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幽霊の幽

作者: 砂風(すなかぜ)

 田中の自宅では、時折幽霊が現れているとしか思えない現象が多発していた。

 触れてもいないコップが落下したり、風呂場の曇りガラスの向こう側に人の影が透けて見えたり、電灯がいきなりチカチカと点滅したりーーとさまざまな霊障に田中は悩まされていた。


 それを解決したくて霊能力者に頼ったこともある。しかし、いずれも対応するフリを見せるだけで、大金だけせしめて問題はなにひとつ解決していないままだった。

 騙されたーーと田中は気付き、それ以来、このたびたび発生する怪奇現象に悩まされながら生活を送るしかなかった。


 引っ越す貯蓄も田中にはなく、この大金叩いて購入したマンションの一室のローンもまだ返済できていない。

 だから、どのような怪奇現象が発生しようとも、引っ越すという手段が取れないでいた。


 しかし、日に日に心霊現象は悪化していっているのだ。

 このままでは、いずれ自分は呪い殺されるんじゃないだろうか?

 そうまで恐怖を覚えていた。

 もう田中は疲弊仕切っている。


 田中が体験したなかで一番怖かった心霊現象は、夜中の二時に金縛りに遭遇し、身動きできないまままぶたを開けると、部屋の隅に両目が空洞の老婆が佇んでいたときだ。その老婆は少しずつ田中に近寄っていき、布団まで来ると、か弱い腕からどこにそのような力を隠し持っていたのだと言いたくなるほどの強さで首を絞められた。


 あの経験以来、田中は睡眠薬に頼らないと眠ることすらできなくなっている。



 そんなある日、田中はネットのSNSで『悪霊を祓います』と書かれている文字を見つけた。

 どうせコイツも詐欺だろう。そう思った田中だったが、ある一文で興味を抱いた。


 ーー料金の支払いは、幽霊がきちんと祓えたことが確認できてからの後払いで結構です。


 今まで出会ってきた霊媒師だの霊能力者などは、皆料金を先払いで払わされた。

 だが、コイツは幽霊がきちんと祓われたのを確認してからの後払いで構わないと書いてあるのだ。


 こいつもインチキかもしれないが、後払いという文字に惹かれ、なおかつ直感が今度こそ本物の霊能力者だと告げていた。

 田中は藁にもすがる気持ちで、その霊能力者に連絡することにしたのだった。








「このマンションの一室ですか?」

「は、はい。部屋が呪われていまして。あなたなら信用できるとお願いしました。今まで多数の詐欺に遭遇していまして……」


 田中は自宅まで悪霊を退治できると名乗る人物ーー田井中夕夜(たいなかゆうや)を連れてきたのである。

 エレベーターに二人で乗り込み、四階で降りた。


「れ、霊能力者なんですよね? どのようにお祓いをするのでしょうか?」


 今までの霊能力者は、謎の祈祷をはじめたり、幽霊がいやがるというブレスレットを高価で売り付けたりしてきた。


 そういった霊能力者は、見た目から騙すためなのか派手な数珠を身に付けていたり、それらしき格好をしているものなのだが……。

 この青年は、見た目はーー言い方は悪いがーーどこにでもいそうな平凡な顔立ち、服装をしている。

 どこからどう見ても霊能力者には思えない出で立ちをしているというのが、田中が一目見て感じたことだった。


「ははは。俺はいわゆる一般的な霊能力者ではありませんよ。俺自身には霊を祓うちからなんてありませんしね」

「……は?」


 言っている意味が一瞬、理解できなかった。

 ならば、なぜこの男は悪霊を祓えると豪語しているのだろうか?

 田中は、またもや詐欺に遭うのではないだろうかと不信感を覚えてしまう。




 田中の部屋の前まで辿り着く。

 田中は鍵を開けて玄関を開くと、田井中の瞳がいきなり真剣な目付きに変わった。


「たしかに、こりゃ相当に強い怨念が溜まっていますね」

「わ、わかるんですか!?」

「そりゃあ、幽霊を見ることはできますよ。ただ、俺には幽霊を祓うちからなんてないというだけです」

「へ? じゃあどうやって悪霊を追い払うんですか!? 私はあなたを藁にもすがる思いで信用して連絡したんですよ!?」


 それなのに、自分には悪霊をお祓いするちからなんてないだぁ?

