事情説明
その2日後。月が昇る頃に、トリフォとキルシュは洞窟に到着した。
「見つけたよ。お姫様だ」
洞窟の真横に張られたテントを見つけて、キルシュはトリフォを呼んだ。トリフォはキルシュと共に木に登って、テントの中を覗いた。
「まだ3人とも眠っているようだな。朝まで待つか」
トリフォはそう言ってキルシュの方を見た。彼女は彼の目を見て無言で頷く。2人は木の上で夜を明かした。翌日の朝。ユールリアとティルターシャは同時に目を覚まして、顔を洗うために泉に向かった。2人が泉から戻る途中で、木の陰に隠れていたキルシュが姿を現した。
「こんにちは、お姫様」
ユールリアはキルシュの姿を見て目を見開いた。彼女はティルターシャの手を引いて、その場から逃げようとした。彼女の足に糸が絡む。
「逃げなくていい。俺たちの主人は、今日ここに来ていないからな」
ユールリアの足を縛った糸が引っ張られる。その糸を引いているのはトリフォだ。ユールリアは立ち止まって、トリフォを見上げた。
「……その人の名前は?」
「彼には親がいない。だから彼は、前世の名前を使っている。カズラという名だ」
不審げなユールリアの眼差しを受けて、トリフォは真顔で答えた。ユールリアはその名前を聞いて考え込んだ。その様子を見て、キルシュが首を傾げる。
「お姫様は覚えてないの? 前世でよく見た植物の名前なんだって聞いたよ。なんでも昔……」
「聞きたくない!」
ティルターシャが大声を出す。そこにいた全員の視線が、彼女に向けられた。
「……ごめんなさい」
ティルターシャが俯く。テントの中にいたオスヴァルトが、彼女の叫び声を聞いて駆けつけてきた。キルシュが彼女を抱き上げて微笑む。
「この子が聞きたくないっていうのなら仕方ないね。カズラさんのことは、お姫様が思い出すまで黙ってる。お姫様も、それでいいよね?」
「……え?」
ユールリアが目を丸くする。オスヴァルトは持っていた剣を使って、ユールリアの足に巻かれていた糸を切った。断ち切られた糸が地面に落ちる。トリフォはため息をついて糸を回収した。オスヴァルトがユールリアを庇うように、彼女とトリフォの間に入る。キルシュはそれを見て目を細めた。
「オスヴァルト・ローゼンフェルト。連戦連勝で、いつしかノアルミナの英雄と呼ばれるようになった男。だけど、君は子供ができない体だった。そして君が所属した隊の人間たちは、激しい戦闘に巻き込まれても傷を負わなかった。それもそのはず、君は必要とあれば自分の身を差し出して、隊員たちを守ったんだから。おかげで自分の隊では人気者だったそうだけど、他の隊の人間からは気味が悪いと思われていたようだね」
オスヴァルトの動きが止まる。キルシュが笑みを深めた。
「カズラさんにも同じようなことができるんだ。あの人の場合は戦いにもならないし、人に恨まれることもない。オスヴァルトという英雄が人から忘れられることはないけれど、今は別の英雄がいる。ローゼンフェルト家の人間も、今からオスヴァルトを探して連れ戻そうとは思わないはずだ。君たちはこれから、好きなように生きることができるんだよ」




