56話 コンソメの素
気のせいだろうか、あの男性の視線の先が私のような気がする。
「はじめまして、グレン・マイヤーズです。気軽にグレンと呼んでください、よろしくお願いします」
ゾクリとするような声で、ごく普通の挨拶をされる。
グレンさんの周りの女性たちはうっとりとしている。
「さて、挨拶も終わったし、皆仕事に戻ってくれ」
ギルド長が言う。
私は患者がいない治療室を閉めると、カウンターで夢見心地な女性職員から、下級ポーション用の薬草を買った。
部屋に戻り、薬草をゴリゴリと擦り潰していると、部屋がノックされる。
ギルド長かな? と思い、扉を開けると、あの男性がいた。
「隣の部屋を今日から使わせてもらうので挨拶を……」
至近距離であの美貌を見る。
なんだか、覗き込まれるようにして私の顔が見られる、恥ずかしいから顔をそむけたいのに、身体が動かない、蛇に睨まれた蛙のようだ。
グレンさんが私に近づいたので、あわてて離れようとしたが、やはり身体が動かずあっさりと手を握られてしまった。
剣を握るのか、少しゴツゴツとした力強い手、それと相反するかのようなきれいな形の指先。
それらでまんべんなく私の手を触れられる。
私はなんの挨拶をされているのだろうか。
元の世界だったらセクハラだろう。
しかし、離れなければならないのに、完全に身体が固まってしまい、動けない。
そして、私からも挨拶をしなければならないのに、声が出ない。
しばらく、私の手の感触を楽しんだグレンさんは、最後に私の手の甲にキスをし、離れた。
「……これから、よろしくお願いしますね」
返答につまり、声を出せないまま、ギクシャクと頷くと、ニコリと微笑まれ、扉を閉められた。
今の時間はなんだったのだろうか、白昼夢というやつだろうか?
台所に行き、ポーション作りの続きをやる。
少し多めに作れた。
今日は疲れたから外での食事はやめておこう。
お婆さんからもらったコンソメの素でコンソメスープを作り、パンを出して食べる。
簡単だが、お腹にたまった。
空いていることを確かめてお風呂に入り、部屋に戻るとベッドにダイブし、悩んだ。
グレンさんが何を考えているのかわからない。
お昼のお兄さんからもこうした扱いは受けていないし、この世界特有のものではないだろう、なぜ、私にああしたのか意味がわからない、あれだけの美貌を持つグレンさんだ、他の女性にやったら勘違いをされて付き合うことにもなるだろう。
ぐるぐると頭のなかでは先ほどのシチュエーションが思い出される。
あのきれいな赤い瞳に見つめられ、ほとんど動くことが出来なくて恥ずかしかった、亜里沙はよくあんなきれいな人にベタベタできたものだと、ある意味感心した。
もう二度と近づかないと思いながら寝ることにした。
この部屋の壁の向こうにはあの男性がいると思えば緊張するが、疲れた身体は休息を求めていた。
徐々に私の意識が途切れていき、私は完全に眠りにおちることとなった。




