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久遠の歌姫  作者: みつまめ つぼみ
第1章
5/27

5.入浴

 部屋に入ろうとする私たちを、侍女が廊下で引き止めた。


「リベルティーナ様、カーリン様、ご入浴はいかがなさいますか」


 私はきょとんとして侍女に応える。


「どうもこうも……これから入るけど?」


「それではこちらへどうぞ」


 私とカーリンの背中を侍女たちが押していく。


 別室に連れて行かれそうになり、私は慌てて声を上げる。


「ちょっと待って?! お風呂はあの部屋にもあるでしょう?!」


「男性と同じ浴室を使うなど、非常識ですよ」


 いや、非常識とか言われても、今まで普通にそうやってきたんだけど……。


 戸惑う私とカーリンは、侍女たちに運ばれるままに隣室に連れ込まれた。


 そのまま侍女たちは私たちの服を瞬く間に脱がしていき、裸になった私とカーリンは広い浴室に連れ込まれて行く。


 なすがままの私たちは、訳が分からないまま侍女たちに身体を洗われていった。



 お風呂上り、椅子に座らされた私たちの髪に、侍女たちが香油をもみ込んでいく。


 ラベンダーの香りがふわりと漂い、心地良い爽快感が身体を通り抜けていく。


 カーリンが疲れたように告げる。


「なんなの、いったい……」


 私たちは用意された白いネグリジェを着せられ、ただひたすらにお世話をされていた。


 有無を言わさぬ侍女たちの真意がつかめず、私はおずおずと尋ねる。


「あのー、なんなんですか? これは」


「旦那様のご指示です。お二人はこちらの部屋にお泊り下さい」


 ええ?! そんなことを急に言われても困るよ?!


「なんで急にそんなことになったの?!」


 侍女たちは澄まし顔で私に応える。


「旦那様のご指示ですので」


 だめだ、職務忠実モードになってる……。


 ドアがノックされ、部屋の中にミュルナー子爵が入ってきた。


 彼は笑顔で私に告げる。


「突然のことで驚いているかい?」


「当たり前じゃないですか! 理由を説明してくださいよ!」


「ハハハ! 婚前の女性が異性と同じ部屋に泊まる、なんて外聞の悪いことを許可できないだけだよ」


 私は侍女の手を振り払って立ち上がり、ミュルナー子爵に告げる。


「それなら、なんで最初に四人部屋に通したんですか!」


「この屋敷で君たちに相応しい部屋は四人部屋しかなかっただけさ。

 到着早々、仲間と別室は心細いだろう?」


「それは……そうなんですけど」


 相応しい部屋ってなんだ? 別に小さな客間で充分なんだけど。


 ミュルナー子爵がにこやかに私に告げる。


「アドレンガーに聞いたが、君たちは王都を目指してるんだって?」


 私はおずおずとその問いに応える。


「はぁ、まぁ……でも、それが今、なんの関係が?」


「実はね、さきほどの子守歌のお礼に、私が君を王都まで連れて行こうと思っている。

 すぐには出発できないから、その間はこの屋敷に滞在して待っていてくれないかな」


 私は驚いて声を上げる。


「ちょっと?! どういう意味ですか?!

 連れて行ってくれるとか、準備ができるまで待ってろとか、意味わからないですよ?!」


「君は私に大切な思い出を蘇らせてくれた。そのお礼が夕食だけでは、私の気が済まない。

 私自らが君を王都まで送り届けたいが、これでも領主だからすぐに旅行なんてできないからね。

 今の仕事が片付くまで、少し待っていて欲しい」


 私は慌てて手を横に振って応える。


「大袈裟ですよ! ただの子守歌ですよ?!

 それに、私たちは旅慣れてますし、王都くらい自力で行けますから!」


 ミュルナー子爵がニコリと微笑んだ。


「それについては、私がアドレンガーに交渉して来よう。

 彼が納得すれば、君も納得してくれるだろう?」


「そりゃ、まぁ……」


「ハハハ! では、また明日」


 笑いながら去っていくミュルナー子爵を見送っていると、ふと入り口に立つ男の子に気が付いた。


 私をじっと見ている少年――確かゴットフリート君とかいったかな。


 私は彼に微笑んで告げる。


「どうしたの? 私たちに用事?」


 ゴットフリート君は慌てて両手をバタバタと動かし、真っ赤な顔で取り乱していた。


「いえ! そういう訳では! 決してあなたの顔を見に来たとか、そういう訳ではないので!」


 うーん、純真な子だなぁ。隠し事ができないタイプかな?


