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006

ーーヴェルディア帝国の謁見の間。


皇帝と皇后が玉座に鎮座している。その傍らには側室である、イザベルもいた。


「アンダルシア王国、ゼノン・アンダルシア王子殿下と筆頭補佐官殿のご到着です」


侍従の声が高らかに響き渡ると、周囲に控えていた貴族たちの間にざわめきが走った。

ヴェルディア帝国の皇帝陛下への謁見ということで、当然ながら宮廷の重鎮たちが勢揃いしている。

華やかな礼服を纏った彼らは、興味深げにアンダルシアの王子を見つめていた。


ルシェルもまた、皇帝の傍らでその姿を静かに見つめていた。

ルシェルの髪よりもより銀色がかった美しい髪に、空のように澄んだ青い瞳。

流れるような仕草で佇む王子の姿は、18歳になったばかりとは思えぬ威厳と優雅さを兼ね備えていた。その容姿は、精霊が舞い降りたかのように美しかった。


(確か、冷酷な性格で女性に興味がないだとか逆に遊び人だとか....そんな噂は聞いたわね。まぁ、あれでは黙って立っているだけもいい噂の的でしょうね…)


「アンダルシアの王子よ、遠路はるばるよく参られた。アンダルシアの国王陛下はお変わりないだろうか?」


ノアの重々しい声が謁見の間に響く。


「アンダルシア王より、ヴェルディア帝国の皇帝陛下にご挨拶をとのことでした。王に代わり、このゼノン・アンダルシアがヴェルディア帝国の太陽に心からの敬意を込めてご挨拶を申し上げます」


アンダルシアの王子は、若々しい声で挨拶をした。その姿に、貴族たちが満足げに頷く。


ルシェルは、王子の視線が自分を捉えた瞬間を見逃さなかった。


彼女の視線に気づいたのか、王子がそっと顔を上げ、今度はあからさまにルシェルを見つめていた。

そして、2人の視線が重なったその瞬間、彼がかすかに微笑んだように見えた。


(…今のはなに?)


ルシェルは小さく息をのんだ。


「これは私たちからのほんの気持ちだ。受け取ってくれ」


イザベルが、あたかも自分が用意したものを渡すかのように、ルシェルが用意したピンクの薔薇を王子に手渡した。


「美しい花を、ありがとうございます。皇后陛下のお心遣いに感謝を」


王子はルシェルを真っ直ぐに見つめ、感謝の言葉を伝えた。


「…」


イザベラがなんとも訝しげな顔で席に戻った。


(なぜ私が用意したと気づいたのかしら…)


ルシェルは不思議に思いながらも、自分の行動や努力を言わずとも、わかってくれる人がいるのだと思うと、なんとも言えない温かな気持ちが込み上げた。


「それにしても、噂通りの立派な王子殿下だ。アンダルシアも安泰であろう」


貴族の一人が満足げに言うと、他の貴族たちもそれに続く。


「ですが、よくない噂も聞きますしなぁ」

「確かに....何人もの女性を侍らせているとか」

「王子殿下はご婚約もまだだとか。我がヴェルディア帝国の令嬢と縁を結ぶのも良いですな」

「それもそうですなぁ。我が国にとってもいい縁となることでしょう」


貴族たちはゼノンをただの遊び人か、それともアンダルシアの時期国王として相応しい人物なのか判断し難いようだった。


しかし、それを聞いている皇太子はどんな気持ちなのだろう。

噂の的というのはいい気分ではないはず。

噂の的にされるその気持ちは、ルシェルが一番よく知っている。


「皇后陛下」


突然アンダルシアの王子に呼ばれ、ルシェルはハッと我に帰った。

ゼノンがまっすぐにこちらを見つめている。


「皇后陛下、お会いできて光栄です」


彼の言葉は格式ばっているはずなのに、どこか熱を帯びていた。

そして彼の澄んだ青い瞳に、彼女は逃れようのない何かを感じた。何か懐かしさすら感じる。


「私もお会いできて光栄です、王子殿下。ようこそ、ヴェルディアへ」


かすかに微笑みを浮かべながらも、威厳ある態度で彼女は答えた。


「さて、せっかくの機会だ。王子にはしばらく宮殿に滞在してもらう予定だが、滞在中に何か要望があれば遠慮せずに言ってくれ」


ノアが先ほどより明るい声でゼノンに投げかける。


「お心遣いに感謝いたします、皇帝陛下。では…ひとつ願いを申してもよろしいでしょうか?」


「なんだ、もうしてみよ」


「私がこの帝国に滞在する間、宮殿内の案内を皇后陛下にお願いできないでしょうか?」


その場が騒然とした。しばらくの沈黙を経て、ノアが口を開いた。


「いいだろう。皇后、王子の案内を任せても良いか?」


ノアがルシェルの方を向いて尋ねる。

ルシェルは戸惑ったが、特に断る理由もないので静かに応じた。


「ありがとうございます。では皇后陛下、滞在中はどうぞよろしくお願いします」


ゼノンは微笑みながら、しばらく彼女を見つめていた。

その表情は、先ほどまでとは違いとても優しく、柔らかなものだった。


彼がなぜ自分を指名してきたのかわからなかったが、ルシェルはなぜか嫌な気持ちなどしなかった。

何だか、どこかで見たことがあるような、会ったことがあるような、そんな感覚に襲われながら、ルシェルはゼノンを見つめていた。


(今日はあの蝶に会いに行こう)


ーーなぜか、そう強く思った。

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