たった1つの
カズラが客室に戻る。アレクシアが彼の姿を見て、満面の笑みを浮かべた。
「カズラ様……!」
彼女が勢いよく椅子から立ち上がる。彼は目を細めて口を開いた。
「姫様はもう少し、王族にふさわしい優雅さを身につけられた方がよろしいかと思いますが」
「だって私は、カズラ様にお会いしたくてここに来ましたのよ? 2人でゆっくりお話できると思って、嬉しくなってしまって……」
アレクシアがカズラにすり寄る。カズラは彼女の頭を撫でた。遠くで見ていたティルターシャが、遠慮がちに声をかける。
「ねえ、ユーは? ユーが迎えにいったから、帰ってきたんだよね?」
「いや、見事に振られてしまったから、ばつが悪くて逃げてきたんだよ。彼女なら、後からここに来るんじゃないかな」
「振られたのね! でしたら私と婚約してくださいな。お父様には話を通しておきますわ」
アレクシアが楽しそうに笑っている。カズラは柔らかな笑みのまま、首を横に振った。
「何度振られたとしても、僕は彼女を愛しているのです。ですから、王女様のその提案を受け入れることはできません」
「もう……どうしてあなたほどの人が、彼女にこだわり続けるの? 生まれる前のことなんて、今はもうどうでもいいでしょう?」
アレクシアはカズラの頬に手を添えて微笑んだ。まるで薔薇の花が開くような、鮮やかで美しい表情。それは、自分の美しさを理解している女の顔だった。けれどカズラは冷たい表情になって、彼女を突き放した。
「あなたもユールリアも、何も分かっていないのですね」
低い声。冷ややかなまなざし。アレクシアが戸惑ったような様子で彼を見る。彼は口の端を笑みの形に歪めて告げた。
「あなたの言う生まれる前の出来事は、僕にとっては単なるきっかけに過ぎない。……僕は昔から、彼女のことだけを見ていたんです。転生したことを知らなかったとしても、過去のことを覚えていなかったとしても……僕はきっと、彼女を得たいと思っていた。あの子だけなんです。僕が愛し、共に居たいと望むのは」
ティルターシャがオスヴァルトの腕を掴んで、小声で呟く。
「ねえオズ、怖いよ。ユーがとんでもないことに巻き込まれてるみたいで……」
「大丈夫だ。いざとなったら、私が守る。もっとも、そんなことにはならないと思うがな」
オスヴァルトが扉の方に視線を向ける。ティルターシャもつられてそちらを見た。扉が開いて、小さな少女が入ってくる。ユールリアだ。その姿が見えた瞬間に、カズラの雰囲気が和らぐ。アレクシアは不満げな表情になって顔を背けた。




