策謀
放棄された砦に残った、糸使いと短刀使い。彼らが背にしていた扉が、外から開けられる。扉を開けた少年の姿を見て、キルシュが首を傾げた。
「カズラさん、どうしたの? お姫様を迎えに行ったんでしょ?」
「それが、見事に振られてしまってね。彼女と一緒にいた男にも、何か秘密があるようだし……。どうやら僕らはもう1度、あの国に戻らなければならないようだ」
「ええー、そんなあ! やっぱりあのとき、カズラさんの名前を出しておけば良かったのかなぁ……」
落ち込むキルシュの肩に手を置いて、カズラが微笑む。
「そんなことはどうでもいいんだ。彼女は自分の意志で、あの男についていったんだから。ここで意地を張って追いかけるより、もっと有意義なことに時間を使うべきだよ」
扉の近くに立っているトリフォが、その言葉を聞いて顔を上げた。
「あの貴族の男は、ローゼンフェルト家の人間だ。その能力を調べるには、公爵家に潜入する必要があるな」
「潜入なんてしなくていいよ。あの男はおそらく、母国の危機を何度も救った英雄だ。ローゼンフェルト家は彼を失ったことで窮地に立たされていると思われる。新たな英雄が見つかったと聞けば、彼らの方から養子の話を持ち出してくれるだろうからね」
カズラは楽しそうに笑っていた。キルシュが彼の言葉を聞いて、目を丸くした。
「じゃあ、ローゼンフェルト家に行くのは……!」
「そう、この僕だ。僕がノアルミナの新たな英雄。オスヴァルトの代わりに、公爵家の養子になる人間だよ」
カズラは2人を見つめて宣言した。トリフォが腕を組んで壁に寄りかかる。彼は真顔で話を続けた。
「その話なら俺も聞いたことがある。どんな戦闘でも無傷のまま、敵兵を無力化した男。ノアルミナ王国を守り続けた最強の兵士の存在を。あの男がそうだったのか」
「ああ、間違いないよ。直接聞いたわけではないけど、あれほどの力を持つ男が他にいるとも思えないしね」
「そうか。確かにカズラなら、その男の代わりとなることはできるだろうが……。その場合、俺たちはどうすればいい。英雄に護衛がいるのはおかしいし、俺たちは英雄になれるほど強くない。カズラが新たな英雄になりたいというのなら、俺たちの存在は邪魔になるはずだ」
「確かに、英雄に護衛は必要ない。だけど、僕には協力者が必要なんだ。僕の代わりにレイリア王国に行って、ウィアー家を手に入れてくれる協力者がね」
カズラが腕を広げて笑う。キルシュは不思議そうな顔をした。
「ウィアー家? それって、あのお姫様の実家だよね。お姫様を売った家に、いったいどんな用があるっていうのさ。調べてみたけど、あの家はただの子爵家。子供を人買いに引き渡して得た金は、母親が高価な装飾品を手に入れるために使った。カズラさんがこだわる理由なんて、どこにも無いと思うけど」
カズラは目を細めて、はっきりとした声で言った。
「理由ならあるよ。彼女のことを調べたのなら、キルシュも知っているはずだ。彼女が家族の中でただ1人、心から愛していた人。ウィアー家の5代目。オリバー・ウィアーのことをね。彼はユールリアの実の父親だ。僕は彼女のために、その男の墓と男が遺した物を手に入れたいと思ってる。協力してくれるよね?」




