ノリで愛して付き合って?
「緋村、どうせだから付き合わない?」
一体何を言っているんだ・・・言ってる本人が他人事のように思ってしまっては、どうしようもない。
この俺、水谷樹は、すぐ隣に座っている幼馴染の緋村皐月に交際を申し込んでしまったのだ。
男同士という問題もあるが、それ以上に問題なのは、それが何の脈絡もなく言ってしまったことである。
つまり、身も蓋もない言い方をすれば「軽いノリで男の親友をナンパした」ってこと。
別に前々からそういう気持ちを抱いていたわけじゃない。
恥ずかしいとは思うけど、幼馴染で、付き合ったらそれなりに面白そうだ、ただそれだけの理由なのだ。そのためか、緋村のほうも大変困惑している。
「はぁ、こういう場合一応は逡巡した様子を見せておくべきなのかなぁ。すんなりイエスと言っていいと思う?」
ノリで告白(?) した俺が戸惑っているのと一緒で、返事する彼も即答していいのかと思っているみたいで、質問で返してくれた。
そりゃ、男に告られたらそう思うのは当然だろう。
「まぁ、俺自身ノリで告白したものだから、お前もそれでいいと思うけど」
本来はもっと悩むべきなのだろうけど、これ以上長引かせると、変な意味で頭痛を起こしそうだった。
こういうのは案外即決のほうがいいこともあるし、俺としても即答して欲しかった。
「分かった。いいよ?付き合おう。問題は・・・どっちが受けるかだな」
「お前はどっちがいい?」
付き合うとなると、いずれはセックスをすることになるだろう。
男女だったら簡単に解決する問題だが、男同士だったらそれを考慮しなければならない。
困ったことに俺は男とやったことはないので、どっちなのかが分からないのだ。
「それこそ、その場のノリだな」
俺たちは同時に吹き出した。確かにその決め方は俺たちにふさわしいものだった・・・。
-----
「ん~、俺たちって恋人同士ってことだよな」
ラーメンをすすりながら、緋村が確認してくる。
それに色気が感じられないのも当然だ。友達同士が学校帰りに腹減ったからラーメンにしよう!という話でどうやって色気を出せというのか。
まぁ、それが美男美女だったら絵になるだろうけど、困ったことに俺たちは育ち盛りの高校生、絵になりようがない。
「そういえば俺ら、恋人になったんだよな」
だから、思い出したように言う俺を責めないで欲しい。
そういう関係になってから、何が変わったかと言われても、正直何も変わっていないとしか言えないのだ。
「ってことは、こーゆーことをしてもいいんだよな」
こういうことってどういうこと?それを聞こうとしたら、緋村の顔がどアップになった。
よく見ると緋村ってきれいだと思う。華奢ではないし、女っぽくもないけど、独特な魅力がある。
俺の目も捨てたものではない、客観的に評価していたら、口の中心から0.5cmずれて何かがついた・・・気がした。
ちょっと待て?あまりにも突然なことだったから、何が起きたのか分からなかったと言いたいけど、どう考えてもこれってキスじゃないか?
「まぁ、恋人ならして当然だけど・・・俺のキスを返せ」
そんな動揺を隠し、平静を装って答えてみた。俺だけ慌ててるのか?と思ったけど、彼のほうも少しは何をやったのかという自覚があるらしい。ほんのりと顔が赤い。
「ひょっとして、ファーストキスだった?」
このぎこちない空間を打破すべく、あえて無神経であるかのように聞いてくる。
「そうだよ。キスは初めてだよ、畜生。ちっとはムードを考えろ」
俺もそれなりに遊んだことはあったはずだけど、キスは彼が初めてなのだ。別にそれがショックなわけじゃないさ。ラーメン屋でキスをされた。ファーストキスが塩味、その消えることのない事実がショックなだけで。
「ごめんごめん。水谷って遊び慣れてるかと思ったからさ」
「あ、俺のこと、そう思ってたんだ」
照れ隠しに拗ねてみると、彼は笑って冗談だと言った。
-----
そのときは笑って誤魔化したけど、ファーストキスはラーメン屋ですべきじゃなかったという意見には俺も同意だ。
もう少しムードを追及して、然るべきところで色っぽいキスをすればよかったのかもしれない。
でも、ノリで付き合ってしまったから、そのパターンのほうがいいのかと思った・・・といえば聞こえはよいが、発作的にしてしまったのが実情。
あの時は俺も水谷と一緒で何も考えずに返事した。
彼みたいな男が自分の彼氏だったら、俺があいつの彼氏だったら、どれだけ嬉しいか・・・漠然としすぎて俺も彼も分からないだろうな。
でもまぁ、付き合ってくれてるってことは、それなりに俺のこと好きなんだろうけど。
もともと俺はあいつのことが好きだった。モチロン、お友達としての好きだけど。
ずっと一緒にいたからあまり抵抗なかったし、抱きつくのも楽しい。
そうされて「苦笑するけど、まぁ仕方ないから許してやるぞ」といった彼の顔を見るのは、もっと楽しい。
それが愛かな?と気づいたのは、実は付き合うと返事したとき。
何でそんな返事をしたのか?それを考え込んだら、そういう結論になったんだ。一瞬だけそれってやばいと思ったんだけど、案外気恥ずかしいことはなく、当たり前のように受け入れることが出来た。
やっぱり愛してるってことなのかな?
「やっぱりキスはちゃんと段階を踏んでだなぁ」
目の前で恋人が力説している。付き合うようになってから分かったんだけど、彼は恋愛にある種の憧れを抱いているようだ。ちょっと可愛いかも、と思ったのは秘密である。
でも、欲目五割増しだけど、水谷はかっこいいと思う。すらりとした身体、女にモテまくることは否定することの出来ない事実。ラーメン食っても絵になるというのは、ある意味犯罪だろう。
「やっぱりデートはムードが重要で・・・」
俺が聞いているのかどうかは関係なく、力説を続けている。
もともと俺らの間に色気を求めるのは無理な話だけど、それが正論であることも確かなので、なんだか可笑しかった。
「まぁ、水谷の気持ちは分かるけど、俺らは俺らのやり方があるんじゃないの?」
「・・・そりゃそうだ。付き合うといっても友達の延長線だからな」
できたようなものなので教科書どおりにはいかないけれど、とりあえず目の前のラーメンみたくのびきらなければいいな、やっぱり色気の無い結論に落ち着いた俺なのだった。