第十五話
深田の話通り、古川の部屋には彼の死体はなく彼の妻の死体のみが寂しく横たわっていた。
愛花は手始めに部屋に置かれた桐タンスに手をかける。
「何をしているんだい? 」
「マスターキーは本当にないのかなって」
「なるほど、だがそれは望み薄だと思うな。彼が犯人ならばマスターキーなんて物を持ち歩かないはずがないだろう? 」
「そうですね、うっかりしてました」
深田の言葉に愛花はあっさりと引き下がる。彼の言う通りマスターキーを持ち歩かないはずがないのだ。例え、古川以外の者が犯人だとしても。
「ここにはもう調べることはなさそうです。それじゃあ次は……あまり気が進みませんが他の方々の遺体があるか確認してまわりましょう」
「それは僕がやったけれど」
「すみません、自分の目でも確かめたいので」
深田を納得させ他の被害者の部屋に行き彼女は遺体を見て回るも皆、肌は冷たくなっており脈もなく仮死状態になる仕掛けを施している様子は見られなかった。
「やはり犯人は古川さん……かな。さて、次はどうする? 」
深田は試すように愛花を見る。
「古川さんを探しましょう」
愛花はこう言うと深田を引き連れ館中、森林、そして港を可能な限り探しても古川の姿は見えなかった。
港を歩いていると昨日田中と二人で歩いたビーチが視線に入る。途端に彼女との果たされることのない約束を思い出し涙を流す。
「どうしたんだい? 」
「いえっ……あのビーチが……」
「なるほど、ビーチの先の洞窟か、あの先は気になるな」
深田が思いもよらない言葉を口にすると共にビーチへと向かう。それを愛花は慌てて追いかけた。
彼の言うようにビーチを進んだ先の洞窟は薄暗く先が見えないため潜伏には打ってつけの場所であるように思える。
二人は古川を探すべくビーチを歩きその先の洞窟の入り口に立った時だった。不意に深田が愛花の肩に手を置く。
「吉川さんはここにいるんだ。どんな危険が待っているか分からない」
「はい」
彼の提案に彼女はすんなりと従う。彼女からすれば洞窟は薄暗く待ち伏せや不意打ちをするには打ってつけの場所に思え、深田が犯人の場合ここで犯行に及ぶだろうと考えていたからだ。しかし、その深田がまるで愛花からの不意打ちを警戒するようにそんな提案をするのは奇妙に思えた。
「それじゃあ、行ってくるよ」
彼はそう言うと薄暗闇の中へと消えていき洞窟内の道を曲がったのか見えなくなった。
その直後……
「そこで何をしている」
深田の怒号が洞窟内を反響し彼女の耳に届く。
「逃がさないぞ」
彼がそう言ったであろう次の瞬間、
バーン!
洞窟内が一瞬明るくなると共に銃声が響き渡った。
「深田さん」
愛花は慌ててスマートフォンのライトを起動すると洞窟内に入り、彼が曲がったであろう曲がり角を曲がるとそこには撃たれ地に這いつくばりながら胸を抑えながら必死に洞窟の先へ進もうとしている深田の姿があった。
「深田さん! 大丈夫ですか? 」
「やつが……古川が……この先に……」
彼の視線の先は登り坂になってはいるが、洞窟の出口があった。
愛花は咄嗟に坂を昇り洞窟の外へ出る。そこは館近くの森林であった。周囲を見回すも古川どころか人の気配すら感じられない。
……一体どこに隠れたと言うの?
当然の疑問が脳裏をよぎるも今優先するべきはそれではないと気付き道を引き返した。
「深田さん、大丈夫ですか深田さん」
必死に深田に声をかけるも彼の身体はもう動かなくなっていた。
「あああああああああああああ! 」
愛花は叫んだ。味方である深田を信じきれず犯人だと疑った未熟さ、そんな彼を失ってしまった悲しさ、残りは自分一人になってしまった寂しさを込めて。しかし、ふと口をつぐむ。この叫びを聞いて古川がほくそ笑んでいると思うと癪だからだ。あの男をこれ以上笑わせない、彼女はその気持ちだけが彼女を奮い立たせた。
ライトを深田へと当て状況を確認しようとするが、彼はうつ伏せになっていたため彼女は力を振り絞り彼を仰向けにしようとしたその時……
カチャリ
足元で何やら音がしたのでライトを向けるとそこには回転式拳銃が落ちていた。
古川が落としたのだろうか? そうなると弾は入っていないことが予想されるため今後の武器にはならない。しかし、深田が決死の思いで取ったのだとしたら……
愛花は恐る恐る拳銃を手に取り引き金を引かないように注意しつつ弾を確認する。驚くことに中には三発分装填されていた。
「嘘でしょ」
僥倖に思わず呟く。深田は撃たれる寸前最後の力で拳銃を祓ったのだろう。そして素早く身体の下に隠した。愛花に託すために……
「ありがとう、深田さん」
血が染みたシャツの中央に弾痕を確認し銃殺で間違いないことを確認すると彼女は深田に頭を下げ銃を手に取り洞窟を後にした。