第十三話 第五の悲劇
三人はしばらく燃える船を眺め、菅野がこちらに泳いでこないかと心待ちにしていたが、幾ら待っても菅野が泳いで来ることはなかった。
「菅野さんも、もう……」
「うっ……」
田中は呻き声を上げると一目散に館へと向かう。
「田中さん、待ってください」
「嫌よ! もう部屋に籠るわ! 結局部屋が一番安心なのよ! 」
彼女の気持ちが愛花には理解できた。二人が疑っていた犯人候補のうちの一人がいま爆死したのだ。そうなれば、犯人は1人しかいない。とはいえ、証拠があるわけでもなく女二人でも大の男を押さえつけることができるのか分からない以上、助けが来るまで部屋に籠るのが最善の策になるのだ。
田中はわき目も降らずに食堂へ行き缶詰を両手に抱えると階段を登っていく。その様子を見た深田は愛花を見て口を開く。
「僕らも続こう、結局部屋が一番安全だ」
「はい」
二人それぞれが缶詰を集め、階段を登る、その時だった。
「きゃああああああああああああ! 」
田中の声が響き渡り思わず愛花は缶を落としたのも気にならずに三階へと向かう。深田も彼女に続いた。
二人が三階に辿り着いたとき、視界に入ったのは床に倒れ痙攣している田中だった。
「田中さん! 」
愛花は近づいて脈を確認する、しかし、彼女は応えることなく痙攣を繰り返した後息絶えた。
「ダメだ、死んでしまった」
「でもどうして急に……」
周囲の様子を窺う。すると彼女の頭上付近にある田中の部屋のドアノブの下方に針が付けられているのが見えた。
「深田さん、この針が」
「触るなあ! 」
針に手を伸ばした愛花に深田が叫ぶ。その声があまりに大きかったもので彼女はビクリと震えた。その様子を見て深田は自らが声を出しすぎたことに気がついたようだ。
「すまない、声を出しすぎた。毒が仕込まれているであろう針だ。この症状ならニコチンの確率が高いか。 ……いやそうではなく、危険だと思ってつい」
「私こそごめんなさい。不注意でした」
危険物に無策で手を伸ばすとは何という失態。自らの推理力の低下に愛花はうんざりとした。いや、そんなことは問題ではない。残っているのは一つの事実……これで生き残っている招待者は二人になってしまったということだ。そして愛花はこの殺戮を引き起こしてはいない。そうなると残るは……
「それじゃあ私はこれで」
もはや不自然かどうかなんてどうでも良かった。愛花は勢いよく走り出して深田から距離を取る。犯人である可能性があるのは深田一人なのだ。あのまま場に留まるばかりか『犯人は貴方よ』等と言おうものならその場で殺されていただろう。いや、そうでなくてももう二人きりになった時点で彼は自白したも同然なのだ。彼の目的が全員の抹殺であるならばもう彼女を生かしておく必要はないのだ。
愛花は生きるために走った。しかし、彼は追いかけてこなかった。
どうして追いかけて来ないのか? 気になったが戻って直接本人に尋ねるわけにもいかない彼女は階段に転ばせる仕掛けがあるのかと慎重に階段を下り部屋のドアノブに同じく何か仕込まれていないかと確認するも仕掛けのようなものは何も見当たらなかった。
遂に無事に部屋に入った彼女は鍵を閉めるとそのまま布団に飛び込みながら何故彼は追いかけて来なかったのかを考えるも答えは見つからなかった。