 侍女の一人が近寄ってきて、ゴットフリート君に告げる。


「坊ちゃま、こんな時間に女性の部屋を訪ねるなんて、マナー違反ですわよ?」


 バツが悪そうにゴットフリート君が応える。


「……父上はさきほど、見えられたではないか」


「旦那様は用事をお伝えにいらっしゃっただけです。それに不必要に長居をしてもおられません。

 顔が見たいだなんて理由で女性の部屋に来るなんて、坊ちゃまにはまだまだ早いですよ?」


「うぅ……わかったよ! ――リベルティーナ、良かったら明日、一緒に母上の下に行ってくれないか」


 なんだか随分と真面目な顔で言われてしまった。


「いいけど……お母さんに会うの? そういえば夕食には居なかったわね」


 少しうつむき気味にゴットフリート君が応える。


「母上はお身体が悪い。今はベッドに臥せっておられるからな。

 お前の綺麗な歌声を、母上にも聞かせたいと思ったのだ」


 なーんだ、それならお安い御用だ。なんせ私は歌姫、お客に歌を聞かせる職業だからね!


 私はニコリと微笑んで応える。


「ええ、いいわ。行ってあげる」


 パッと華やいだ笑顔でゴットフリート君が応える。


「本当か! ならば明日、朝食が終わったら案内しよう!」


 すっかり上機嫌になったゴットフリート君は、身を翻して恥ずかしそうにパタパタと駆けて行ってしまった。


 ……なんなんだろ? でもまぁ、お客が待ってるなら歌って見せるだけだ!


 侍女たちが再び私を飲み込み、そのまま私はマッサージの洗礼を受けて行く。


 いや気持ちがいいんだけど、なんでこんなことをする必要が?


 私とカーリンの疑問は氷解しないまま、消灯時間まで身体のお手入れを続けられた。





****


 侍女たちが立ち去った、明かりの落ちた部屋。


 慣れない柔らかいベッドで眠れずに居ると、カーリンのベッドから声が聞こえてくる。


「本当になんなんでしょうね、ティナ姉様。急にこんなもてなしなんて怪しいです」


「私もそう思うんだけど、相手は子爵とはいえ領主様だし、逆らうのもなぁ」


 ミュルナー子爵領は王都のある王領に隣接する土地だ。


 そう考えれば、多少の寄り道ぐらいは構わないと思うけど。


「あの、ティナ姉様。そちらのベッドに行ってもいいですか?」


 やっぱり寝づらいのかな? 私はクスリと笑みをこぼして応える。


「いいよ、おいでカーリン」


 窓から差し込む月光だけが部屋を照らす中、カーリンの気配が近づいてきて、そっと布団にもぐりこんできた。


「お邪魔します……」


 私にそっと抱き浮いてくるカーリンを抱きしめ返しながら、私は呟く。


「ミュルナー子爵が何を考えてるのか、さっぱりわからないわね」


「でも、何が起ころうとティナ姉様は私が守りますから!」


 私は一歳年下の妹分の額に口づけして応える。


「無理をする必要はないからね。それに私だってカーリンを守ってあげるから」


 私たちは小さく笑いあった後、お互いの体温を感じながら暗闇に意識を沈めた。





****


 翌朝、侍女たちが部屋にやって来て身支度を手伝ってくれた――なんでそこまで。


 侍女の一人が告げる。


「やはり、お洋服を早急になんとかしないといけませんね」


「なんで?! 私の一張羅に駄目だしされてる?!」


 このリネンのワンピース、お気に入りなんだけど?!


 侍女が澄まし顔で応える。


「やはり王都に行くなら、相応の出で立ちという物がございますので」


「どんなよ?! 私たち、普通の平民なんだけど?!」


「ですが、リベルティーナ様は歌姫であらせられるのでしょう? これでは説得力がありませんよ」


 そういうものなの? なんで?


 私が混乱していると侍女が告げる。


「午後から仕立師を呼びますので、採寸してしまいましょう。数日で新しい服が出来上がると思いますよ」


「はぁ……」


 つまり、そのくらいは滞在してろってことか。


 私はこれから何が起こるのか、わけがわからず困惑しながらカーリンとダイニングに向かった。


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