約束
2人がいる部屋には、家具はなかった。四角形の部屋の端で、2人は向かい合うようにして床に座った。
「君のこと、ティルって呼んでもいいの?」
「いいよ。ティルもアナタのこと、ユーって呼ぶから」
ティルターシャと名乗った少女は、濃い緑色の瞳を輝かせて言った。ユールリアは、彼女の目を見て問いかけた。
「ティルは、私たちがどういう人に買われるのか知ってる?」
「知ってるよ。旅をする必要がある人が、魔物に会った時の囮にするために連れていくの。魔物に襲われて人手が足りなくなった農村とか、そういうところに行く子もいるけど……それは珍しいことなんだ」
ユールリアが目を細める。彼女は真剣な目で、目の前にいる少女を見つめた。
「ティルもそうなるの?」
「ティルを買う人はいないの。故郷の森が燃えてるから。生まれた場所が無くなってる精霊の子は、どこにも行けないの。でも、ユーは違うよ。人間の子供だから、きっといつか買ってもらえる。ここから、出ていけるよ」
「それって、いいことなのかな。ここに残っても、買われていっても……結末は、同じだと思うけど」
「そうね。ティルたちは売られる時に、逃げられないように鎖をつけられるから」
ティルターシャは寂しそうな笑みを見せた。
「ティルはね、それでもいいの。でも、ユーには生きてほしい。生きて、幸せになってほしい」
「その時は、ティルも一緒に幸せになろうよ。任せて。私が、ここから出る道を見つけてあげるから」
ユールリアは胸を張って断言した。ティルターシャは眩しいものを見るように目を細めて、頷いた。
「……うん。ティルもね、そうなったらいいと思う。ねえ、ユーはどこから来たの?」
「隣の国。だけど、それだけじゃないよ。……実は私、生まれる前の記憶があるの。精霊のことも、生まれる前の私が知ってたことなんだ」
「ユーは不思議なことを言うのね。生まれる前のことを知ってる人なんて、1人もいないのよ」
ティルターシャは困ったような顔をしていた。ユールリアは衝撃を受けた。
「でも……私は、見たんだよ? 私が知らないはずの、ビルとか車とかそういう物を。それは、転生前の記憶があるからでしょ?」
「ええと……ごめんね。ティルには、それが本当にある物かどうかは分からない。だけど、ユーが信じてることなら、ティルも信じる。友達だから。でもね、ユー。他の人にそんな話をしても、信じてもらえないと思う。だから、ティル以外には言っちゃダメだよ」
「……そっか、分かった。ティルも、誰にも話さないでね。このことは、2人の秘密だよ」
ユールリアが戸惑いながら発した言葉を聞いて、ティルターシャが頷く。少女たちは手を繋いで、約束を交わした。