007
ーーゼノンが宮殿に来た日の夜の庭園
ルシェルはいつものように夜の庭園を散策していた。
もはやルシェルにとって肩の力を抜けるのはこの場所だけかもしれない。
(今日もあの蝶はいるかしら)
ルシェルが庭園の奥に進んでいくと、人影が見えた。
(え....この場所には私しか来ないはずなのに....どうしましょう、今日は護衛も連れていないわ。誰か助けを呼んだほうがいいかしら....)
ルシェルはこの庭園に来る時は護衛や侍女すら連れていなかったため、人影を見て不安になった。
「皇后陛下?」
「え?あなたは....もしや皇太子殿下ですか?」
「ええ、ゼノン・アンダルシアです。またお会いできましたね」
人影の正体はゼノンだった。ゼノンは先ほどの謁見の時と同じように優しく微笑んだ。
ルシェルは不思議そうな顔をしてゼノンを見つめている。
「こんなところで何をされているのですか?」
「あぁ、これは失礼いたしました。美しい花々が見えたので散策していたところ迷子になってしまい...」
ゼノンは少しお茶目に笑って見せた。
(こんな顔もできるのね....)
「そうでしたか。では、殿下が滞在されている客殿まで私がご案内いたしましょう」
「それは助かります。ではついでと言ってはなんですが、少し散策にお付き合いいただけないでしょうか?」
「.....」
「いけませんか?皇后陛下」
(どうしようかしら.......こんな夜更けに2人でいるところを誰かに見られたら、よくない噂が立ってしまうかもしれないわ)
「夜も更けてまいりましたし、明日ご案内させていただくのはいかがでしょう?」
「それもそうですね。失礼いたしました。では、明日改めて案内願います」
「ええ、喜んで」
ゼノンを見送る際に2人は少しだけ話した。
あの庭園は、ノアが花が大好きなルシェルのために作ってくれた庭園だったということ、もうあの庭園を訪れるのはルシェルだけだということ。
ルシェルはゼノンに話しながらとても寂しい気持ちに襲われた。
「では、これからは私が皇后陛下の庭園散策のお相手をしてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「あと、できれば私のことはゼノンとお呼びください。私もルシェル様とお呼びしますので」
(彼はフランクな性格なのかしら?やはり、”常に女性を侍らせている”という噂の方が正しいのかも.....)
「しかし、私たちはそのように親しく呼び合う間柄ではございませんので遠慮させていただきます」
「.....そうですか」
(まるで捨てられた子犬みたいね)
「.....わかりました。では、これから皇太子殿下の案内役を務めさせていただくことですし、親しくなるための第一歩としてということでしたらいいでしょう」
「ありがとうございます!では、ルシェル様。これからどうぞよろしくお願いします」
「ええ、ゼノン様。こちらこそよろしくお願いしますね」
ルシェルはゼノンを客殿まで見送り、寝室へ戻った。
(今日はあの蝶に会えなかったわね。残念だわ。それに皇太子殿下は確か18歳だったかしら...イザベルと同い年ね。大勢の前での彼はなんだかすごく大人びて見えるけれど、さっきの彼はなんだか子供みたいだったわ......)
ルシェルはベッドに横になり目を閉じると「フフッ」と微笑んだ。
なんだか今日はいい夢が見れるようなそんな気がしていた。