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007

ーーゼノンが宮殿に来た日の夜の庭園


ルシェルはいつものように、夜の庭園を散策をしていた。

もはやルシェルにとって肩の力を抜けるのはこの場所だけかもしれない。


(今日もあの蝶は来てくれるかしら…)


ルシェルが庭園の奥に進んでいくと、人影が見えた。

ルシェルはこの庭園に来る時は1人であることが多いため、人影を見て不安になった。


「皇后陛下?」


暗くてよく見えなかったが、こちらに近づいている人影を徐々に月明かりが照らし、その姿を捉えた。


「....……もしかして、アンダルシアの王子殿下ですか?」


ルシェルが驚いて問いかけた。


「ええ、ゼノン・アンダルシアです。驚かせて申し訳ありません。でも、よかった…またお会いできました」


人影の正体はゼノンだった。ゼノンは先ほどの謁見の時と同じようにルシェルを見つめ、優しく微笑んだ。


ルシェルは不思議そうな顔をしてゼノンを見ている。


「……ところで、王子はここで何をされているのですか?」


「あぁ、これは失礼いたしました。美しい花々が見えたので散策していたのですが、迷ってしまいまして…」


ゼノンは少しお茶目に笑って見せた。照れたようなその顔はとても可愛らしかった。


(こんな顔もできるのね....)


ゼノンの初めて見せる年相応な表情に、ルシェルは安堵した。


「そうでしたか。では、王子が滞在されている客殿まで私がお送りいたしましょう」


「それは助かります。では、送っていただくついでと言ってはなんですが……もう少し散策にお付き合いいただけないでしょうか?」


ゼノンが楽しそうにルシェルに問いかける。


「.....」


「……いけませんか?皇后陛下」


(.......こんな夜更けに、他国の王子と2人でいるところを誰かに見られでもしたら……よくない噂が立ってしまうかもしれないわ)


「……お誘いはありがたいのですが、夜も更けてまいりましたし…明日改めてご案内させていただくというのはいかがでしょう?」


「それもそうですね……失礼いたしました。では、明日改めてお願いします」


「ええ。それに実は、今回の王子の来訪に合わせてこの庭園を開放したのですよ。なので、明日ゆっくり案内させてくださいね」


「そうでしたか…それはとても嬉しいです。明日が楽しみです」


2人は顔を見合わせて微笑みあった。


ゼノンを客殿まで見送りながら、ルシェルは少しだけ昔の話をした。


この庭園は、ノアがルシェルのために作ってくれた庭園だったということ。

そして、もうこの庭園を大切に思い訪れるのは、ルシェルだけだということ。


ルシェルは話をするうちに次第に目線が下がり、目が潤んできた。


言葉にできる寂しさは誰かに話せば紛れるかもしれない。

けれど、言葉にできない寂しさは一体どうしたらいいのだろう。


こうやって過ぎ去ったものを恋しく思うのは、あの時の思い出のせいなのか……それとも今直面している絶望のせいなのか。それはルシェルにもわからなかった。


ルシェルが物思いに耽っていると、ゼノンが口を開いた。


「では…これからは私が、皇后陛下の庭園散策のお相手をしてもよろしいでしょうか?」


ゼノンはルシェルの顔をそっと覗き込み、優しく微笑んだ。


「…え?」


ルシェルは、先ほどまで下がっていた視線をゼノンに向ける。


「私が相手では不足でしょうか…?」


ゼノンが少し拗ねたように言う。


「いいえ、とんでもない。では…お願いします」


「よかったです!それから、できれば私のことはゼノンと気楽にお呼びください。私もルシェル様とお呼びしたいのですが…よろしいでしょうか…?」


(彼はフランクな性格なのかしら?やはり”常に女性を侍らせている”という噂の方が正しいのかもしれないわね)


「ですが……私たちはそのように親しく呼び合う間柄ではございませんので…」


ルシェルはなんだか、少し可笑しくなって彼に意地悪を言った。


「…そうですか」


ゼノンはとても寂しそうな表情をしていた。


(まるで捨てられた子犬みたいね)


ルシェルはゼノンの子供のような反応が新鮮で、久々に楽しいという感情が湧いてきた。


「わかりました。では、これから王子殿下の案内役を務めさせていただくことですし、親しくなるための第一歩として、ということで…」


「……ありがとうございます!では、ルシェル様。これからどうぞよろしくお願いします」


「えぇ、ゼノン様。こちらこそよろしくお願いしますね」


ルシェルはゼノンを客殿まで見送り、寝室へと戻った。


(王子殿下は確か…18歳だったかしら...イザベルと同い年ね。大勢の前での彼は、なんだかすごく大人びて見えるけれど、さっきの彼はなんだかまるで子供みたいだったわ…)


ルシェルはベッドに横になり目を閉じると「フフッ」と微笑んだ。


なんだか今日はいい夢が見れるようなそんな気がしていた。


そしてルシェルは、あの銀色の蝶に会えなかったにも関わらず、その日はなぜかすぐに眠りについたのだった。


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