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4、トランプタワー

「暇だなあ……」


 コンビニで買った菓子パンを食べ終わり、僕はこの昼休みをどう過ごそうか考えていた。

 いつもつるんでいる齋藤は風邪で休み。図書委員の仕事もない。

 普段なら短く感じるこの昼の時間がひどく長く思えた。

 だから、暇だな、とつい口にしてしまい――それを聞いた後ろの席のクラスメイトが声をかけてきた。


「なら、高橋。手伝ってくれないか?」


 振り返ると、両手にトランプを持った漆間が真剣な表情で僕を見ていた。


「手伝うって何を?」


 漆間君の机にはトランプが散らばっている。

 教科書やプリントはどこにもない。

 これは宿題を見せてくれとかではなさそうだ。


「トランプタワーだ。知っているか?」


「知ってるよ。あのトランプを積み重ねていくやつでしょ」


 トランプ二枚でバランスを取った山を並べていき、その上にトランプを乗せる。

 そうやってできた土台の上に、またトランプ二枚でバランスを取った山を並べていく。そうして、ピラミッドみたいな形のタワーを作っていく遊びだ。小さい頃に僕もやった記憶がある。


「でも、なんでそんなの作るの?」


 暇つぶしなのだとしても、大富豪、ポーカー、ババ抜きなど、いくらでも他に遊ぶゲームはある。

 遊ぶ相手にしたって、こんなにクラスでトランプが流行ってるんだから困ることはないだろう。


「実はな。俺は先日、一生に一度のチャンスを逃してしまったかもしれないんだ」


「チャンス?」


「彼女が出来たかもしれないというチャンスだ!……それなのに、俺は!」


 一体何があったのか。漆間君は心底悔しそうに後悔をしている。

 これはもしかして、恋バナとか恋愛相談的なことをしなくてはいけない流れなのだろうか。


「えーと、それがトランプタワーと何の関係があるの?」


「ふっ。高橋、恋愛において最も必要なことはなんだと思う?」


 眼鏡をくいっと上げ、漆間は格好をつけている。

 少なくとも、漆間君に限っては『性格』だと僕は思う。そのせいで、黙っていれば知的なイケメンは『エロ眼鏡』などと呼ばれるのだから。


「あー……好意とかじゃない」


 好きでなければ、恋愛にならない。

 なら、必要なのは好意といえるんじゃないだろうか。


「ああ、それは正しい。だが、好意を持ってもらうにはまず、自分という存在を知ってもらわなくてはいけないと思わないか?」


「まあ、それもそうだけど」


 恋愛において必要というか、前提条件な気がするけど……まあ、わかる話ではあった。


「つまり、トランプタワーだ」


 やっぱり、わからなかった。


「漆間君、意味がわからないよ……」


「待て、そんな哀れみの目で俺を見つめるな。いいか、まず……」


 何回か練習していたのか、漆間君は手際よくトランプ二枚で山を作る。


「こうやってタワーを作っていき、それが完成していくにつれ俺に注目が集まるわけだ。そうして、震える指で最後の一段を完成させたとき、すごーいと歓声が上がり女子が近づいてきてくれるという算段だ」


「う、うん」


 これはツッコむべきなのか。途中から明らかに妄想が入っている。

 多分、そのタワーができても近づいてくるのはよく話す友人、すなわち男子だけだ。


「ふ、ふふ。『すごいね、漆間君』、『そうでもないさ』、『何かコツとかあるの?』、『ああ、教えてあげるよ。ほら、トランプを手に持って』……完璧だ。これなら好感度もタワーのように積み上げることができる」


