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久遠の歌姫  作者: みつまめ つぼみ
第1章
3/27

3.運命の交差点

 私たちは早朝に、朝市で食料を仕入れてから町を出発した。


 食料はほとんど一頭のラバに乗せて移動している。


 尤も、自分の寝具なんかは自分が持ってるので、ラバに乗せる荷物は炊事道具くらいだ。


 てくてくとラバを中心にして四人で歩きながら、次の町を目指す。


 最終目的地は王都なので、ここから北東へ向かわなければいけない。


 けれど道はまっすぐ伸びてはくれない。


 王都までの間にラウシュ・ギッフェルが横たわるからだ。


 小さな山脈を迂回するため、私たちは街道を東へ向かって歩いていた。



 日が高くなり、そろそろお昼にしようか――そう言いだそうと思った頃。


 道の向こうで、立ち往生をしている馬車が見えた。


 どうやらぬかるみに車輪がはまってしまい、立ち往生しているらしい。


 御者が一人で頑張っているけど、動かせないでいるみたいだ。


 アドレンガーさんが遠くを見て告げる。


「……ヴィント、一緒に来い。手伝いに行くぞ」


「ええ?! 俺もですか?!」


「つべこべ言わずに走れ!」


 アドレンガーさんはヴィントの腕を引っ張るように走っていき、御者の手伝いを始めた。



 私とカーリンがラバを連れて馬車に辿り着く頃になっても、車輪は穴から抜け出せていなかった。


「中の人間は手伝わないのか?!」


「旦那様のお手を煩わせる訳には参りません!」


 アドレンガーさんの悲鳴のような疑問は、御者の矜持を持った強い言葉で否定されてしまった。


 ……正直、中に乗ってる人が降りれば、それだけ早く抜け出せると思うんだけど。なんで降りないのかな?


 私は小さな声で『馬車は綿のように軽くなり~』と魔力を込めて口ずさんだ――途端、馬車ががたんと勢いよく動き出し、ぬかるみから脱出していた。


 中で誰かが転げたような音が聞こえたけど、この際だから無視してしまおう。


 ちゃんと外に出て手伝って居れば、転ばずに済んだんだし。自業自得だ。うんうん。


 御者が慌てて馬車の扉を開け、中に声をかける。


「大丈夫でございますか! 旦那様! 坊ちゃま!」


 ……二人も乗ってたの? 貴族かな。貴族って何を考えてるんだろう。


 御者を押しのけるように、中から一人の壮年の男性と一人の少年が降りてきた。


 険しい目ととんがった顎は、なんだか神経質そうだ。


 おでこにたんこぶができているので、きっとさっきぶつけたのだろう。


 壮年の男性が私たちに告げる。


「最後に強く押したのは誰だ」


 御者が恐る恐る手を挙げた。


「私でございます……」


 壮年の男性の眉がぴくりと高く上がった。


「お前が最後に? あれほど押しても引いても動かせなかったお前が、あれほど大きく動かせたと?」


 御者も困惑しながら応える。


「はぁ、それが何故か、最後の一押しをした時は羽のように軽く感じまして……」


 額にたんこぶを作った少年が私たちを見て、口を開く。


「父上、見慣れぬ者たちが居ます。彼らの仕業では?」


 壮年の男性が私とカーリンを見て告げる。


「では、お前たちのどちらかが何かをやった――間違いないか」


 うーん、これはどう返事をしたらいいのかな。


「私もカーリンも、馬車には指一本触れてませんよ?」


 しばらく壮年の男性と私の睨み合いが続いた――やがて、男性が諦めたように口を開く。


「叱りつけようと思っているのではない。礼を言おうと思っているだけだ。

 お前たち、我が屋敷に来るがいい。今夜の夕食を馳走してやる」


 アドレンガーさんが、ニヤリと微笑んで応える。


「そういうことなら応じてやるさ。屋敷の場所はどこだ?」


「この道をまっすぐ行けば、門が見える」


「オーケー、了解した。夜までにはあんたらの屋敷に辿り着こう」


 頷いた壮年男性が、口を開く。


「私はフロリアン・ミュルナー。子爵位を賜っている。

 もし迷ったら、ミュルナー子爵邸への道を聞くがいい」


 それだけ言い残し、ミュルナー子爵とミュルナー子爵令息は、馬車に乗りこんでしまった。


 御者が扉を閉め、御者席に急いで飛び乗ると、手綱を操って馬車を走らせていった。



 馬車を見送りながら、ヴィントが告げる。


「あの坊主、ティナの顔に見惚れてたな」


「え? そうなの? 全然気が付かなかったけど」


 だいたい十二歳くらいの少年だった気がする。三歳年上の私じゃ、見惚れるにしても年上過ぎないかな?


