7.疑心
午後になり、仕立師がやってきて侍女たちが私とカーリンの寸法を測っていった。
カーリンは小柄なのに、一歳年上の私より肉感的でボリュームがあるように見える。
実際に採寸してみると数字でそれがわかってしまい、おもわずこぼす。
「なんで私よりスタイルが良いのに、カーリンは可憐なイメージがあるんだろう……」
カーリンがニカッと笑顔で応える。
「生まれ持っての顔面力ですね! でもティナ姉様だって、数字では大差ないですよ?
その細い身体で健康的な色香も漂わせるティナ姉様も、充分ずるいですからね?」
身長では私より小柄なカーリンと私で、体重はほとんど同じだ。
私は歌姫の中では細い方だと思うから、恵まれてる方なんだろうけどね。
歌なんて体力使うから、身体が細い人って少ないんだよね。
仕立師の女性が私たちに笑顔で告げる。
「では四日ほど頂けますか。お二人のお洋服をあつらえさせていただきます。
デザインはこちらにお任せいただいても構いませんね?」
私とカーリンが頷くと、仕立師の女性も笑顔で頷き返し、部屋から出て行った。
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私とカーリンは、また庭で興行の練習をしていた。
本番じゃないから声量は抑えめにして、旋律に歌詞を乗せて行くことに注力していく。
カーリンは練習にも関わらず、いつも通り全力だ。彼女の汗が舞い散り、きらきらと陽光を反射していた。
何曲か歌い上げて休憩していると、ヴィントがつまらなそうにため息をついた。
「なんでティナとカーリンだけが服を用意されるんだろうな」
カーリンがニヤニヤとした笑みを浮かべてヴィントに絡んでいく。
「なぁにぃ? 羨ましいの? 別にリュート奏者が目立つ服装する必要はないじゃない」
「そうだけどさ。不公平じゃないか?」
私はクスリと笑って応える。
「王都に着いたらヴィントの服も新調する? 路銀が浮いた分で、そのくらいの余裕はあるんじゃない?」
ふぅ、と小さく息をついたヴィントが応える。
「そうなったら、アドレンガーさんの服だって新調しないといけないだろ。
さすがに二人分の余裕はないと思うぞ」
カーリンがクスクスと笑いながら告げる。
「王都ならたっぷり稼げるだろうし、そのお金で新調しましょう。
……でも確かに、なんで私たちだけ服を作るのかな」
なぜ、か……楽団の看板である私やカーリンは、衣装には気を使ってきた。
質素なりに清潔に見える衣装を心がけ、傷んできたら早めに買い替えていた程度には。
ヴィントやアドレンガーさんはその割を受けて、いつも服が後回しになってた。
今回のヴィントの不満は、今までのそういった不満が表出しただけなのかもしれない。
「私、ミュルナー子爵にお願いしてみるね。安くても良いから二人の衣装を新調できないかって」
ヴィントが驚いたように声を上げる。
「ええ?! そんなお願い、聞いてもらえないよ?!」
「仕方ないじゃない。馬車で王都まで移動していたら、寄り道して興行する余裕なんてなくなるし。
服を買うお金を稼ぐ機会が奪われるなら、それくらいは要求してもいいと思うの」
私は早速立ち上がると、二人に告げる。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ」
呆れた様子の二人を庭に残し、私は子爵邸の中に戻った。
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侍女に案内されて、ミュルナー子爵の執務室を訪れた。
中で書類仕事をしてる様子のミュルナー子爵が顔を上げ、私に微笑みかけてくる。
「どうしたんだ? 何か用事かな」
「実はですね。ヴィントやアドレンガーさんの衣装を調達できないかと相談に来たんです」
ミュルナー子爵は「ふむ」と顎に手を置いて考えているようだった。
「別に必要はないと思うがね。彼らは特に不潔な格好をしている訳ではないよ」
「そこですよ、ミュルナー子爵。私やカーリンだって、不潔な格好をしていたつもりはないです。
なぜ私たちだけ、衣装を作る話になったんですか?」
「君たちは客の視線を集める。それに耐えられるようでなくてはね。
王都の人間は目が肥えてるから、君たちの今の服装ではみすぼらしく映るんだ」
本当だろうか。なんだか巧くごまかされてる気がする。
私が返答に困っていると、ミュルナー子爵がペンを置き、クスリと笑った。
「君を王都に連れて行くなら、少しは体裁を整える必要がある。
ついでに踊り子であるカーリンの服もあつらえた――これでは納得できないかな?」
「……なぜ私の体裁を整えるんですか」
ミュルナー子爵がニヤリと微笑んで応える。
「それは王都に行けば、必然とわかることだ。
時が来たら教えることもあるだろう」
それって、『教えないこともある』って言わない?