「あー、つまり、話題とか話すきっかけづくりにトランプタワーを作るってこと?」


「まあ、そうともいえる」


 なんて、迂遠な。

 かまってくれないから、悪戯したり目立とうとする子供と思考がまったく同じである。


「普通に気になる子に話しかけに行けばいいんじゃないかな?」


 その方が、彼女さんと弁当を食べている烏丸君みたいになれる気がする。

 緊張しているからか烏丸君はびくびくしているけど……あれ、あの二人はいつから付き合っているんだったっけ。


「なんだ、お前にはそんな相手がいるのか? そもそも、できるのか?」


「…………」


「え……おい、嘘だろ高橋翔月! 地味メンなお前まで俺を裏切るのか?」


「ま、まあまあ。ほら、トランプタワーを作るんでしょ」


 このままでは面倒なことになる。

 漆間君の疑いの眼差しから逃れるために、僕は散らばっているトランプを手に取った。


「うーん……けっこう、難しいね」


 机がつるつるして、トランプが滑る。

 これでよく漆間君は山を作れるものだと素直にすごいと思った。


「ああ、それならこうやってストッパーを作るといいぞ」


「おお、ナイスアイデア」


 漆間君は山の隣にトランプを一枚置いて滑らないようにしている。

 動機はともかく、漆間君は真面目にトランプタワーを作るつもりらしい。机に散らばるトランプからは試行錯誤のあとが見て取れた。だけど、


「また崩れたか。目標は五段だというのに、一段目からこれだ。この、上にトランプを乗っけるのがうまくいかない」


「並べてから乗っけるんじゃなくて、乗せながら作っていけばいいんじゃない?」


「なるほど!」


 そうやって、互いにアドバイスをしながら、僕たちはトランプタワー作りに没頭していった。

 最初はどうかと思ったけど、やっているうちに僕も楽しくなってくる。

 僕が山を持っている間に漆間君が上にを乗せたりとか、トランプが滑らないように机を濡れた雑巾で拭いてみたりとか、色々試してみたりもした。

 漆間君の鼻息で崩れたり、僕の足が机にあたって崩れたりと何度失敗したことか。

 でも、そんな紆余曲折を経てついに……


「やったぞ、高橋。四段目クリアだ」


 僕たちはトランプタワーの四段目を作ることに成功した。

 おおーっと歓声も聞こえる。作る前は妄想たくましいと思っていたが、このトランプタワー作りは意外と注目されていた。これなら、もしかすると漆間君の妄想も叶うかもしれない。

 そのためにも、僕は漆間君にトランプを二枚差し出した。


「ほら、最後は君が作るんでしょ」


「高橋……!」


 漆間君はそれを受け取り……震える指で五段目を完成させた。

 しかし、拍手こそあったものの、誰も僕たちに近づく人はいなかった。

 現実とはこんなもの。そう都合よく妄想どおりに進んではくれない。それでも、僕たちに悔いはなかった。


「けっこう、楽しかったよ」


「ああ、俺も」


 完成したトランプタワーを挟み、僕らが笑い合っていると――


「ねえ」


 声の方に視線を向けると、そこには漆間君待望の女子が、天城朱音さんがいた。


「これ、すごいわね」


「あ、ああ。ありがとう」


 少ししか話したことはないが、天城さんは裏表のない人というか、思ったことをはっきり言うタイプの人だ。その表情からもお世辞ではなく褒めてくれていることはわかる。

 これはもしや漆間君の妄想どおりになるのではないか。

 少し、どきどきしながら僕は様子を見守っていたのだが……


「これ、崩していい?」


 天城さんはにっこりと、目を爛々と輝かせそう聞いてきた。


「「……へ?」」


「私、こういうの見ると無性に壊したくなるの。さっきから消しゴム投げたくて、うずうずしてたのよ。ほら、もうすぐ昼休みも終わるし、いいでしょ?」


 僕と漆間君は顔を見合わせ、二人同時に頷いた。

 そうして、容赦なく、一撃で、僕たち二人が積み上げた妄想は崩された。

 天城さんは満足げに「ありがと」とだけ告げ、自分の席に戻っていく。本当に、壊しにきただけであった。


「もう、女子嫌い……」


 やっぱり、現実なんてこんなものである。

 涙目で散らばるトランプを見つめる漆間君の肩に手を置くことしか、僕にはできなかった。











 一方、教室の入り口。


「ねえ」


「何だよ、佐倉」


「こんど私らもトランプやらない?」


 隣のクラスにまで、トランプブームは広まろうとしていた。

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