5.入浴
部屋に入ろうとする私たちを、侍女が廊下で引き止めた。
「リベルティーナ様、カーリン様、ご入浴はいかがなさいますか」
私はきょとんとして侍女に応える。
「どうもこうも……これから入るけど?」
「それではこちらへどうぞ」
私とカーリンの背中を侍女たちが押していく。
別室に連れて行かれそうになり、私は慌てて声を上げる。
「ちょっと待って?! お風呂はあの部屋にもあるでしょう?!」
「男性と同じ浴室を使うなど、非常識ですよ」
いや、非常識とか言われても、今まで普通にそうやってきたんだけど……。
戸惑う私とカーリンは、侍女たちに運ばれるままに隣室に連れ込まれた。
そのまま侍女たちは私たちの服を瞬く間に脱がしていき、裸になった私とカーリンは広い浴室に連れ込まれて行く。
なすがままの私たちは、訳が分からないまま侍女たちに身体を洗われていった。
お風呂上り、椅子に座らされた私たちの髪に、侍女たちが香油をもみ込んでいく。
ラベンダーの香りがふわりと漂い、心地良い爽快感が身体を通り抜けていく。
カーリンが疲れたように告げる。
「なんなの、いったい……」
私たちは用意された白いネグリジェを着せられ、ただひたすらにお世話をされていた。
有無を言わさぬ侍女たちの真意がつかめず、私はおずおずと尋ねる。
「あのー、なんなんですか? これは」
「旦那様のご指示です。お二人はこちらの部屋にお泊り下さい」
ええ?! そんなことを急に言われても困るよ?!
「なんで急にそんなことになったの?!」
侍女たちは澄まし顔で私に応える。
「旦那様のご指示ですので」
だめだ、職務忠実モードになってる……。
ドアがノックされ、部屋の中にミュルナー子爵が入ってきた。
彼は笑顔で私に告げる。
「突然のことで驚いているかい?」
「当たり前じゃないですか! 理由を説明してくださいよ!」
「ハハハ! 婚前の女性が異性と同じ部屋に泊まる、なんて外聞の悪いことを許可できないだけだよ」
私は侍女の手を振り払って立ち上がり、ミュルナー子爵に告げる。
「それなら、なんで最初に四人部屋に通したんですか!」
「この屋敷で君たちに相応しい部屋は四人部屋しかなかっただけさ。
到着早々、仲間と別室は心細いだろう?」
「それは……そうなんですけど」
相応しい部屋ってなんだ? 別に小さな客間で充分なんだけど。
ミュルナー子爵がにこやかに私に告げる。
「アドレンガーに聞いたが、君たちは王都を目指してるんだって?」
私はおずおずとその問いに応える。
「はぁ、まぁ……でも、それが今、なんの関係が?」
「実はね、さきほどの子守歌のお礼に、私が君を王都まで連れて行こうと思っている。
すぐには出発できないから、その間はこの屋敷に滞在して待っていてくれないかな」
私は驚いて声を上げる。
「ちょっと?! どういう意味ですか?!
連れて行ってくれるとか、準備ができるまで待ってろとか、意味わからないですよ?!」
「君は私に大切な思い出を蘇らせてくれた。そのお礼が夕食だけでは、私の気が済まない。
私自らが君を王都まで送り届けたいが、これでも領主だからすぐに旅行なんてできないからね。
今の仕事が片付くまで、少し待っていて欲しい」
私は慌てて手を横に振って応える。
「大袈裟ですよ! ただの子守歌ですよ?!
それに、私たちは旅慣れてますし、王都くらい自力で行けますから!」
ミュルナー子爵がニコリと微笑んだ。
「それについては、私がアドレンガーに交渉して来よう。
彼が納得すれば、君も納得してくれるだろう?」
「そりゃ、まぁ……」
「ハハハ! では、また明日」
笑いながら去っていくミュルナー子爵を見送っていると、ふと入り口に立つ男の子に気が付いた。
私をじっと見ている少年――確かゴットフリート君とかいったかな。
私は彼に微笑んで告げる。
「どうしたの? 私たちに用事?」
ゴットフリート君は慌てて両手をバタバタと動かし、真っ赤な顔で取り乱していた。
「いえ! そういう訳では! 決してあなたの顔を見に来たとか、そういう訳ではないので!」
うーん、純真な子だなぁ。隠し事ができないタイプかな?
