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久遠の歌姫  作者: みつまめ つぼみ
第2章
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9.新たなる舞台

 貴族の馬車による度は、快適そのものだった。


 まず、自分で歩かなくていいし。


 ご飯もちゃんとしたものが、使用人たちによって作られて渡される。


 保存食なんて味気ないものじゃなく、パンと温かいスープが出てきて、最初は驚いた。


 天候も穏やかな日が続き、五日を過ぎる頃、遠くに王都の街並みが見えた。


 高い城壁に囲まれた都市が、私たちが来るのを待ち構えているかのようだった。


 ミュルナー子爵が私に告げる。


「あれが王都、君が滞在することになる町だ。

 滞在先は私の別邸になるが、文句はないね?」


「それはまぁ、宿代が浮くので助かりますけど……」


 宿を借りていると、毎日なんとかして宿代を稼がないといけない。


 こんな大きな町で今まで通り稼げるのか、自信はなかった。


 それなら最初だけでも、ミュルナー子爵にお世話になった方が良い気がする。


 ちらりとアドレンガーさんを見ると、不満気に眉をひそめてはいたけど、文句を口にする様子もない。


 ……二人とも、何を隠してるんだろう?


 カーリンは楽しそうに王都を眺め、ヴィントは外の景色に飽きたのか、腕を組んで居眠りをしていた。


 私はなんだか居心地が悪くて、黙って外の景色を視界に納めていた。





****


 翌日の昼に王都に到着すると、馬車が王都の城門をくぐっていく。


 ……本当に通行料を払わなくていいのか。羨ましいぞ、貴族!


 庶民の旅人にとって、通行料は悩みの種なのに。


 やがて馬車は町の綺麗な区画に入り込み、一軒のお屋敷の前で止まった。


 ミュルナー子爵が私に告げる。


「小さい家だが、部屋数はある。一人一部屋を割り当てるから、それで我慢して欲しい」


 私は呆気に取られて話を聞いていた。


 小さいって……子爵邸ほどじゃないけど、庶民の家とは比べ物にならない。


 二階建てのお屋敷は、充分な広さがあるように見える。


 あっちに見えるのは、パーティ用のホールかな。


 ミュルナー子爵、アドレンガーさんが馬車から降りて、ヴィント、カーリンが続いて行く。


 私はアドレンガーさんの手を借りて馬車を降りると、みんなで屋敷の中に入るミュルナー子爵の背中を追った。


 別邸とかいう割に、使用人たちはきちんと家を整えている。


 頭を下げる彼らの前を通り過ぎ、ドアをくぐると赤い絨毯が敷かれたエントランスが広がっていた。


 天上からぶら下がるシャンデリアを眺める私に、ミュルナー子爵が告げる。


「二階の部屋を使うといい。今、案内させる」


 ミュルナー子爵が近くの侍女に指示を出すと、彼女が私たちに頭を下げてから「こちらへどうぞ」とエントランス近くの階段を上り始めた。


 私たちは柔らかい階段を踏みしめながら、二階へ向かった。





****


 アドレンガーさん、ヴィント、カーリンが次々の部屋に案内されて行く。


 部屋は質素で、それでも宿屋の部屋よりはゆったりとして広い部屋みたいだ。


 最後に私が部屋に通され――広くない?!


 大きな天蓋付きのベッド、ゆったりとしたリラックススペースはローテーブル周りにソファが置かれ、六人ぐらいが座れるようなソファが置いてある。


 ちょっとした食事もできそうなダイニングテーブルも置いてあり、私の部屋だけ明らかに格が違った。


 中に案内しようとする侍女を思わず呼び止め、私が告げる。


「部屋を間違えてませんか?!」


「いえ、こちらが指示のあったお部屋ですが……御不満、でしたか? 狭かったでしょうか」


「不満っていうか、狭い方じゃなくて広すぎるよ?!」


 侍女がクスクスと笑みをこぼして応える。


「それでしたら、すぐに慣れてしまわれますよ」


 ほんとかなぁ?! うーん、なんでみんなと同じような部屋じゃないんだ?