なんだかはっきりしなくて、もやもやする。
「今、教えてはもらえないんですか?」
「それをしてしまうと、私がアドレンガーに怒られてしまうからね。
彼とは協力関係を続けていきたいし、それは避けたいんだ」
アドレンガーさんが、何かを知っている?
今までそんなこと、一度も言わなかったのに。
「……わかりました。失礼しました」
私はお辞儀をしてから、執務室を後にした。
****
廊下を歩きながら、八年前のことを思い出す。
お母さんたちとはぐれた私は、敵兵が近づいてくる中で怯えて町に隠れていた。
潜んでいた路地裏に敵兵が近づいてくる気配がして――怖くて目をつぶっていた時に、目の前にアドレンガーさんが現れたんだ。
その時、優しい笑顔で『お前は私が守る。黙ってついてこれるか』って言ってくれて、そのまま町を抜け出したんだったかな。
しばらくはお母さんを一緒に探してくれたけど、一か月経っても見つけられなくて。
近くの無事な村に身を寄せて、私とアドレンガーさんの共同生活が始まったんだ。
そのうち村に住むカーリンやヴィントとも仲良くなっていったけど、村を旅立つ時も、こうして旅をしている間も、アドレンガーさんは何も言わなかった。
……なぜあのタイミングで、アドレンガーさんは私の目の前に現れたんだろう。
私を助け出してくれたのは確かだし、今までも傍で支えてくれた人でもある。
疑うような人じゃないと思うけど、過去の話はまったく教えてくれなかった。
あの人も、何か過去があるんだろうか。
私はそんなことを考えながら、カーリンとヴィントが待つ庭へ戻っていった。
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夜になり、アドレンガーさんが戻ってきた。
夕食間際だったので、話をするタイミングがつかめないまま、私たちは食卓に移動した。
アドレンガーさんが今日、どこで何をしてきたのか。なんだか気になって仕方がない。
私はおずおずと口を開く。
「アドレンガーさん、今日はどこに言ってたんですか?」
「近くの町だよ。ちょっとした情報収集さ」
「情報って、どんなですか?」
「いつも通り、君の両親の目撃情報がないかなってね」
アドレンガーさんは料理を口に運びながら、なんでもないように応えた。
いつも通りか……本当にそうなのかな。
私は思い切って聞いてみることにした。
「ねぇアドレンガーさん。あなたは何を知ってるんですか」
少し驚いた様子のアドレンガーさんが、カトラリーをテーブルに置いて私に微笑んだ。
「なぜ今それを? 今まで気にしたことなんてなかったろうに」
そう、今までは家族の一員だと思ってきた。
だけど、思い返すとなんだか不自然な気がして、どうしても気になってしまう。
「私の体裁を整えるんだって話をミュルナー子爵から聞いて、理由を聞いたら『今は教えられない』って。『アドレンガーさんに怒られるから』って」
アドレンガーさんが小さく息をついてミュルナー子爵を睨み付けていた。
「その余計な口に釘を打ち付けておけ、と言わなかったかな」
ミュルナー子爵は悪びれる様子もなく微笑んでいた。
「どうやら、釘が抜けかけていたかな? 失礼したね」
深いため息をついたアドレンガーさんが、私に微笑みながら告げる。
「私はイネスさんの知り合いだ。今はそれで我慢してくれないか」
「お母さんの? じゃあ、私を助けてくれたのは偶然じゃないってこと?」
ニコリと微笑んだアドレンガーさんは、カトラリーを手に取って食事を再開した。
……『今はそれで我慢しろ』ってことなのか。
私はもやもやを抱えたまま、黙って夕食を口に運んだ。