林浴よ」
「案外、そういうことかもしれませんね。今まで多忙だったのだから自然を見て休めって」
「だとしたら、殺人だの罪人だのは余計よ」
田中が愛花の意見に意を唱える。
「明日には船が来るんですし、何も起きなかったってのは良かったじゃないですかあ」
菅野が宥めるように言うと、ふんと彼女は鼻で返事をした。
「ところで、部屋に籠った坊やはどうなの? もしかして死んでるんじゃないでしょうね? 」
「それは私どもにも分かりかねまして……毎食お部屋の前にご用意はさせて頂いているのですが、手をつけてはおられないようで」
「それは勿体無い、料理もさることながらこの奥さん特製のジュースは絶品だというのに」
「光栄です、深田様」
古川夫人が頭を下げる。
「でも、朝も昼も食事に手をつけないというのは不安ですね」
「なに、それならそろそろお腹も空く頃だから夜は食べるでしょう。なんなら今から皆で食事を運びながら無事なことを知らせてあげましょうか。吉川さんも心細いでしょうし」
「そんなことはありませんけど、そうですね。ご飯を食べていないというのは気になりますし」
「確かに、気が変わるということもあるかもしれない」
「ですねえ」
田中の提案に三人が同意し、深田が盆を持ち三階の太朗の部屋へと移動する。昼に置いたと思われる食器には何も食べられた形跡はなく廊下に置かれていた。
「北野さん、ご飯置いときますよ」
「我々は無事ですよ」
「だから早く出てきなさい」
「そうですよお」
四人が、愛花に至っては敬語ではなくタメ口で語りかけるも返事はない。
「ダメみたいだな」
「……ですね」
「寝てるかもしれないし、今日は帰りましょう」
「どうせ明日には一緒ですからねえ」
そう言って四人は食堂へと戻った。
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食事を済ませ部屋は戻ると愛花は明かりをつけベッドに倒れ込んだ。
途端に疲労が身体を襲い眠ってしまいそうになるのを堪える。
「何事も起きなかったとはいえ、ミステリーナイトと言われて来てみてこれは拍子抜けだわ」
何も殺人が起きなかったことを嘆いたわけではない。ただ、頭を使おうと張り切って来たのに身体しか使わなかった不満からポツリと出た言葉だった。
しかし、次の瞬間……
パリン
と何かが割れる音、次に呻き声のようなものが聞こえた気がした。
「何? 」
慌てて周囲を見渡すと
ガン!
と大きな音がベランダの方から響いたので慌ててそちらに視線を向けると、彼女は苦悶の表情を浮かべ真っ逆様になっている太郎と目が合った。
しかしそれも一瞬のことで、彼の姿はすぐに見えなくなった。
「……ッ! ? 」
慌ててベランダへと出るも下には黒く染まった海が広がるだけだった。