8.新しい装い
それからの数日間、私たちは退屈な日々を送った。
午前の食事が終わると子爵夫人に歌を聞かせ、それが終わると庭で興行の練習をする。
アドレンガーさんは食事が終わるとどこかに出かけ、夕食間際に戻ってきた。
本当に何を調べてるんだろう。
お母さんの目撃情報なんて、一日調べ回れば終わりそうなのに。
四日目の午後、庭で変わらず練習をしている私たちのところに侍女がやってきて告げる。
「お洋服が到着しました。試着をお願いいたします」
私とカーリンは頷きあって、練習を中断して侍女について行った。
部屋の中には、トルソーにワンピースのドレスとツーピースの服が置いてあった。
ワンピースは真っ白なシルクで、ところどころ刺繍が施されてる。
これを四日で作ったの? なんだか上品で、今までより肌の露出が少ない。
肩回りやデコルテもレースで覆われていて、まるで貴族が着る服みたいな雰囲気だった。
ツーピースの服は華やかな赤で、サテンのような光沢を感じた。
少し変わったデザインのそれは、動きやすさを考慮してフレアスカートになっているみたいだ。
太めの帯には装飾が施されていて、ヘッドドレスも可愛らしい花の装飾が散らされている。
こっちも四日で仕上げたとは思えない品質だ。
侍女に手伝ってもらいながら着込んでいく――動きにくさは、感じないかな。
カーリンがその場で軽くターンをして、ふわりとスカートが舞い上がっていた。
「わぁ、軽くて動きやすいですね、この服」
侍女が私たちに告げる。
「気になるところはございますか」
私はおずおずと応える。
「いえ、問題ありませんけど……高くないんですか? こんな服の代金、払えませんよ?」
クスクスと笑う侍女が「それは贈答品、どうぞ受け取ってください」と応えた。
くれるのか……領主ってやっぱりお金持ちなんだなぁ。
侍女が「せっかくですので、旦那様にお見せに行かれてはどうですか」と言うので、私たちは頷いた。
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執務室に行くと、ミュルナー子爵は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いいね、やはり彼女は良い仕事をする。実に君に似合っているよ」
ミュルナー子爵は私しか見て居ない。カーリンの服なんて、見ようともしていなかった。
「あの、なんでこんな服なんですか? 吟遊詩人の服には見えないんですけど」
彼はニコリと微笑んで私に応える。
「王都ともなれば、貴族の家に呼ばれることも不思議ではないからね。
それに備えて服をあつらえただけさ」
そういうものなの? そりゃあ、貴族お抱えの吟遊詩人が居るって話は聞いたことあるけど。
私たちみたいな旅の楽団が呼ばれることなんて、あるんだろうか。
そもそも、なんでミュルナー子爵がそんなことを心配するんだろう。
「あの……本当にこんな高い服をもらってもいいんですか?」
「別に大して高い服じゃないよ。生地は上質のものを用意したが、この程度ではまだまだ君に相応しくない。
王都に着いたら改めて、君の服をあつらえなければね」
まだ作るの?! いったい何着作るつもり?!
私は眉をひそめてミュルナー子爵を見つめた。
「何か考えがあるのはわかりますけど、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか」
「言っただろう? 王都に着けば必然とわかることさ。
私の仕事も今日で終わる。
明日には出発するから、そのつもりでいて欲しい」
「……わかりました」
私とカーリンは執務室を辞去して、試着室に戻った。
途中の廊下でカーリンが不満げに呟く。
「私の服なんてどうでもいいって言われてる気がしました。
こんなに可愛らしい服なのに、なんででしょうね」
ミュルナー子爵は私にしか興味がない――そう見えた。
いったい、彼は何を知ってるんだろう。
私の胸のもやもやは、日増しに大きくなるばかりだ。
「あの人、きっと見る目がないのよ」
形ばかりの慰めを口にしたけど、やっぱりカーリンは不満な様子だった。
王都で、何が私を待ってるんだろう?
