6話 ご主人
長年宿屋をやっていれば訳ありの客もたまには来る。
今日の客もそんな感じだった。
若いのに供もいない女性。
この国だからいいが、もし他の国なら奴隷として捕らえられるかもしれない。
非常識すぎる。
だが、そうしなければならなかったのだろう。
かわいそうに。
俺の感想なんてそんなもんだ。
別にたまにあることで珍しくはない。
珍しいのは妻のヨハンナが俺に頼みごとをしたことだ。
どうやら、あのお嬢さんは回復魔法か何かの使い手らしい、自信はないがポーションと同じように病気を治すことができるらしい。
俺たちの娘は心臓を病んでいて、どんなポーションでも、どんな回復魔法でも治ることがない。
神殿に行き、藁にもすがる思いで神託を聞きに行ったが、聖女の聖魔法でなければ治らないという話だった。
俺たちは聖女に治療してもらう為の金を集めたが、聖女はこの世界にほんの一握りしかいない。
この国にだっておらず、ようやく隣国に一人現れたという話だ。
聖女に見てもらうなんて無理だと思いながら、それでも苦しむ娘をなんとかしてやりたくて、少しでも病気が緩和されるポーションや回復魔法の使い手を求めた。
今夜の客もそんな回復魔法の使い手だと思っていたが、部屋から出されたとき、いつもなら魔法をかけるところを見ているのにな? と不思議に思ったが、お嬢さんが終わったというので中に入ると、いつもとは違い穏やかな顔で眠る娘がいた。
病気が治ったのか?
わからない。
とにかく明日になったらわかるだろう。
朝になった。
娘が弱々しくはあるが、元気に歩いている。
嘘みたいだ。
もうじき死ぬと言われていた娘がだ。
妻がむせび泣いている。
食堂は調理場の者が気を利かしてなんとかやりくりしているらしい。
娘に胸は苦しくないか? と聞くと苦しくはないと答えた。
奇跡だ。
あのお嬢さんは聖女か?
だったら絶対にお供はつくだろう。
疑問に思いながらも、妻のヨハンナと話し合い、事情があって聖女ということを隠しているのだろうという結論に至った。
あのお嬢さんは娘の命の恩人だ。
受付に鍵を返しに来たお嬢さんに、聖女に治療してもらう為の金を全額渡そうとしたら、半額でいいと返してきた。
お嬢さんは聖女の治療の相場を知らないのかもしれない。
金貨50枚でも安いのに、さらに半額の金貨25枚でいいと金貨を返された。
謙虚な聖女もいたもんだ。
願わくはずっとお嬢さんがあのままでいるように。
俺たちは感謝してお嬢さんを送り出した。