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変わりゆく者③

「な、なに急に説教垂れてんのよ! 私のことまで分かった気になってんじゃ——!」


 我慢の限界か、何かが図星だったのか、今まであくまで余裕の態度を崩さなかった麻美が激高し勢いよく立ち上がった。鋭くこちらを睨みつける目はかすかに潤んでいた。その目に気を取られて彼女が振り被った右手に気づくのが遅れてしまった。

 昨日の笛吹といい今といい、まさか連日女子を泣かせて平手打ちを誘発することになるとは——そんなのんきなことを考えていた。俺が殴られるのは全く構わない。むしろ笛吹に要らない被害が及ばないように多少は相手の鬱憤を晴らしておくのは悪くないことに思えた。

 しかし、その右手は俺の頬に触れることはなかった。麻美の後ろにいた一人の女子生徒が振り被られたその右手を掴んで止めていたのだ。その人は周りの女子と比べても小柄で一見すると可愛らしい小学生のようにも見えるが、その顔つきは鋭い。平手打ちを予想外のところから止められた驚き、その小柄な女子を睨みつけた。


「邪魔しないでよ蝶野ちゃん!」

「手出したら流石に問題になるよ……もうすぐ先生も来る時間だし、冷静になろ。蜂谷も、気持ちは十分伝わったからさ。一旦引いてもらえると嬉しい……ごめんね」

 

 蝶野と呼ばれた女子は可愛らしい見た目にそぐわない覇気のある声でその場を見事に取り仕切った。いつの間にかそんなに時間が経っていたのか。麻美も苦虫を潰したような顔はしていたが、その言葉に従って大人しく椅子に座ってそっぽを向いた。

 第三者からの制止が入ったことでようやく周囲が見えてきた。周りのクラスメイト達は一触即発の空気に固唾を飲んでいたのか、蝶野の仲裁が入ったことに安堵したようだった。中には前傾姿勢から居住まいを正す者もいる。蝶野が居なければ止めに入ろうとしていたのかもしれない。

 冷静になると注目されていることを改めて実感してどこかへ飛んでいた羞恥と冷汗が湧き出してきた。どこかに隠れてしまいたい気持ちを抑え、こちらも蝶野の忠告通り退散することにする。

 

「こっちこそ……ごめん、麻美さんも」

「……フン」

 

 不完全燃焼ではあるが、一番伝えたかったことは言えた。その効果かどうかは判断できないところであるが、その日は笛吹を揶揄するような噂を聞くことは無かった。麻美もその後は不機嫌を隠そうともしなかったが、朝のような発言をすることは無かった。

 俺の耳が届かない水面下で何か動きはあるのだろうが、それはそもそも止めようがない。一先ず、笛吹が学校に来た時にそういう類の話が耳に入らないように牽制が出来たと思うことにした。

 思わぬ反響として何人かの男子生徒がこんな話をしているのが聞こえた。


「笛吹って、確かに美人だよな。近寄りがたいけど」

「それな、それもミステリアスな魅力っていうか……今度ちょっと話掛けてみっか」


 他にも今までタブーのような扱いだった笛吹の話をする人がちらほら居た。否定的なことを言う奴も当然いたが、そのほとんどはポジティブなものだった。本人が居ないのも良かったのかもしれないが、それはそれとして笛吹に聞かせたいと思った。と同時に、男子が彼女の話をしているのを聞くと少し胸がざわつく感じがした。嬉しいはずなのに、不安になるこの感情は今まで感じたことのない未知のものだった。


「ん? なんだこれ」


 放課後、下駄箱のロッカーを開けると一枚の紙切れがひらりと舞い落ちた。何かゴミでも入っていたかと思って拾い上げると、そこには女子っぽい丸文字が綴られていた。一瞬、心臓がドキリと跳ねた。だが、その内容を読んだ瞬間、周囲から酸素が消えたような感覚に襲われた。


『明日の放課後、部室棟裏の倉庫前に一人で来い。私はあなたと笛吹彪香の関係を知っている。もし来なかった場合、相応の対応をする』


 『あなたと笛吹彪香の関係を知っている』、この文面があらゆる悪い妄想を掻き立てる。相応の対応とぼかされているのも怖いところだ。行かないという選択肢はないのだが、問題は——。


「笛吹にこれを言うかどうか……うーん」


 昨日同様、今日も頭を悩ませながら家に帰ることになりそうだ。


次話は夕方五時です

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