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049


ルシェルは、窓辺に立ったまま、外を見ていた。


ルシェルの誕生日の宴から三日がたった。

あの夜以来、宮殿内では様々な噂が飛び交っていた。


ユリアナは拘束されたままで、イザベルは回復はしたものの、厳重に保護されている。

そしてーーノアは、忙しさを理由に皇后宮へ足を運ばなくなった。


(……そう。忙しい、のよね)


理解している。

皇帝としての責務があることも、混乱を抑える必要があることも。


それでもーーあの宴の夜にあんな言い合いをしたのだから、

きっと、ノアが謝りに来るのではないかと、ルシェルはどこか期待していたのだった。


「……皇后陛下」


背後から、控えめな声がかかる。

振り返ると、エミリアが一礼して立っていた。


「ご親族の方がお見えです。お取次ぎを、と」


「親族……?」


一瞬、誰の顔も浮かばなかった。

自分の元を訪ねてくる家族など――


「帝国聖騎士団団長、テオドール・アストレア様でいらっしゃいます」


その名を聞いた瞬間、時間が逆流したように感じた。


「……お兄様、が?」


思わず、声が低くなる。

最後に会ったのは、何年前だっただろう。

正確な年数を数えようとして、ルシェルはやめた。


「お通ししてちょうだい」


短く告げると、背筋を正す。


客間に現れた兄は、記憶の中とほとんど変わっていなかった。

ルシェルと同じ美しく長い銀髪は後ろに一つで束ねられ、神秘的な紫色の瞳は見るものを虜にした。

その美しい容姿から、縁談は後を経たないものの、

帝国聖騎士団の団長として”氷の貴公子”の異名を持つ彼は、いまだに所帯を持っていない。


彼は静かに一礼した。


「……久しぶりだな、ルシェル」


テオドールは少し緊張しているように見えた。


「……本当に、久しぶりね。お兄様」


“お兄様”と呼ぶのも、いつぶりだろう。

二人の間に、少しだけ沈黙が流れる。


「……突然来て、すまない」


「いいえ」


ルシェルは首を振った。


「驚いただけよ。お兄様が……私に会いに来るなんて思わなかったから……」


テオドールは、ほんの一瞬、視線を逸らした。


それは責める言葉ではなかった。ただ、事実だった。

幼い頃から、兄は無口な子供だった。

父の厳しい教育のもとで、感情を外に出すことを学ばなかったからだろう。


ルシェルが三歳で母を亡くした時、セオフィルは五歳だった。

泣き叫ぶ妹の手を、何も言わずに力強く握っていた少年。

それが、ルシェルの中に残る、兄の最初の記憶だ。


「……顔が」


テオドールが、ぽつりと言った。


「少し、母上に似てきたな」


その言葉に、胸の奥がきゅっと締まる。


「……そう?」


「ああ。目元が、特に」


それ以上テオドールは何も言わなかった。


「お兄様は……これまでどちらに?」


話題を変えると、テオドールは頷く。


「ああ。今回は、極秘任務が一段落して戻ったところだ。これからは帝都にいられると思う」


極秘任務――


(……だから、しばらく会えなかったのね)


テオドールが北境に行ったのは、四年前、ルシェルが皇后になったばかりの頃だった。


「……大変だったそうだな」


淡々とした声だった。


兄の“大変だった”という言葉の裏に、どれだけの情報量があるのかはわからないが、

事故に皇帝の記憶喪失、側室の件や今回の件ーー。


この数ヶ月の間に、あまりに多くのことが起こりすぎていた。


「そうね……お兄様にも、心配をかけてしまったわね」


「……そういう言い方をするな」


短く、だが少しだけ強い。


「俺は、何もしてこなかった。だから……」


言葉が、そこで途切れる。


(……相変わらず不器用ね、お兄様は……)


ルシェルは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「来てくれただけで、十分よ。お兄様に会えて嬉しいわ」


その言葉に、テオドールは何も返さなかった。

ただ、僅かに視線を伏せる。


そのとき、控えめなノックが響いた。


「皇后陛下。璃州国から、藍 永燈様がお見えです」


ルシェルの目が、わずかに見開かれる。


「……藍様?」


扉が開き、深緑の装束をまとった人物が姿を現す。


「ご無沙汰しております、皇后陛下」


表向きでの男の口調だ。


「こんなに早く再会するとは思っていませんでした」


「……私もです」


ルシェルは素直に答えた。


「使節団が去って、まだ二ヶ月も経っていないでしょう」


藍は、わずかに微笑んだ。


「ええ。本来であれば、再訪は数年先の予定でした」


「では、今回は……」


「公ではありません」


藍は、はっきりとそう言った。


「使節としてではなく、友人として参りました」


その言葉に、ルシェルの胸が、じんわりと温まる。


藍は、セオフィルに向かって一礼した。


「璃州国より参りました、藍 永燈と申します」


セオフィルは短く頷く。


「……妹が、世話になっている」


「こちらこそ」


二人の間に、奇妙な沈黙が落ちる。


二人は互いに多くを語らないが、どこか似た気配がする。

この二人が並ぶと、不思議と違和感がない。


(雰囲気が似ているからかしら?)


「ところで……お兄様も、藍様も……どうして私のところに?」


ルシェルが問いかけると、二人は一瞬だけ視線を交わした。

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