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元の服に着替えた私たちは、庭で待っていたヴィントに合流した。
少し荒れ気味のカーリンが不満をヴィントにぶちまけ、ヴィントも困ったように笑っていた。
「仕方ないだろう、どう見てもカーリンはティナのおまけ扱いだ。
子爵の興味がティナにしかないんだ」
「それでも! 一言ぐらいは誉め言葉があってもよくない?!」
「それは客から思う存分もらえばいいさ。大丈夫、興行すればティナと変わらないくらいカーリンだって目立つんだから」
ヴィントがリュートを鳴らし出し、渋々カーリンも踊り出した。
不満があるなら踊りで発散しろ――そういうことだろう。
私も胸のもやもやを吹き飛ばすつもりで、お腹から声を出していった。
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その日の夕食には、なんと子爵夫人の姿があった。
だいぶ血色がよくなった子爵夫人は、私に向かって微笑んで告げる。
「あなたの歌を聞いていたら、どんどん元気になっていったの。
不思議な力を持っているのね、あなたは」
アドレンガーさんが横目で私を睨んでくる――この力は私だけの秘密。だけどアドレンガーさんからはこんな風に、人前で使わないよう窘められていた。
たぶん、アドレンガーさんはこの力の事も知ってるんだろう。
私は曖昧な笑いで子爵夫人に応える。
「あはは、お元気になってよかったです」
いつもより嬉しそうなミュルナー子爵が私に告げる。
「妻を元気づけてくれて感謝するよ。これから家を空けなければならないからね。
心残りがあると、私も王都に君を送り届けにくくなるところだった」
ゴットフリート君も、今日は楽しそうに食事を食べ進めている。
やっぱりお母さんが元気になったのが嬉しいのだろう。
ミュルナー子爵がワイングラスを片手に私に告げる。
「今のうちに、今後の予定を伝えておこうと思う。
王都に着いたら、ちょっとした夜会を開く。
そこで君たち楽団に出演してもらいたい。
ドレスの代金だと思って引き受けて欲しい」
え、出演依頼? アドレンガーさんを見ると、なんだか不機嫌そうに眉をひそめていた。
「ミュルナー子爵、あんた何を考えている?」
ワインを一口飲んだミュルナー子爵が応える。
「今のままでは先が読めない。
読めないなら、読めるように場を動かしてしまえばいい。
心配はいらない。悪いようにはしないさ」
「……フン、好きにしろ」
アドレンガーさんは呆れたように小さく息をつくと、夕食を口に運びだした。
団長が応じたのだから、団員の私たちはそれに従うだけだ。
夜会での興行かー。初めてだな、そんな経験。
私は子爵夫人とゴットフリート君が楽し気に会話するのを眺めながら、黙って夕食を食べ進めた。
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翌朝、朝食を済ませた私たちは馬車の一団に乗りこんだ。
兵士たちも連れたそれは、ちょっと大袈裟過ぎるようにも感じた。
高級な六人乗りの馬車の中で、私はミュルナー子爵に尋ねる。
「どういうことなんですか? なんでこんな大所帯なんですか?」
ミュルナー子爵はニコリと微笑んで応える。
「貴族の長旅なんてこんなものさ――長いと言っても、たった一週間の旅だがね。
君たちもゆっくりと馬車の旅を楽しむといい」
ゆっくりと走り出した馬車の中から、外の景色を眺める。
今まで連れてきたラバは、子爵邸で預かってくれているらしい。
ということは、またここに戻ってこないといけないのかな。
旅の荷物も『そのままでいいよ』と言われたので、今の私たちは手ぶらに近い。
ヴィントだけはリュートを背中に抱え、彼も退屈そうに外を眺めていた。
今までが徒歩の旅だったから、馬車の旅がどんなものかも想像がつかない。
王都に着いたら興行しないといけないし、王都に巧くなじめるかもわからない。
今までみたいな生活は、難しいかもしれないな。
私たちの不安を乗せた馬車は、王都を目指して東へ向かい、朝日の中を進んでいった。