アンコール No.6
事務所の廊下を、ドタドタと音を立てて走っている心。向かっているのは、蘭がいるだろう一室だ。
部屋の前に着くと、心はノックもなしに部屋に入り、蘭に思いの丈をぶつける。
バンッ
「おいっ、蘭!!香と愛璃さんが2人でCMの仕事ってどういうことだよ!?なんでその仕事受けたんだよ、蘭!」
蘭は、急にドアを開けて抗議する心を予測していたかのように、物怖じすることなく落ち着いてソファーに座っていた。
蘭は、静かに顔をあげると、心の瞳をまっすぐ見つめる。
「……メンバーに個人の仕事が入ったとして、果たしてそれは心に関係あるのかな?」
その言葉で、逆に心が言葉を詰まらせる。
「そ、れは……別に……。ってか、俺が気にしてるのはそこじゃなくて……」
「愛璃さんだろ?」
「っ……。」
心の様子を見た蘭は、『やっぱりか……』という微笑をして、心の元に歩いてくる。
「……心が、愛璃さんに恋心を抱いてるのは知ってたよ。僕はそれを否定しない。どっちかっていうと、応援してる。今まで色恋沙汰が一切なかった大切なメンバーの初恋だからな。……でも、だからこそ、仕事にプライベートを持ち込んじゃダメだ。それだけは、わかってくれよな。」
言い終わると、蘭は心の頭を撫で、静かに部屋から出ていった。
「仕事にプライベートを持ち込むな……?そんなこと、頭ではわかってるはずなんだ。だけど、この気持ちは……どうしようもないモヤモヤは、どうすればいいんだ?なぁ、誰か教えてくれよ……!」
部屋に、心の悲痛な独り言が、響いて消える。
ピコンッ
場違いな音が、急に鳴った。
。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°
「Okay! Ko-kun,Airi-chan, your acting was so good!Shall we film a different version next time?(オッケー!愛璃ちゃん、今の演技すっごく良かったよ!次、ちょっと違うバージョンも撮ってみようか!)」
「Yes! Thank you!Thank you for your cooperation!(はい!ありがとうございます!よろしくお願いします!!)」
「Thank you~!I'll do my best~♪(ありがとうございます〜!頑張りま〜す♪)」
ここは、愛璃と香のCM撮影スタジオ。絶賛撮影中で、監督には高評価を貰えていた愛璃たちだった。
「愛璃さん、演技すっごい上手いね〜♪そういえば、去年日本で大人気だった映画で、愛璃さんにすっごい似た人が映ってたような……?ほら、あの、優くんが主役やってたやつ〜!あの時から演技上手かったよね〜♪」
気兼ねなく声をかけてくれる香。そんな香に、愛璃は撮影中、すごく支えられていた。
「わわ、ご覧になってくれてたんですか……!?嬉しいです……。」
昔の映画を知っていてくれた事が嬉しくて、少し声を明るくしたが、久しぶりに聞いた“優”という名前が、愛璃の心に陰を落とした。
「……ほらっ、香さん!別バージョン、行きますよっ!!」
陰を振り落とすように明るい声でそう言い、愛璃は香の腕を引っ張った。
。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°
「Okay! Ko-kun, Airi-chan, thank you so much for today!They were both the best!Thanks to you, it's going to be a great commercial...!Then, that's it for today!Thank you for your hard work!(オッケー!香くん、愛璃ちゃん、今日は本当にありがとう!2人とも最高だったよ!!おかげで、すごくいいCMになりそうだ……!それじゃあ、とりあえず今日はこれで!お疲れ様でした!)」
「Thank you for your hard work!(お疲れ様でした!)」
「Thank you for your hard work〜♪(お疲れ様でしたぁ〜♪)」
全ての撮影を終えた愛璃と香は、撮影スタジオを出た。
「香さん、今日は本当にありがとうございました……!前のラジオの時も、今日のCM撮影でも、たくさん助けてもらっちゃって申し訳ないです……」
そう言って愛璃が頭を下げると、香は優しく愛璃の肩に触れた。
「僕は全然何もしてないよ〜♪全部愛璃ちゃんの努力と、才能のおかげ。もっと自分のこと褒めてあげなよね〜?」
愛璃は、その言葉が嬉しくて、顔をあげた。
「わかりましたっ!今日は自分にご褒美あげちゃいます♪それじゃあ、お先に失礼しますね!お疲れ様でした!!」
『おつかれ〜♪』と香が声をかけると、急に愛璃は『あっ』っと言って立ち止まった。
「香さんの演技、普段とは正反対のキャラだったのに完璧で、凄かったです!愛璃は、香さんの演技大好きですよっ!!」
言い終わると、愛璃は振り返り、走っていってしまった。
──最高の笑顔だった。
キュウウゥゥッ
「ぇ……っ??」
久しく感じていなかった胸の締めつけに、柄でもなく、香は顔を紅くした。
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