或る転生者の独白
夜明けと共に、1人の男がローゼンフェルト公爵家の門を叩いた。素性も不明な男は、屋敷から出てきた使用人に向かって告げた。
「僕はカズラ。あなた方の望みを、叶えて差し上げましょう」
まるで、その日の朝の状況を予見していたかのように。ローブを目深に被った不審者は、口元を笑みの形に歪めて言った。
「ローゼンフェルト家の長男。オスヴァルト・ローゼンフェルトを連れて帰る。それがあなた方の望みなのでしょう?」
明らかに怪しい男。だがその男の異様な雰囲気に呑まれた使用人は、屋敷に入る男を止められなかった。男は傷心の公爵夫人に取り入って、金貨が詰まった袋を受け取る代わりに、オスヴァルトを連れて帰ると約束した。屋敷を出ようとした男に向かって、抜き身の剣が振り下ろされる。男は全く動じなかった。ただ、指を鳴らしただけ。それだけで、剣の刃が折れた。折れた刃が床に刺さる。剣を振り下ろした青年が呟く。
「信じられない。こんな、ことが……」
「それがあり得るのですよ。僕は異世界から来た、稀なる血。転生者なのですから」
その場しのぎの言い逃れ。青年はそう思ったが、彼の言葉を否定できる根拠もない。男は誰にも止められることなく、金貨を持って外に出た。
「さて。いつまでも、こんな窮屈な服を着ているわけにはいきません。彼女に会うなら、それなりの服でなければね」
男は小声で呟いた。彼が持っている能力の本質は、害意や敵意を消すものだ。剣の刃が折れたのは、彼が自分の周囲に耐えず張り巡らせている障壁の範囲内に刃先が入ったから。銃弾も、刀剣も、その障壁に当たった瞬間に耐久力が0になる。それは彼だけが持つ、特別な力だった。
「とはいっても、これ、戦う力にはならないからなあ。役に立たないのと一緒だよ」
男が嘯く。彼が見ているものは、ただ1つ。自分と同じように転生した、ある少女の記憶だけだった。
(来世でも一緒になろう、なんて。あんな言葉、陽奈は信じていなかったと思うけど。僕は、本気で言っていたんだよ)
彼がオスヴァルトを追う理由。それは人助けがしたいからでも、金を手に入れたいからでもない。彼が命よりも大切に思っている、ある少女を取り戻すためである。少女の名前は真山陽奈。彼と同じ転生者だ。
(陽奈の魂を持つ女の子の名前。やっと分かったと思ったら、貴族の家出に付き合わされてるなんて。つくづく、僕は運が悪いな)
男は黒い服とローブを脱いで、上質な夜会服を身に纏まとった。
「待っててね、ユールリア。必ず君を迎えにいくよ。何があっても」
男……カズラは、早朝の白い空を見上げて笑みを深めた。