 ひとまず部屋の中に入ったけど、なんだか落ち着かない。


 ソファに腰かけてみてもふかふかで、未だに貴族の家のソファには慣れないなぁと思う。


 何故か壁際で佇んでいる侍女に私は尋ねる。


「そこで何をしてるんですか?」


「お傍に控えるようにと仰せつかっています。ご用命があればお気軽にお申し付けください」


 侍女付き?! どういうこと?!


「ちょっと待って?! 他のみんなにも、当然同じように侍女が付いてくれるんだよね?!」


「いえ、リベルティーナ様に侍るよう仰せつかってはおりますが、他の方には特に何も」


「なんで私だけ特別扱いなの?!」


「私共に聞かれましても、お応えできかねます。旦那様に伺ってみては?」


 よし、それじゃあ聞きに行ってやろう。


「案内して!」


「畏まりました」


 私はドスドスと足音を鳴らしながら、静かに歩く侍女の後ろをついて行った。





****


 侍女が案内してくれたのは別棟のパーティホール。


 ミュルナー子爵は、ホールの中であれこれと使用人に指示を出しているようだった。


「旦那様、リベルティーナ様がお見えです」


 こちらを振り向いたミュルナー子爵が私に笑顔で告げる。


「どうしたんだい? こんなところまで来て」


 私は半分怒りながらミュルナー子爵に応える。


「ちょっとミュルナー子爵! あの扱いはどういうことですか!」


「扱い? ……もしかして、待遇に不満があったのか?

 だがあれより上位の客間は別邸にはない。あれで我慢をして欲しい」


 だーもう! そっちじゃない!


「違いますよ! 豪華すぎるんです!

 なんで私だけみんなより豪華なんですか!」


 きょとんとした顔のミュルナー子爵が、クスクスと笑いだして応える。


「そうか、みんなと違う待遇が気になるのか。

 ――君の身分に相応の部屋を用意させてもらった。

 だが他の人間を同じような部屋に泊めたくても、部屋がない。

 結果として君だけが特別扱いに見えることになったが、他意はないよ」


「……身分って、どういう意味ですか」


 ミュルナー子爵はニコリと微笑んで応える。


「それは今夜の夜会で分かるさ――私も準備で忙しい。

 君もそろそろ、支度をする時間だ。

 部屋に戻って着替えてきなさい」


 そう言うとミュルナー子爵は、再び使用人たちに指示を出し始めた。


 ――到着したら夜会を開くとは聞いてたけど、到着当日に?!


 何を考えてるんだろう、この人は。


 私はなんだか疲れてしまって、元来た道をとぼとぼと戻っていった。





****


 侍女に手伝ってもらいながら入浴後、シルクのドレスを身にまとい、化粧を施されて行く。


 別にお化粧なんて要らないと思うんだけど。今までだって、お化粧なんてしてこなかったし。


 ぶーぶーと文句を言っていたら、侍女が私に告げる。


「夜会は明かりが乏しいですから、少しお顔を強調する必要があるんですよ」


 さっき見た感じ、天井が高いホールにいくつものシャンデリアが付いていた。


 そこから蝋燭で照らされるだけだから、暗くなるのはわかるんだけど。でも夜の酒場も大概暗いよ?


 身なりの準備が整う頃、軽食を食べてエネルギーを補充する。


 大声で歌うのだから、空腹じゃお話にならない。


 私にとって、仕事前の食事はごく当たり前のウォーミングアップだ。


「そろそろ移動をお願いいたします」


 私は頷いて残ったパンを頬張り、よく噛んでから飲み込んだ。


 よっしゃ! と気合を入れて立ち上がり、改めて侍女を伴ってホールに向かった。





****


 私たち楽団員が案内されたのは、ホールの中にある控室。


 カーリンも赤いツーピースの服を身にまとって、準備万端だ。


 ヴィントは少し神経質になって、リュートの調整をしていた。


 アドレンガーさんがいつもの声で告げる。


「初めての夜会だが、いつも通りやろう。

 貴族が相手でも気負うことはない。

 我々らしい興行を見せるだけだ」


 私たちが頷き、心を決める――貴族たちにリーゼル楽団の力、見せてやろうじゃない!


 間もなく侍女が私たちを呼びに来た。


「お時間です。ホールへの移動をお願いします」


 アドレンガーさんが頬を両手で叩いて気合を入れた。


「よし! 行くぞ! リーゼル楽団!」


 私たちも気勢を上げて、アドレンガーさんの後に続いた。


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