24.挑戦状
私は今朝も朝市のバイトを終えると、馬車に戻って野外音楽堂へと向かった。
馬車の中でアドレンガーさんが微笑みながら告げる。
「お前はそうやってバイト代を稼いでいるが、何に使っているんだ?」
「んー、使い道がないから、部屋にため込んでるよ。
どうせなら旅を再開する時の資金にしようと思ってたけど、もうその必要もないんでしょ?
今度、町の教会にでも寄付しようかな」
「ま、それは賜与式が終わった後にしておけ。
貴族になってから寄付をした方が、民衆の心証が良くなる。
どうせ金を使うなら効果的に使うべきだ」
お金で好感を買おうって話?
私は眉をひそめて応える。
「私、そんな嫌らしい気持ちで寄付なんてしたくないけど」
アドレンガーさんが肩をすくめて応える。
「お前が稼いだ金だ。それなら、お前が好きに使えばいいさ。
だが教会に行く時もきちんと護衛を付けるからな」
「はーい」
馬車の外を見ると、十二人の騎士たちが馬で馬車に並走してる。
今やすっかり大所帯で、目立ってしょうがない。
「ふぅ。貴族って大変だね。毎朝これじゃ、商人たちの邪魔にならないかな」
「その心配はいらないさ。もうお前が朝市のバイトをすることもない。
特別称号を賜与されたら、お前は伯爵相当だ。
そんな人間が朝市でバイトなど、貴族社会が許さないからな」
「うへぇ~。顔なじみもいっぱいできたのにー」
私はハッとしてアドレンガーさんに尋ねる。
「もしかして、夜の酒場に行くのも駄目とか?!」
「もちろんそうなる。私が代わりにイネス様の噂を探りにはいくが、ティナ本人は行くべきじゃない。
少なくとも、酒場で歌ってチップをもらうなどは品位がないとみなされる」
私は声も出せずにうなだれた。
想像以上に窮屈だな、貴族って。
「じゃあ、どうやって新しい歌を仕入れたらいいのよ……」
「社交界の噂から、自分で作るしかないだろう。
イネス様はそうやって歌を作っていたのだから、お前にできない理由はないさ」
自分で歌を作るか……それは教わってなかったなぁ。
それでもなんとか覚えないと、みんなに飽きられちゃうし。
なんだか課題がいっぱいだ。大丈夫かなぁ?
憂鬱な私の心を乗せて、馬車は野外音楽堂前の広場に入っていった。
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ヴィントやカーリンと合流し、私たちはステージに向かって野外音楽堂の通路を降りて行く。
「なぁティナ、いつまで朝練を続けるんだ?
もう社交シーズンも終わったし、朝も冷え込む。喉には悪いぞ?」
そうなんだよねぇ。なんとなく習慣で続けて来てるけど、しばらく出演依頼もないし。
「まぁ、賜与式では歌うから、それまでかな」
カーリンが少し肌寒そうに告げる。
「そのくらいまでなら我慢できるけど、この音楽堂は冷えるのよね。
踊り子の衣装だと、ちょっと寒いわ」
ヴィントがため息交じりで告げる。
「動いて身体を温められる分、カーリンはマシだろ。
石造りの椅子に腰を下ろしてリュートを弾き続けるとか、寒くて大変だよ」
そうか、みんなそろそろ苦しいのか。
残り二週間だけど、早めに屋内練習場を用意した方が良いのかなぁ。
アドレンガーさんが私に告げる。
「こうなったら、王宮の練習室を借りるのも手だがな。
小さな部屋だが、身体を冷やすこともない。
宮廷楽団ならだれでも使えるから、使いたいなら申請を出しておくぞ」
なるほど、そんな部屋もあるのか。
「んー、そういうことなら、明日からそっちに移ろうか。
みんなが風邪を引いたら元も子もないし」
アドレンガーさんが頷いて応える。
「よしわかった。午後になったら申請を出して来よう」
合意が取れた私たちは、さっそく午前の練習を開始した。
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国王の執務室に呼ばれたミュルナー子爵が、困惑しながら国王と相対していた。
「歌唱対決、ですか」
国王が悩みながら頷いた。
「ローゼン・シュラーク楽団から、賜与式で歌いたいという要望が届いた。
『久遠の歌姫』の賜与式で歌を披露するのを許可するべきか、悩んでいる。
ティナが歌で後れを取るとも思えないが、万が一があっても困る」
一度は完全な敗北を喫したローゼン・シュラーク楽団の歌姫エリザベートが、リベルティーナの実力を知った上で出演を希望した。
無策で同じ轍を踏むわけがない。何かしらの対抗策を持ち込んでくると見るべきだろう。
ミュルナー子爵も難しい顔で考えを巡らせた。
「エリザベート嬢はプライドの高い令嬢です。
勝ち目のない勝負は、まず挑まないはず。
前座とはいえ歌を披露するなど、まず考えられませんが」
国王が懐から、ローゼン・シュラーク楽団から届いた書類を取り出し、机の上に置いた。
「見ての通り、彼女直筆と見られる嘆願書だ。
『名誉挽回のチャンスが欲しい』と記されている。
勝機を見出しているのは間違いがないだろう」
ミュルナー子爵が書面を確認しながら応える。
「確かに彼女の筆跡に見えます。
しかし、許可をしない訳にも行きますまい。
国家公認の歌姫が勝負から逃げたなどと言われる訳にもいきません」
国王が深いため息をついた。
「やはりお前もそう思うか。
……彼女の『勝機』を探れないか、調べてみよう」
「対抗策があるので?」
「今はない。だからこそ探るのだ」
ミュルナー子爵と国王が頷きあい、ミュルナー子爵が立ち上がった。
「私も独自に調査をしてみましょう。間に合うと良いのですが」
立ち去るミュルナー子爵の背中を見つめながら、国王が独り言ちる。
「……あるいは、あの牧歌的な歌が救いとなるやもしれんがな」
だが賜与式で民謡を歌うなど、聞いたことがない。
貴族たちがそれを受け入れるかどうかは未知数だ。
国王は再び深いため息をついて、ソファから立ち上がり公務を再開した。
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エリザベートは自宅の練習室で動揺しながら告げる。
「ああ、今頃陛下があの手紙を見てますわ。
なんて無謀な真似をしてしまったのかしら。
ただの前座ならまだしも、あれでは挑戦状も等しいというのに」
ディーヴァが小さく息をついて告げる。
「今さら怖気づいてどうするの?
ティナに勝ちたいのでしょう?
だからこそ私が指示した通りの手紙を陛下に送った――違う?」
「それはそうなのですが! それにしたって時間が足りなすぎますわ!」
ディーヴァが両手を打ち鳴らしてから告げる。
「後悔する暇があったら、もう一度最初からやり直しますよ。
――はい、まずは笑顔! 自分が楽しい気持ちになりなさい!」
言われた通りにエリザベートが微笑みを作ると、ディーヴァが静かに首を横に振った。
「そんな気取った笑みじゃ駄目よ。今は貴族であることを忘れなさい。
子供の頃の、純粋に歌が好きだった自分を思い出して。
自分の中から、楽しさや喜びを見出すのよ」
その異様な練習風景は、エリザベートにとって初体験だった。
小さい頃から厳しい技巧の訓練ばかりを繰り返してきたエリザベートに、楽しく歌った記憶などない。
だが確かに、エリザベートにも『歌が楽しい』と思える時間があったはずなのだ。
彼女は深く深く、記憶を漁りながら幼い日々を思い出していった。