 田中の内心に怒りがふつふつと湧いてきた。


「まあ、俺自身には悪霊を祓うちからなんてないってだけです」


 田井中は部屋の中に入り込む。

 田中も疑りながら一緒に室内へと入った。

 すると、部屋の電気がいきなりチカチカと点滅をはじめた。


「!?」


 ついに田中は、幽霊を視界に入れてしまった。

 部屋の隅に、金縛りのときに見てしまった存在と同じ老婆がいた。肉眼で捉えてしまったのだ。

 今まで一度も見たことがなかったというのに。


「み、見えます! 私にも悪霊の姿が見えます! いままで肉眼で見たことはなかったのに!」


 金縛りの最中に見る幽霊は全て幻覚ーーという一般論を信じて、今まで気にしないようにしていた。

 しかし、その儚い希望はたったいま瓦解したのだ。


「強い怨霊と長年一緒にいると、見えるようになってしまうひともなかにはいるんですよ。お気の毒に」

「そ、そそそそんな!」


 田中はガックリと肩を落としながら、恐怖で固まってしまう。


「まあ、安心してください。きょうから、その幽霊はこの家から消えますからね」

「ど、どうやって追い払うって言うんだ! 自分自身で俺には霊能力なんてないって言っていたじゃないか!」


 田中は恐怖と焦りと怒り、さまざまな感情が混在したような表情を顔に浮かべながら、田井中に捲し立てる。


「どう祓うかって?」田井中は手を横に伸ばした。「こうやるんですよ」



 まぶたを閉じて開いた寸刻ーー田井中の隣には、片目がなく、そこから血をひたひたと流している少女ーー(かすが)ーーが現れた。


 田中はあまりの出来事に言葉を失う。

 しかし、その少女を見た瞬間、老婆の悪霊は恐怖で顔を歪めた。


「目には目を、歯には歯をーー悪霊には、悪霊をぶつけるんです」


 片目のない幽は勢いよく老婆に駆け寄ると、両手で顔面を掴む。そのまま肩を噛み切った。

 肩の一部を食いちぎったかとおもえば、そのまま幽は老婆を地面に押し倒し、跳び、両足を腹に突き立てる。


「ぎゃああああ! やめてくれぇええ!」


 田中は初めて老婆の声を聴いた。

 幽に虐められている老婆は、今までどうしてこんなに恐怖していたのだろうかーーそう思えるほど弱々しく見えた。


「なら、この家から出ていくの。出ていかないなら、私が貴女を消滅させちゃうの」


 田井中の呼び出した悪霊は老婆を脅すような口調でそう言った。


「ひぃいいい!」


 老婆は窓ガラスをすり抜け、マンションの四階から飛び降り、勢いよく走ってどこかへと立ち去っていった。


「これでもう悪霊に悩まされる心配はないと思います」


 田井中は幽の頭を撫でながら田中に告げる。


「……今まで疑ってすみませんでした。まさか、こんな幽霊の退治をされる方がいるだなんて思ってもいませんでした。……ありがとうございます」


 田中は今までの無礼を詫び、田井中に感謝した。


「ははは。俺には霊能力者のような除霊するような能力なんてありませんからね。ただ、幽霊が見えるだけの人間なんです」


 まあ、と田井中はつづけた。


「この子のおかげで、生活を送ることはできていますから、今ではこの子ーー幽には感謝しても仕切れませんね」


 幽は田井中になついているのか、頭を撫でられながらウットリとした表情を浮かべている。


「謝礼金は必ず用意します」

「ええ。遅くなっても結構ですよ。では」


 田井中は名刺を田中に渡した。

 田中は両手でそれを受けとる。

 名刺を見ると、そこには『ゴーストバスター 幽霊の幽 田井中夕夜』と書かれていた。


「またなにか幽霊関係で問題が発生したり、知人が霊障で困っているなどがあれば、俺に連絡してください。紹介料としてお安くしておきますので」

「は、はい! ありがとうございます!」

「では、俺たちは帰りますね。もう、さっきの老婆はこの家には来れないでしょうからご安心ください」田井中は幽の頭を再三撫でる。「この子は相当凶悪な悪霊ですから、並の幽霊は見ただけで逃げ去るほどなんです」


 それだけ言い残すと、田井中は田中の自宅から出て帰っていった。


「本物の霊能力者って、いるんだな……」


 不可思議な現象を目の当たりにした田中は、興奮冷めやらぬまま、この出来事を知人に話すネタにしようと決めたのであった。







 あなたも、幽霊の霊障に困っているなら、田井中夕夜に頼るといい。

 彼は、彼に取り憑いた悪霊をあえて利用した悪霊退治を生業としている、世にも珍しい強力なゴーストバスターなのだからーー。

本作は『前代未聞の異能力者~自ら望んだ女体化だけど、もう無理!~』と同じ世界観です。

本作とは毛色がまったく違いますが、興味のある方はどうぞ。ついでにEpisode199で再登場し、本作時点の性格になっています。

また、実は田井中夕夜を主人公に据えた作品を書く予定もあったりします。読みたい方は、ぜひとも応援してくださるとうれしいです。


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