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久遠の歌姫  作者: みつまめ つぼみ
第1章
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1.旅の一座

 小さな宿場町の酒場で、一人の少女が歌っていた。


 周囲から『ティナ』と呼ばれる少女、リベルティーナは歌姫だった。


 ショートボブの髪の毛は酒場の灯りを照らし返し、滑らかな白金髪が艶やかに輝いている。


 百五十五センチの身長で背筋を伸ばし、伸び伸びと腹から声を出していた。


 その白いリネンのワンピースから飛び出ている肩やデコルテは、十五歳とは思えない健康的な色香を漂わせている。


 明け方の太陽のように燃えるような茶金色ちゃきんいろの瞳は、等しく酒場の客たちを視界に納めていた。


 彼女の喉が奏でる明るい恋の歌に、酒場の客たちは酔いしれるように耳を傾けている。


 やがて少女が歌い終わると、客たち全員が一斉に拍手で歌姫を褒め称えた。



 ――ふぅ、今夜もなんとか、ノルマ達成ね。


 飛び交うチップを受け止めながら、私は笑顔でみんなに手を振った。


 リュート弾きのヴィントも、楽器を置いてチップを帽子の中にかき集めていく。


 これで明日の食費と宿代は確保できた。


 ここからはボーナスタイムだ。


 ある客が「今度は静かな歌を頼む!」と金貨を一枚投げ渡してきた。


 私はそれを二本の指で受け取ると、うやうやしく頭を下げてお辞儀をする。


 金貨をそっとテーブルの上に置き、ゆっくりと無伴奏で喉を奏でていく。


 遠い異国の悲恋を綴る、そんな悲しい歌を、情感を込めて歌いあげた。


 切ない最後の一節が終わると、酒場の中はすっかりしんみりとした空気に支配されていた。


 ――パチパチと、まばらな拍手から始まり、やがて店中が揺れるほどの拍手が私に浴びせられた。


 私は笑顔で拍手を受け止めながら、みんなのおひねり(チップ)を身体に浴び続けた。


 ヴィントはひたすら、チップを拾い集め続けていた。





****


 私は酒場のステージを別の吟遊詩人に譲りながら、酒場のカウンターにヴィントと共に移動した。


 カウンターでお水を頼み、ゆっくりと喉を湿らす。


 酒場の主人が不思議そうに告げる。


「酒は飲まないのか? 一杯くらいならおごらせてくれ。あんたのおかげで、今日は客が大満足だ」


 私はコップをカウンターに置いて応える。


「お酒は飲まないの。喉が焼けてしまうからね」


 酒場の主人が残念そうに眉をひそめた。


「そうか……それじゃあ、このフルーツでも食べてくれるか」


 彼が出してくれた柑橘類の盛り合わせを、私は笑顔で受け取った。


「ありがとう! いただくわね――ヴィント、あなたも食べなさいよ」


 ヴィントはもらったチップをカウンターに積み終ると、丁寧に数え始めた。


「数え終わったら頂くよ」


「豆なのね。じゃあ先に食べるわよ?」


 私はフォークを柑橘類の切れ端に刺すと、そのまま口に放り込んだ。


 ふわりと鼻孔に柑橘類独特の香りが広がると同時に、ジューシーな甘みが口の中に広がり、喉を潤していく。


 私は酒場の主人に尋ねてみる。


「ねぇ、最近なにか変わった噂を聞いたことがないかしら」


 酒場の主人が腕を組んで首を傾げた。


「噂なぁ……これといって何もないんじゃないか? 平和一辺倒だよ」


 こうして噂を蒐集しゅうしゅうするのも、仕事の内だ。


 私たち吟遊詩人は噂話を歌にして紡いでいく。


 旅をしながら各地で歌っていくことで、情報の伝達を助けていく――そんな職業だからだ。


「じゃあ、綺麗な歌姫の噂を聞いたことはないかな。

 オレンジの長い髪で、琥珀色の瞳をした美人の歌姫なんだけど」


「ええ~? そんな目立つ人が歌っていたら、まず覚えてると思うけどなぁ?」


 ……つまり、この町にもお母さんは立ち寄って居ない、ってことか。


 私は目立たないようにため息をつき、何気なく酒場を見回した。


 先ほどまで熱狂していた客たちは落ち着きを取り戻し、新しい吟遊詩人の歌など誰も聞いてはいない。


