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CASE1 菅池しおりの場合 ⑦

 ――翌日。

 授業の準備をしていると、机の前に圭人がやって来た。

 そして、大声でこう言った。

「おまえ、俺の消しゴムを盗んだだろ!」

「あれは私のものよ」

 しおりは、昨日よりは幾分かはっきり答えて、筆箱から消しゴムを取り出した。そして、青いペンで書かれた「しおり」という名前を彼に見せる。


 すると圭人は激昂した。

「俺の妹の名前も、しおりなんだよ!」

「これはママの字よ」

「俺のオカンだって……!」


 そう(わめ)き立てた圭人は突然言葉を切り、しおりの筆箱に目を向けた。

 そして、鉛筆に手を伸ばす。


「そこまで言うんなら、その消しゴム、おまえにやるよ」

「……え?」

「代わりに、鉛筆をもらってくから、いいよな?」


 そう言うと圭人は、しおりの返事も聞かずに鉛筆を二本取り、さっさと席に戻った。

「待って、それは……」


 だが先生が入ってきたため、抗議はそこで止まった。


 悔しかった。

 なぜこんなに馬鹿にされるのか。

 顔を伏せ唇を噛む。

 先生は何も気付いていない。

 事情を知るはずのクラスメイトも何も言わない。

 この教室じゅうの全てが敵だと思った。


 ――私の友達を悲しませる奴には、バチが当たるよ。


 その言葉がふと浮かんだ。

 確かに気味は悪い。けれど、今しおりの味方と呼べるのは、あの不気味なトイレにいる、顔も知らない『友達』しかいなかった。


 休み時間に、しおりは体育館の裏へ走った。

 そして木の扉を押して叫んだ。


「許せない! あいつが許せない!」


 床にくずおれて泣くしおりに、やはりペンキの剥がれた扉の奥から返事がした。

「どうしたの? 事情を話して」


 優しい声だった。

 それに導かれるように、先程教室であった出来事をしおりは語った。


 涙が枯れた頃。

「……その子は、悪い子ね」

 声は静かにそう言った。

「でもね、知ってる? 悪い子には、必ずバチが当たるの。……いい? また帰りにここに来て。そいつ、絶 対 に 許 さ な い か ら」




 教室に戻ったしおりは、震えが止まらなかった。

 酷くいけない事をした気持ちになっていた。


 悪いのは、圭人だけだろうか?

 しおりがもっと大きな声を出して、先生に訴えれば、済んだ事ではないのか?

 ――バチとは一体、何なのか?


 落ち着かない気分のまま時は過ぎ、放課後。

 重い足取りで、しおりはあの小屋に向かった。


 するとまた、竹箕が置かれ、その上に木蓮の大きな葉が何枚か重ねられていた。

 それに丁寧に包まれるように、今度は鉛筆が並んでいる。


「…………」

 ゆっくりと鉛筆を手に取り、確認する。確かにしおりのものだった――二本は。

 彼女の手の中にあるもう二本。そこには「かすみ」と書かれている。


 架純(かすみ)は、クラスでも目立つ子だ。

 顔が可愛くて、流行りの服を着て、オシャレに三つ編みをした長い髪にリボンを付けて……。

 しおりとは比べ物にならない人気者。

 そんな彼女の鉛筆が、なぜ?


 しおりは呟いた。

「これ、私のじゃない」

 すると、扉の向こうの声は答えた。

「いいの」

「どういう事?」

「あの子、あなたが困ってるのを、影で笑ってたから」

「…………」


 確かに、女王様気取りで態度が冷たく、しおりを見下しているようなところはあった。

 でも、今回の件に、彼女は関係ないではないか?


 だが、声は繰り返した。

「いいの。それはあなたのもの」




 どうする事もできずに、しおりは鉛筆を握り締めて家に帰った。

 でも、また圭人に何か言われるのが怖くて、もうその鉛筆は使えない。

 仕方なくそれを引き出しに仕舞い、代わりにあまり気に入っていない、募金でもらった鉛筆を削る。それを筆箱に収めて、しおりは困った。


 架純の鉛筆は、どうすれば良いだろう?


 このまま持っているのは、泥棒みたいで気分が悪い。少し考えた末、明日こっそり返そうと、紙に包んでランドセルのポケットに入れた。




 ――ところが。

 翌日、学校に行くと、既に騒ぎは始まっていた。


「鉛筆がないんだけど」

 架純が圭人の前に立って、声を荒らげていた。

「あんたが盗んだんでしょ?」

「知らねえよ」

「あの子の消しゴムだって、あんたが盗んだのよね」

「あれは、妹の……」

「泥棒!」


 圭人は反論しようとしたが、架純の取り巻きの女子軍団に取り囲まれて、言葉を引っ込めた。


「泥棒」

「犯罪者」

「ゴミくず」

「貧乏人」

「知ってるのよ、あんたん()、ママがいないんでしょ」

「パパが再婚して、あんた、邪魔な子になったって聞いたわ」

「だから性格がひねくれて、泥棒なんてするのよ」

「あー怖い、近寄らないで」


 ……しおりには言えなかった。

 そんな中で、架純の鉛筆をしおりが持っていると分かれば、彼女らの(ののし)りの的はこちらになる。

 しおりが、泥棒という事になってしまう。




 その日から圭人は、いじめの対象になった。

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