5話 治癒
馬車は概ね順調だった。
聖女なので馬車の周囲に結界を張り、魔物を寄せ付けなかった。
途中、魔物のせいで遅くなった馬車と合流し並走して走ることもあった。
そんなときは、静かに御者たちの話を聞きこの世界の事情を知ろうと耳を澄ませた。
御者は弓が得意で弓で魔物を追い払うのだが、今回その自慢の弓を使わなかったので、矢を無駄にしなかったと喜んでいた。
そうこうするうちに、一週間が経った。
視界に立派な門が見える。
門には行列が出来ていた。
馬車に乗ったまま、検問を受けた。
国に入るには銀貨2枚が必要らしい。
金貨で支払い、銀貨でお釣をもらった。
無事に国に入れた。
私を召喚した国の結界を解く。
あの国がどうなろうと知ったことではない。
御者に礼を言って、チップで銀貨2枚を支払った。
御者たちの話では銀貨2枚のチップが通常だと話していたからだ。
御者は嬉しそうに礼をして去って行った。
さて、宿屋を探すか。
安いところは治安が悪いところにあるらしい。
近くにいる人に聞いてみると、確かに治安の悪い場所に安い宿屋はあるらしい。
治安の悪い場所に向かって歩く。
明らかに違うなと思われる場所に入ると宿屋があった。
受付にいた無愛想なおじさんに銀貨2枚を支払って、部屋にこもる。
夕食の時間だ。
この宿屋にも小さいが食堂がある。
高ければ他に行けばいいだけだ、まずはメニューを見てみる。
銀貨1枚ぐらいだ。
ここで食べてもいいだろう。
ここは前金なので、銀貨1枚を支払って食事を頼む。
何かの肉の煮込みと、黒パンが出てきた。
塩味だ。
素朴といえばいいが物足りない。
食事をした帰りに給仕のおばさんにポーションがあるかと聞かれた。
どうやら他国のほうがポーションが手に入りやすくて、この国では手に入りにくいようだ。
私は他国の人間だと思われたらしい。
ポーションが必要なら病人がいるのかと聞くと、どうやら娘さんが病気らしい。
ポーションはないが病気なら多少なんとかできるかもしれないと言ったら、頭を下げられた。
出来ないかもしれないが……と断っているとどうやら受付のおじさんからも頼まれた。
どうやらおじさんはここのご主人、給仕のおばさんはここのおかみさんらしい。
となると、病気の娘さんはここのお嬢さんか。
まずは「見てみないと」と言い、病気の娘さんを見てみる。
熱もある、呼吸も苦しそうだ。
二人共、少し部屋から出ていってもらった。
聖魔法を使う。
治癒だ。
静かに祈り、娘さんの手を握り病気を押し出すイメージを繰り返した。
どうやら上手くいったようだ。
こんなときに言う聖魔法の言葉を知らないのは不便だがどうしたら治るのかはなんとなくわかった。
二人に部屋に戻ってきてもらい娘さんの様子を見せる。
顔色もいいし、呼吸も楽そうになっている。
二人共安堵した表情になり、お礼を言われた。
まぁ、良かったとは思う。
部屋に戻り、寝た。
明日は金策だ。
朝になった、残り少ない保存食で食事を済ませた。
バックの中にあるしわしわになった自分のブレザーの制服を取り出す。
今着ているものは神殿の下女の制服だ。
下女の服は、この世界の平凡な服に過ぎない。
ブレザーの制服はこの世界でも珍しく価値があるだろう、なによりしっかりした作りだ、売るとしても高値になるかもしれない。
ただ、自分自身の思い出として大切に取っておきたい品物でもある。
売りたくはない。
宿屋の受付で鍵を返す。
すると、宿屋のご主人から金貨をいただいた。
金貨50枚。
大金だ。
私が神殿でもらった金額の十倍だ。
もらっていいのかと聞くと、もらって欲しいと言われたので半分だけもらうことにした。
金策の必要がなくなった。
それにしても、この場所は隣国に近い、もっと遠くの国に行ったほうがいいのかもしれない。