 アドレンガーさんが元気に告げる。


「まぁいいじゃないか。晩飯で肉にありつけるぞ! 巧く行けば寝床もだ! さぁ、サクサクと進もう!」


 私とカーリンは元気に、ヴィントは疲れた声で声を出し、再び前に歩きだした。





****


 夕日が森の向こうに沈み始める頃。私たちはミュルナー子爵邸らしき場所に辿り着いた。


 アドレンガーさんが門を守る衛兵に尋ねる。


「ここがミュルナー子爵邸であってるかい? さっき馬車を助けた者なんだが」


 衛兵がジロリとアドレンガーさんをねめつけて応える。


「お前は何者だ? 名を名乗れ」


 アドレンガーさんがニヤリと微笑んで告げる。


「私はアドレンガー。リーゼル楽団の団長をしている」


 衛兵たちはアドレンガーさんに槍を突き付け、しばらく見定めているようだった。


「……いいだろう。取り次いでやる」


 もう一人の衛兵が屋敷に向かって走っていき、使用人に何かを話しているようだった。


 使用人が屋敷の中に駆け込んでしばらくすると、再び顔を出して衛兵たちに頷いた。


「……旦那様がお呼びだ。付いて来い」


 私たちは、衛兵たちに続いてミュルナー子爵邸に足を踏み入れた。





****


 ラバを屋敷の使用人に預け、私たち四人は屋敷の廊下を歩いていた。


 衛兵に前後を挟まれながら、ふと思う。


「今この瞬間、門はガラ空きなんじゃない? 大丈夫なの? 防犯上」


 衛兵が鬱陶しそうに私に応える。


「ええい、代わりの者くらい居る! お前たちに心配されるようなことじゃない!」


「そう? ならいいんだけど」


 衛兵たちに案内されたのは、応接間だった。


 子爵様のおうちの応接間は、無駄に広くて四人くらいは余裕で入れる。


 中に居るミュルナー子爵がソファから立ち上がり、私たちに告げる。


「よく来たな。お前たちの名を聞いておいても良いか」


「アドレンガー。楽団の団長をしている」


「ヴィルヴェルヴィント・ノウバウアー。リュート奏者だ」


「カーリン・ノウバウアー。踊り子よ」


 私はコホンと咳払いをしてから、笑顔で告げる。


「リベルティーナ・エルデンフェルン。ただの歌姫よ」


 ミュルナー子爵が私の顔をまじまじと見つめ、尋ねてくる。


「リベルティーナ、お前の親もそのような髪色や瞳の色をしていたのか」


 突然なんの話だろう?


「いえ? 両親は別の色ですね。祖父母までは聞いてないので知りませんけど」


「では……昼間の馬車を動かした技。あれは君がやったのかね?」


 私はドキッとしながらも平静を装い、応える。


「なんのことでしょう? 私たちは馬車には指一本触れてませんよ?」


 ミュルナー子爵が楽しそうに微笑みながら口を開く。


「――歌声に魔力を込められる、そんな一族が辺境に居るという」


 心臓が掴み取られるかと思うほど収縮し、私の顔から表情が抜け落ちたのがわかった。


 それは、今まで誰にも口外しなかったこと。お母さんから『誰にも言わないように』と教わった秘密。


 私の表情を観察したミュルナー子爵が、クスリと微笑んで私に告げる。


「……そんな話を、昔聞いたことがあるだけだよ。

 君らは私の恩人だ。今日は夕食を振る舞うから、ゆっくり泊っていって欲しい」


 私が強張った顔で頷くと、女性が「お部屋へご案内します」と告げた。


 私たちは彼女に案内されるまま、客間へと向かった。


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