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5、ポーカー

 もどかしすぎる。

 そう思いながら、私は本棚の影からその二人を見ていた。

 私、佐倉明の一番好きなものは少女漫画だ。でも、この時間だけはそれを抜くかもしれない。


 なにせ、これは少女漫画みたいな恋愛模様なのだから。


 図書室のカウンターにはこの高校で新しくできた友達と、今はクラスが違う中学のときの友達が座っている。


 後藤陽花と高橋翔月。


 陽花は内気な守ってやりたくなるような可愛い子。高橋はあんまり目立たないけど困っている人を放っておけないようないい奴。

 どっちも積極的な性格とはいえない。

 だから……すっごく、もどかしいのだ。


(どう、考えてもあんたら両思いでしょ。いつくっつくの……今でしょ!)


 示し合わせてんのか、と思うくらい交互にチラチラ、チラチラ、チラチラ、互いを盗み見ている二人に今日も私の動悸は加速していく。

 もう、物理的に二人をくっつけたくなるこんな衝動を何度堪えてきただろうか。

 少しでも時間があれば私はこの図書室にくる。

 だから、毎週火曜と木曜の放課後に図書委員の仕事をしているこの二人を私はずっと見てきた。

 最初は自己紹介するのも気まずそうで、あまりにもいたたまれない静けさに「高橋、男だろ! 頑張れ」と本を読むふりをしながら応援していた。


 でも、そんな二人の距離は少しずつ縮まっていった。


 高橋が「本、重いでしょ」と陽花が抱えた本を取るイケメンムーブには感心した。

 陽花が紙で指を切った高橋に「これ、絆創膏……どうぞ」と小さな声で言ったときは興奮した。

 傘を忘れた陽花に「この傘使って」と言って帰っていた高橋には、そこは相合傘だろうがああああっと説教したくなった。

 たまたま距離が触れるくらい近くなって顔が真っ赤になっているのに「どうしてだろ。離れたくない……」みたいな陽花に鼻血が出そうになった。

 ちょっと早めに図書室に来て微笑みながら高橋を待っている陽花を見てきた。

 陽花が休みでつまらなそうにため息をついている高橋も見てきた。


 自分でもキモイことはわかっている。

 たまに、これってストーカーに入るのかな、と思うこともある。

 でも、ここまで二人の軌跡を見守ってきた人が私以外にいるだろうか。いや、いない。

 二人の結婚式に呼ばれたら、延々と語り続けられるくらい私は二人を見てきた。

 まあ、どう言いつくろっても本棚の隙間から目を爛々と輝かせる不審者に変わりはないのだけど。


(もうちょっとだと思うんだよなあ)


 それとなく聞いて陽花から「好き……き、気になっている人がいるの」と悶絶級の相談も引き出した。

 腐れ縁の馬鹿を使って、高橋が告白するか悩んでいることも知っている。

 好感度は十分。フラグは回収した。

 あとは、きっかけさえあればハッピーエンド。

 だけど、そこから中々進まないのだ。

 ちくたく、ちくたく、と時間だけが過ぎていく。ただでさえ少ない図書館の利用者が帰っていき、今日もまたタイムリミットが近づく。


(あー、今日もダメか……)


 どうすんだい、お二人さん。もうすぐ期末も終わって、夏休みに入っちまうよ。

 こっそりため息をつき、私は「そろそろ帰る」と腐れ縁の齋藤にラインを送る。

 すぐに返ってきた「ういー。俺も部室出てそっち行く。あ、昨日教えたアニメ見た?」というラインに、適当に答えていると……


「そろそろ時間か。仕事終わった?」


「うん」


「じゃあさ、ちょっと遊ばない?」


 動きがあった。

 即座に「図書室には絶対に入るな。邪魔したら本棚の奥にあるカバー付きの例のあれを貴様の家族に公開する」と送り、様子を見守る。


「……いいよ」


「ありがと。そんなに時間ないからポーカーとかどうかな?」


「……うん」


「あとさ、賭け金の代わりに勝ったら聞きたいことを聞けるってどうかな?」


(おっとおおおお!)


