洋上
トリフォが真顔で糸を引いて船を動かす。彼は船に乗ってから一言も発していない。キルシュは彼と何度か話しているが、他の3人はまだ彼と言葉を交わせていないし、彼はキルシュと違ってユールリアたちに近づこうとしない。ティルターシャがそのことを気にして、こっそりトリフォに近づいた。トリフォが横目でそれを見て、舵に取り付けた糸を引く手をわずかに動かす。ユールリアは即座にその手を掴んで止めた。ティルターシャが不安そうな顔でその様子を見ながら、トリフォに向かって話しかけた。
「あなたとキルシュさんは、ユーを連れて行こうとしてるよね。それなのに、どうして船を動かし続けているの? 私たちは誰も船を動かせないんだから、あなたがそうしようと思えばいつでも戻れるのに」
トリフォがティルターシャの方を見て目を細める。キルシュが苦笑を浮かべた。
「ダメダメ。ソイツは無口で無愛想な奴だから、何を聴いてもムダだよ」
ユールリアがため息をつく。
「あら、トリフォさんは私たちと旅をしてるのよ? だったら少しくらいは話をしてくれてもいいんじゃない? それにティルは、トリフォさんの話を聞きたいと思っているみたいだし」
ティルターシャがユールリアの顔を見つめる。ユールリアは笑みを浮かべて胸を張った。
「大丈夫。私に任せて」
トリフォが肩をすくめて口を開く。
「キルシュ。お前は口を挟むな。面倒なことになる」
「えー?!」
キルシュが大きな声をだす。彼女は不満げな顔になって言った。
「なんでボク? トリフォはいつも、交渉事はボクに任せてるよね。だから今回もそうだと思って、わざわざ話に入ってあげたのに」
「ああ、俺は人と話すことが得意ではないからな。カズラやお前ならともかく、他の人間との会話は出来るだけ最小限にしておきたいんだ。妙な勘違いをされたら困るだろう」
キルシュが拗ねたような顔で口を閉じる。ティルターシャが体を縮こまらせながら、ユールリアとトリフォを見比べた。ユールリアはトリフォから目をそらさないようにしながら、話を続けた。
「じゃあ、何も話さなかったのはたまたまで、私たちに対する情が生まれないように気をつけていたわけじゃないんですね」
「そんなことをする必要はない。俺はカズラから最後に受けた命を遂行しているだけだ。もしも新たな命を受ければ、俺はそれを実行する。お前たちと仲良くしているのは、カズラからそうしろと言われたからだ」
「そうですか。でも今は海の上。葛くんと連絡を取れないようにしていれば、新しい命令を受け取ることはできない。そうですよね?」
「そういうことになるな。だが、食料も燃料も補給せずに船を動かし続けることは出来ないはずだ」
「食料はともかく、燃料は要らないと思いますよ。だって船を動かしているのは、トリフォさんの糸なんですから。私はずっと見ていたから分かるんです。あなたが舵を動かすために使っているのは片手の糸。両方の手を使えば、燃料が切れた後でも船を動かすことは出来ますから」
トリフォはその言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべた。
「気づかれたか。流石だな」