 『無音でなければいい』程度の、それだけの価値しか認めていない。そんな様子だ。


 私たち吟遊詩人は厳しい商売だ。


 人に受ければ脚光を浴びる反面、そうでなれなければ、ああして誰からも見られることがない。


 ――私もいつか、ああなるんだろうか。


 不安を感じながら、私はコップのお水を飲み干した。





****


 酒場の主人が「おつかれ!」と別れの言葉を投げかけてくれて、私は背中でそれを受け止めた。


 私とヴィントは部屋に戻り、ドアをノックしてから中に入る。


 中には妹分のカーリンと団長のアドレンガーさんが椅子に座って待っていた。


 カーリンが笑顔で私に飛びついてくる。


「お帰りなさい! 歌、ここまで聞こえてましたよ!」


「そう? どうだった?」


「もっちろん! サイッコーでした!」


 カーリンはまだ十四歳、未成年だ。あまり夜の酒場に出没してよい年齢じゃない。


 だから夜間はこうして、アドレンガーさんがカーリンの護衛を兼ねて、部屋で待機してくれている。


 ヴィントが小さく息をついて告げる。


「カーリン、あまりティナに迷惑をかけるな」


「何よ! ヴィントの方が迷惑をかけてるんじゃないの?!」


 私は二人の間に入って喧嘩を仲裁する。


「まぁまぁ、抑えて抑えて」


 困った兄妹だなぁ、この二人。大人しい兄に元気な妹か。


 ヴィントこと、ヴィルヴェルヴィントはリュート奏者。私の伴奏をしてくれている。


 カーリンは踊り子で、昼間なら歌と音楽に合わせて踊って盛り上げてくれる子だ。


 アドレンガーさんは……団長という肩書以外、芸をしているところを見た事はない。


 だけど伝手を使って何かを手配するのは得意なようなので、裏方仕事をしてるのだろう。


 これが私たち、リーゼル楽団の全メンバーだ。


 アドレンガーさんが両手を打ち鳴らして告げる。


「今夜ももう遅い。寝てしまうとしよう」


 私たちは頷いて、ベッドの中に潜り込んだ。





****


 朝になって目が覚め、入浴の準備をする――他のみんなは、まだ寝てるみたいだ。


 脱衣所に入って服を脱ぐと、浴室に入って寒さに身を凍えさせる――すぐに春の歌を歌い、部屋に暖かさを呼び込んだ。


 私が『温かいお湯が』と口にすれば、実際に浴槽の中の水がお湯に変わる。


 見る間に湯気で温かくなった浴室の中で、私はゆっくりと浴槽に身体を沈める。


 ――そう、私の言葉には力がある。歌に魔力を乗せて紡いだ言葉は、その通りになるのだ。


 もちろんできることには限りがあるし、人の心を操るのはとても難しい。


 だけどこんな朝、お湯を沸かして来なくて良いというのは大変素晴らしいことだと思う。


 ゆっくりと身体を温め、身体を洗い流し、髪の毛の汚れも荒い落としてから浴室を出る。


 バスタオルで身体を拭き、コットンの下着とリネンのワンピースを身にまとってから脱衣所を出た。


「おはようございます、ティナ姉様。今日もお早いですね」


「おはよう、カーリン。まだお湯は温かいわよ?」


 早速カーリンが入れ違いでお風呂に入って行く。


 私の直後、一人くらいならお湯が間に合う。大抵その一人はカーリンが奪い取っていった。


 残った男性陣は、改めてお湯を汲んできて入ってもらうことになる。


 私が短い髪の毛をタオルで乾かしていると、カーリンも脱所から出てきた。


 寝ている男性陣に、二人で声を駆けて行く。


「アドレンガーさん、朝ですよ」


「ん……そうか」


 パチリと目を覚ますアドレンガーさんはさすがだ。


 一方でヴィントは寝ぼけているところを、カーリンが馬乗りになって拳で顔面を殴り起こしていた。過激な兄妹だと思う。





****


 宿屋の人が持ってきた朝食が済むと、私は席を立ちあがって告げる。


「じゃあ私は朝市に行ってくるね」


 時刻は午前の七時前。まだまだ朝市が賑わう時間だ。


 私は一人、荷物の入ったポーチを腰に付けると、コットンのケープをまとって部屋を飛び出した。


 背後ではカーリンが「私も連れて行ってください」と、悲痛な声を上げていた。


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