一方その頃
同時刻。オスヴァルトの部屋。部屋の隅で座り込んでいたカズラの前に、ユールリアが姿を見せた。
「君は王女様と話すのに忙しいんじゃなかったの?」
カズラが低い声で呟く。ユールリアは彼と目を合わせるために座って、笑顔で彼に話しかけた。
「だって、王女様が葛くんのことを気にしていたんだもの。ずいぶんと好かれているようで何よりだわ」
「仕方ないだろう? 彼女に気に入られないと、王家との繋がりができなかったんだから」
「あら、そんなことのために王女様の初恋を奪ったの? 思ったより酷い男なのね」
「……僕が愛しているのは君であって、王女様ではないからね」
「それでいいの?」
ユールリアが真剣な表情になって言葉を発する。カズラはそれまでよりも低い声で告げた。
「逆に聞くけど、君は僕が王女様と婚約してもいいと思っているの?」
2人が一瞬睨み合う。そして同時にため息をついて目をそらした。
「私のことなんて考えず、葛くんにはこの世界で幸せになってほしいのよ」
「僕の幸せは君と結婚することだよ。君は違うのかもしれないけれど」
ユールリアは何も言わない。カズラはそんな彼女を見て苦笑を浮かべた。
「……まあ、僕が君にこだわっているだけだからね。君は何も悪くないよ」
ユールリアが拳を握る。カズラはその手に自分の手を重ねて、彼女の耳元で囁いた。
「僕は先に戻るよ。だけど覚えておいて。僕にとっての唯一は、ここにいる君だけなんだって」
その言葉を残して、彼は部屋から出ていった。ユールリアは彼がいなくなるまで、ずっと顔を上げられなかった。扉が閉まる音が聞こえて、彼女はやっと声が出せた。
「……だって、葛くんは私にとってもヒーローだったもの。あの王女様の気持ちが、私には誰よりもよく分かるのよ」
彼女は大きく息を吐いて、遠くを見つめた。
「本当、どうして私にこだわるのかしら。小さい頃の恩なんて、もう返し終わっているでしょうに」
静かな室内で膝を抱えて、彼女は1人で過去のことを思い出していた。親戚に引き取られた親のない子供。イジメられても言い返さないその子の背中が小さく見えて、思わず彼を庇ったこと。その日のことは、今でも目を閉じるだけで鮮明に思い出せた。
(あの日、葛くんを助けなければ、何もかも変わっていたのかしら。……いいえ、何度やり直せたとしても、私は同じことをするでしょうね)
そもそも、彼女にとってそれは特別なことでもなんでもない。ただの日常の出来事だ。
「だから余計に、葛くんがこだわっている理由が分からないんだけどね」
彼女はその言葉を残して立ち上がり、客室でお茶を飲んでいる皆の所に戻っていった。