侍女の一人が近寄ってきて、ゴットフリート君に告げる。
「坊ちゃま、こんな時間に女性の部屋を訪ねるなんて、マナー違反ですわよ?」
バツが悪そうにゴットフリート君が応える。
「……父上はさきほど、見えられたではないか」
「旦那様は用事をお伝えにいらっしゃっただけです。それに不必要に長居をしてもおられません。
顔が見たいだなんて理由で女性の部屋に来るなんて、坊ちゃまにはまだまだ早いですよ?」
「うぅ……わかったよ! ――リベルティーナ、良かったら明日、一緒に母上の下に行ってくれないか」
なんだか随分と真面目な顔で言われてしまった。
「いいけど……お母さんに会うの? そういえば夕食には居なかったわね」
少しうつむき気味にゴットフリート君が応える。
「母上はお身体が悪い。今はベッドに臥せっておられるからな。
お前の綺麗な歌声を、母上にも聞かせたいと思ったのだ」
なーんだ、それならお安い御用だ。なんせ私は歌姫、お客に歌を聞かせる職業だからね!
私はニコリと微笑んで応える。
「ええ、いいわ。行ってあげる」
パッと華やいだ笑顔でゴットフリート君が応える。
「本当か! ならば明日、朝食が終わったら案内しよう!」
すっかり上機嫌になったゴットフリート君は、身を翻して恥ずかしそうにパタパタと駆けて行ってしまった。
……なんなんだろ? でもまぁ、お客が待ってるなら歌って見せるだけだ!
侍女たちが再び私を飲み込み、そのまま私はマッサージの洗礼を受けて行く。
いや気持ちがいいんだけど、なんでこんなことをする必要が?
私とカーリンの疑問は氷解しないまま、消灯時間まで身体のお手入れを続けられた。
****
侍女たちが立ち去った、明かりの落ちた部屋。
慣れない柔らかいベッドで眠れずに居ると、カーリンのベッドから声が聞こえてくる。
「本当になんなんでしょうね、ティナ姉様。急にこんなもてなしなんて怪しいです」
「私もそう思うんだけど、相手は子爵とはいえ領主様だし、逆らうのもなぁ」
ミュルナー子爵領は王都のある王領に隣接する土地だ。
そう考えれば、多少の寄り道ぐらいは構わないと思うけど。
「あの、ティナ姉様。そちらのベッドに行ってもいいですか?」
やっぱり寝づらいのかな? 私はクスリと笑みをこぼして応える。
「いいよ、おいでカーリン」
窓から差し込む月光だけが部屋を照らす中、カーリンの気配が近づいてきて、そっと布団にもぐりこんできた。
「お邪魔します……」
私にそっと抱き浮いてくるカーリンを抱きしめ返しながら、私は呟く。
「ミュルナー子爵が何を考えてるのか、さっぱりわからないわね」
「でも、何が起ころうとティナ姉様は私が守りますから!」
私は一歳年下の妹分の額に口づけして応える。
「無理をする必要はないからね。それに私だってカーリンを守ってあげるから」
私たちは小さく笑いあった後、お互いの体温を感じながら暗闇に意識を沈めた。
****
翌朝、侍女たちが部屋にやって来て身支度を手伝ってくれた――なんでそこまで。
侍女の一人が告げる。
「やはり、お洋服を早急になんとかしないといけませんね」
「なんで?! 私の一張羅に駄目だしされてる?!」
このリネンのワンピース、お気に入りなんだけど?!
侍女が澄まし顔で応える。
「やはり王都に行くなら、相応の出で立ちという物がございますので」
「どんなよ?! 私たち、普通の平民なんだけど?!」
「ですが、リベルティーナ様は歌姫であらせられるのでしょう? これでは説得力がありませんよ」
そういうものなの? なんで?
私が混乱していると侍女が告げる。
「午後から仕立師を呼びますので、採寸してしまいましょう。数日で新しい服が出来上がると思いますよ」
「はぁ……」
つまり、そのくらいは滞在してろってことか。
私はこれから何が起こるのか、わけがわからず困惑しながらカーリンとダイニングに向かった。