 危ない。ちょっと叫びそうだった。

 それにしても、どうした高橋。何があった高橋。積極的じゃないか。いいぞ、もっとやれ。


「……い、いいよ」


 消え入りそうな声で答え、陽花は頷いている。

 そうだよね、連絡先の聞き方とか一緒に調べたもんね。

 これはチャンスだぞ、頑張れ。


 そうして、ゲームは始まった。


 ポーカーは五枚のカードで作った役の強さを競うゲームだ。

 ワンペア、ツーペア、スリーカード、ストレート、フラッシュ、フルハウス、フォーカード、ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュの順番で強い。積み上げたチップを奪い合う高度な心理戦がこのゲームの面白いところなのだろうけど、私たちみたいな高校生ではそんな映画やカジノのように遊ぶことはできない。

 でも、この状況はある意味、チップなんぞよりもよっぽど興奮するものが賭けられている。

 少なくとも、私はこういう状況を見るためにチップ(お金)を払って、バイブル(恋愛漫画)を購入している。

 図書室が閉まるまで、あと五分。

 やれて三回程度だろう。つまり、三回くらいお願いが飛び交う……これはキタかもしれない。

 ドキドキしながら本棚の隙間から覗いていると、カードの交換が終わって最初の勝負が始まる。その勝者は……


「ストレートで僕の勝ちだね」


「……そ、そだね」


 勝ったのは高橋。さあ、何を聞くのか。耳を澄ましていると……


「じゃあさ――連絡先、教えてくれない?」


 こちらも清々しいほどのドストレート。

 素晴らしい。高橋、今日のお前は輝きすぎている。しかし、その積極性をもっと前から発揮してもらいたかった。

 恥ずかしそうに、でも、ちょっと嬉しそうに陽花がスマホを手に取る。

 よく見えないけど、これは無事に連絡先を交換しただろう。何だろう。この数秒で、今までの倍くらい二人の距離が縮まった気がする。


「……えと、高橋君のは……」


「ん、勝ったら教えてあげる」


 たっかはっし! ほんっと、どうした。

 人差し指を立てて悪戯っぽく微笑むとか、今日のお前は恋愛漫画の主人公か。

 やばい。あの地味メンがイケメンに見えてきた。

 陽花にもクリティカルヒットしたのか、ここからでもわかるくらい顔が真っ赤になってる。

 あの子にポーカーフェイスは無理なようだ。まあ、ポーカーでは問題でも、恋愛では問題ない。むしろ、いい。


「じゃ、じゃあ、二戦目……」


 シャッフルする音が聞こえてくる。

 時間はすでに三分を切っている。これは三回目は怪しいかもしれない。なんとか、ザ・ワールドできないものか。

 爪を噛んで時計を睨んでいると、第二戦が始まった。


「エースのスリーカードだよ」


 よし、いいぞ。

 神様も陽花の想いに応えてくれたようだ。そう思って安心していると、


「俺はフルハウス。また、俺の勝ちだね」


 まじか。ダメだ、高橋。それじゃあ、陽花が練習してきた、とっておきの連絡先の聞き方を披露できないじゃないか。というか、ストレートの次にフルハウスって強すぎる。


「そうだな……もうすぐさ、夏休みだから」


「……う、うん」


「花火大会の日って空いてる?」


 た、たっかはしいいいい! やばい。悲鳴が上がりかけた。というか、涙が出てきた。

 これはデートの約束か。そうだよね、もう告白でもいいくらいだよね。

 いけ、陽花。ちゃんと返事をするんだ。


「あ、空いてるよ……な、なんか、今日の高橋君、いつもと……」


「あー、馬鹿やってる友達に勇気をもらったんだ。僕も頑張らないとなって」


 その友人には是非ともお礼が言いたい。今度、斎藤の奴に聞いておこうと心に決めた。

 でも、本当に良かった。

 ここでたまたま二人を目にして、陽花から色々と相談されるようになって。二人の気持ちがわかっているからこそ、報われてほしかった。


 きっと、叶ったと思う。


 誰にも言わないし、二人にも私の存在は知られたくない。

 この図書室の恋愛模様は私がずっと胸に秘めておくこと。

 私はただの図書館の不審者で構わない。佐倉明はクールに去るのだ。

 なんか、胸が熱くなり本棚の影で膝を抱えていると、「三戦目」と陽花の声が聞こえてきた。

 ゲームはまだ続いていた。帰る支度をしながらその様子を見守っていると、時計の針が刻限を指すのと同時に、陽花がフラッシュで高橋に勝利する。


「連絡先もき、聞きたいけど、そ、その……」


 口ごもりながら。頬を染めながら。

 陽花は胸に手をあて深呼吸をし―― 


「す、好きな人はいますか?」


「いるよ――目の前に」


 私は燃え尽きた。











 一方、図書室の前。


「え、どうすればいいの、俺。明のやつ出てこないんだけど」


 なぜか顔が赤くなった二人を見送りながら、一人の少年が右往左往していた。


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