昔話
トリフォが海に船を浮かべる。オスヴァルトが船に食料と燃料を積む。ユールリアはノアルミナにいるカズラに宛てて、手紙を書き始めた。
「ねえ、本当にいいの? カズラっていう男の子は、ユーのことを待ってるのに」
ティルターシャがユールリアの後ろから顔を出して、手紙を覗き見る。ユールリアは手を止めて振り返った。
「いいのいいの。葛くんのことは、放っておくくらいで丁度良いのよ」
「でも……生まれ変わっても、ユーのことを追いかけてきてくれた人だよ?」
「まあね。だけど、葛くんのことだから……そのくらいのことはすると思うわよ」
ユールリアはそう言って苦笑を浮かべた。ティルターシャが不安そうな顔をする。
「……ねえ、その人ってどんな人だったの?」
「あ、ボクも聞きたいな! カズラさんは自分のこと、あんまり話してくれないし」
キルシュが笑顔で口を挟む。ユールリアはため息をついて口を開いた。
「彼は親に捨てられたの。父親が若い女と駆け落ちした日に、母親は大量の睡眠薬を飲んで自殺。そして彼は親戚に引き取られて、田舎の学校にやって来たの。急に転校してきた彼に対する周囲の当たりは強くてね。色んな噂が飛び交ってたわ。その中に1つ、根も葉もない話があったのよ。それが、私にも分かるくらい下らない話でね。真っ向から否定したの。それで気に入られちゃって……。大学まで追いかけて来られたから、仕方なく結婚したってわけ」
「……なんか、すごい話だね」
ティルターシャが戸惑った様子で呟く。キルシュはユールリアの手元にある手紙に目を向けた。
「それで? お姫様はカズラさんのこと、どう思ってたの?」
「好きだったよ」
ユールリアは即答した。キルシュの声が低くなる。
「過去形だね」
「仕方ないでしょ、前世のことなんだから。……私には確かに生まれる前の記憶があるけど、それに引っ張られるつもりはないの。葛くんにもそうして欲しいのよ。せっかく生まれ変わったんだから、新しい人生を送ればいいのに……」
「彼は、愛してるんだって言ってたよ。生まれ変わる前から、ずっとお姫様のことを。……そして、その気持ちはボクにも分かる。お姫様は明るくて真っ直ぐな、素敵な女の子だからね。もう1度こんな子に会える保証なんてないし、会えたとしてもその子が自分を好きになってくれるかどうか分からない。追いかけたくなるのも、無理はないよ」
キルシュが楽しそうに笑む。その言葉を聞いたティルターシャが、明るい表情になって頷く。ユールリアは照れたような顔で俯いた。




